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義腕の王  作者: リョウゴ
四章・非凡な少年と鋼色の牙
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悪夢の桜刀 8

 この状況はまずい。


 とにかく逃げの一手だ。迷うな、迷えば死ぬ。


 だが、逃げるに逃げられない。


 目前の脅威が回避のため以外の魔法を作るための一瞬に目を離せば、その隙を逃す奴だろうか。


 ……なんて、考えてはいない。ただ、右腕を失う代わりに恐怖を植え付けられただけだ。


 俺には、恐怖に抗う術がなかった。理由も、無かった。




 不敵に笑う黒鬼が近くの、葉の生い茂る木の、その太い幹に片手の爪を立てる。


 それだけでミシミシと音を鳴らすが、黒鬼の目的は木を抉ることではない。爪を立てたままで木を上へ、引き抜く。


 視線はずっとこちらを捕らえていて、蛇ににらまれた蛙のように動けなかった。


 不意に攻撃されたときに無駄な動きをすれば死んでしまうのではと思った………というわけではなく、やはり恐怖からだった。




 引き抜いた木をハンマー投げさながらぐるぐると回す。


 はっとして、俺は、逃げることを思い付く。


 視線を黒鬼に向けたまま、ゆっくりと後退する。


 そして、つい、一つの魔術の準備をする。音声で行う物である。


 魔力に動きを感じたのかどうかは分からないが、黒鬼の気配が変わる。攻撃の予備動作のようなものだ。飛びかかりの一瞬前にも感じた起こりの動作である。



 瞬間、黒鬼は木を手放し、俺は魔術を発動させつつ、手放す瞬間の木に、魔力の鞭を巻き付けた。



 起こった事象は閃光。吹き飛んだ木が秋の魔術にぶつかり、光をぶちまけたのだ。


 そして、黒鬼の投げた木は黒鬼の飛びかかり並みの速さを出したが、秋は投げる動作の一瞬前に大きく横に飛び、回避。


 ここで木に巻き付けた鞭が思い切り引かれる。鞭の反対側は秋の左手に巻き付けている。……もげないようにしっかりと魔力を込めて補強している。


 鞭自体は伸縮自在。だが、しっかりと短く、太くしてある。ので、多分切れないだろう。


 回避の為に横に飛んだが、その動きは少しばかりの滞空時間を生み出した。


 唸りを上げて飛来する木


 巻き付けられた魔力の鞭


 滞空する俺


 木を回避し、その勢いを利用し思い切り遠ざかる。


 足が地面から離れているため、ぐっと引かれる左手に抵抗する、地面との摩擦は無く、抵抗するものは殆ど無い。


 恐ろしいほどの重力がかかり、一瞬で吐き気を催す。それどころではないが。


 そして木は、ほかの木々の間をすり抜け、地面に突き刺さり、俺は慣性の法則に従い、しばし滞空し、地面に着弾するとゴロゴロと物凄い勢いで転がる。


 木の滞空時間は五秒合ったかどうか。だが、飛行距離は五百メートル程度。森の外縁部までぶん投げたようだ。……勿論その勢いを保ったまま投げ出される俺の転がりようというと、もはや何が起きたか分からないくらいだった。


 追加で四十メートルくらい転がった俺は、立ち上がれない。吐き気がする。当たり前だ。高速移動に高速回転、そんなものを連続で体験すれば、スケート選手でも三半規管がイカレるだろう。


 ぐるぐると回る視界の中、どうにか立とうと左手はひたすら地面なのか、もはやこの状態では分からないけれども掴む。


──────失敗したやばいこれはダメだ立ち上がらないとダメだ失敗した殺られる失敗だ転がる事をダメだやばい死ぬ死ぬ殺られるやばい死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない嫌だ殺られる死にたくない嫌だやばいやばいやばいやばいやばい──


 木にぶら下がって逃走……一見良策に思えたが、基本的な失敗、勢いを殺すなんて言う発想が無かった俺はその失策(エラー)により混乱(パニック)になっていた。


 端から見ればきっと吹っ飛んで立ち上がれないなんていうただの間抜けにしか見えないだろうが、鐘本秋は小三だ。普通に戦えていた…正しくは死ななかっただけだが、そのこと自体がおかしいのだ。


 だが、距離は稼げた。


 相手にとってどの程度かは分からないが、両者の間にしっかりと。


 荒い呼吸で、感覚がおかしくなりながらも、這いずり、木の陰に移動する。


 そうしている間に、唯一おかしくない感覚、魔力を察知する力が。


 …遠くで放たれた攻撃の予備動作の気配を察知する。俺はやっとこれが魔力の動きであることを理解する。


 同時にさっき俺がいた場所が爆発する。すんでのところで体一個ぶん移動していた俺には当たることは無かったが、俺の体はその余波で軽々と吹き飛ぶ。


 どうやら方向転換は出来ないが、距離が遠いほど威力が上がるようだ。あんな爆発じみたものは起きなかった。せいぜい地面をえぐる程度だった。


 吹き飛んだ俺は木へと背中から叩きつけられて、うずくまり、ついに吐いた。


「おいおい、少しは楽しませてくれるかと思ったのによォ!まっさか自爆してくれやがるとか、ふざけやがってェ!マジで遊んでやろうと思ったンだがなァ!」


 気持ち悪い。ただ俺は空の胃の中の胃液を吐き続ける。衝撃で、ギリギリで耐えていたのに、それが崩壊した。


「ンだよ、もうおしまいかよ。全く。」


 男はこちらに無警戒に近づいてくる。


 既に、というより、もとより吐き出すものがないが、吐こうとしていると少し楽だ。


 今、俺の頭の中に渦巻く感情は死への恐怖などではない。


 ───どうやって一矢報いてやろうか


 ただ、それだけだった。黒鬼への恐怖などない。それはただ、絶望的な場面にあてられたから、どこか狂ってしまったのかもしれない。


 だが、そんなこと俺にはどうでもよかった。


「オウ、気分はどうだよ?」


 鬼の右手がうずくまった俺の頭をひっつかもうと近づいてくる。


 一発で、決めてやる。


 最初で最後の攻撃だ、しっかり味わえ!!


「なんだ?この霧。」


 鬼の手が俺に到達する手前、視界を遮ることはない程度の霧が突如発生し、鬼は手を止める。


 ──さあ、包め


 その薄霧は黒鬼の体にまとわりつくように集まり、さすがに黒鬼も何かに気付く。


 だが、遅い。既に術に嵌まっている。


《フリーズ・ブレイク》


 霧は即座に氷結し、鬼の体を自然に磔にする。魔力をかなりつっこんだ……消耗がやばいが後先考えるな!!


 そのまま体を冷凍する勢いで温度が低下する。とにかく魔力依存だから大量に突っ込む。


 トドメに───


「《エクスプロージョン》!!!」


 動き回る奴にも当てられると評判だが消費が大きい爆発魔術をぶちかます。凍ったものを粉々にするのだから、殴るだけでも良いかもしれないが、念には念を、だ。


 だが、渾身の魔術コンボが生んだ結果は絶望だけだった。


 至近で爆発させたが、今回はしっかりと対応し、怪我は増えてない。


 爆風で煙がもうもうと上がり、相手どうなったかは分からないが、きっと木っ端微塵だろう。


 自信満々に爆心地に歩を進める。


 すると煙からすうっと手がでてきた。


 それに顔面を掴まれ、その腕一本で宙に浮く。


「随分、いい一撃じゃねえか、おかげで落ち着いた。」


 先程までのハイテンションな叫びはどこへやら冷静な様子でつぶやく。


「ぐっ………」


 その手による拘束を剥がそうと左手で殴る抓る引っかくなどもがいてみるが、力が弱まる様子はない。だが、俺の頭をすぐさま粉砕しないのはなぜだ。


「あぁ、お前でも良いんだがなぁ、ファザーが娘の方が良いって言うんだよ。どっちの魂でもファザーには成功させる技術があるはずなんだが」


 魂?なにを、する気だ?


「あー、喋りすぎは良くないなぁ。まあしっかり本命が来たし、さっきの一撃に免じて」


「一瞬で楽………!!!」


 瞬間、横からの衝撃で吹き飛んでいく黒鬼。手による拘束は解けた。どさりと地面に落ち、頭が変形してないか確かめる。


「………なんで…………何で来たの!!……!?」


 その女性による叫びに俺は答えない。


「…ねえ、秋…秋の腕、やったのはアイツ?」


 俺は、答えない。


 奴のねらいは姉。はっきりとそう言った。


「…………おいおい、いきなり跳び蹴りは無いだろうよォ!!」


 黒鬼はこちらにのそのそと歩いてきながらそう叫ぶ。


「秋に…手を出すな!!出したから殺す!」


 …俺、姉がここに来た目的は親殺しの仇を討つためかと思ってたんだが、親より俺か?普通。


 瞬間、姉の姿がかき消えて、黒鬼も消える。


 恐らくは、加速だ。姉の魔導師としての十八番だが、見えない速度を出せるとは知らなかった。


 だから俺には理解できなかった。途中経過を。


 決着は一瞬だった。


 突然、胸を一突き、貫通した黒鬼の貫手。貫かれた姉が出現したのだ。

 ……………………………。










 もう、何も止まらなかった。声にならない悲鳴を上げる。恐怖で世界が歪む。


『これでファザーからの依頼を完遂っと。』

 黒鬼が死体を貫いた手を振り払い、死体がごとりと落ちる。

『まあ、精神体に記憶をもたれたら困るからなあ。』

黒鬼はそのまま死体の顔面に拳を振り下ろし──

『精神体の記憶を消せば、世界が忘れるとは、便利だよなァ。』

何度も、何度も、原形なんかとっくにとどめちゃいなかった。


 俺の意識は朦朧とする。

 どうしても、俺は認めたくない。

 だが、既に気づいている。

 それにすべて思い出した。

 これは、事実。


 姉はいた。

 知り合い達はこの頃に本当に会っている。

 大事な、大事な姉が一瞬で命を落とした。

 そして、それを見ていることしか出来なかった、愚かしい俺が


 やっぱりどうしても大嫌いだ。

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