第二話 国王謁見
二人が目を覚ましたのは殆ど同時だった。
むくり、と陽菜と謙佑は起き上がる。
「……ここ、何処だ?」
「…わかんないよ」
謙佑の愚直な問いに、陽菜は不明瞭に返答した。
それもそのはずだ。先程まで人混みに揉まれ、雑踏だけが響き渡るアスファルトジャングルに居たというのに、今いる部屋は真っ白な壁材で覆われた巨大な一室。
しかも、部屋のど真ん中にある如何にも怪しい祭壇の上に腰掛けているのだ。
「…成功、したのか?」
困惑する二人の耳に、そんな声が聞こえた。
勿論声の出処はミリテルなのだが、二人は知る由もなく、敵意を顕にそちらを睨みつけた。
「……」
「……」
謙佑とミリテルの無言のにらみ合いが始まる。
しかし、それに終止符を打ったのはケルミアだ。
「あーっ! 成功です、成功ですよミリテル様ぁ!」
「ケルミア!?」
ミリテルに抱きつくケルミア。棒立ち状態にあったミリテルは勢いのままに倒れてしまう。
それを見た謙佑の瞳が一瞬で色を失った。俗に言うリア爆オーラである。
「(リア爆リア爆リア爆リア爆……)」
「小さく唱えてないで大きく言いなさいよ…」
小声でボソボソと呪詛を撒き散らす謙佑を辟易した瞳で陽菜が見つめる。
あんただって変わらないでしょ、と言う気持ちは置いておいて、陽菜は深呼吸した。
そして、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あの、すいません。貴方方は誰ですか? 此処はどこですか?」
少し堅い口調になる陽菜。
それは日本人として仕方のないことだ。
それに対してミリテルは態勢を立て直し、ケルミアを邪険に扱いつつも返答した。
「やはり、他次元世界の人間なのですね。では、ご紹介させていただきます。こちらは私の助手を務めているケルミア・アーティバイン。そして私はこの王国の《賢者》、ミリテル・ガンレットと申します」
「……ミリテルさん、とケルミアさん、ですか?」
「ええ。そして此処は何処かと言う質問ですが、簡潔に言えば、ワース大陸南東部イースランド主轄領オルランダ帝国王城……という事になります。貴方達に分かりやすい形で言えば、異世界、といった所でしょうか」
真面目に律儀に答えるミリテル。
陽菜は暫し考え込んだ様子を浮かべたが、分からないのか少し涙目になりつつ謙佑を見た。
謙佑は先程の様子とは打って変わって興味津々、といった様子だ。
「そうか。取り敢えず俺は陽川謙佑、隣のこいつは鴇沢陽菜だ。よろしくな」
「謙佑さんと陽菜さんですね。それと、先程のご説明で理解出来ないのは承知ですが、少しだけお願いがあるのです」
「「?」」
陽菜と謙佑は顔を見合わせる。
「国王様に会って頂きたいのですが」
「…国王様ねぇ……」
「既にお隣の王の間にてお待ちになっているのです、どうか」
「まぁ、損するわけじゃないしなぁ」
謙佑は肯定の意を示すため、こくりと頷いた。
陽菜も同様に、と言うよりかは謙佑と違う意見を言ってバラバラになるのが怖いが為に頷いた。
「では、こちらに」
ミリテルは手で扉を指し示す。
「ついて来てください」
◆◆◆
王の間は荘厳な雰囲気漂う豪華な空間だ。
ありとあらゆる宝石を散りばめたせいか、光の当たり具合で色々な色が反射してくる。
壁材は多分先程の部屋と同じく白色なのだろうが、金箔か何かで装飾されており、一面黄金の壁が並んでいる。また、絨毯は如何にも高価そうな鮮やかな赤色。部屋の広さは縦横に100m四方といったところだろうか。
そんな雰囲気に気圧されつつ、謙佑と陽菜はミリテルの後に続いた。
「国王様」
「うむ。その顔を見る限り、成功のようだな」
「はい。全ては国王様のお陰に御座います」
「謙遜するでない。我とて万事が万事完璧ではない、お主の実力あってこその結果だ」
「有り難き幸せ」
ミリテルは片膝を付いて、恭しく礼をした。
するとアルレオは即座に視線を謙佑と陽菜に向ける。
「お主らが、他世界住人だな?」
「…まぁ、似たようなものです」
「ふむ。我が名はアルレオ・ディル・フィルガルド、オルランダ帝国国王だ」
アルレオは微塵程も傲慢な態度を取らず、対等な喋り方で接してくる。
それに対して困惑したのは陽菜と謙佑だ。やはりイメージと現実が少し違のだろう。
「ハハハ。我が国王らしくないか? 仕方があるまい、我は平等を重んじていてな。例え国王であろうとなんであろうと、人に変わりはない。そうだろう?」
「なるほど…」
謙佑は理解したように頷いた。
謙佑の中で国王と言えば偉ぶったイメージが強かった。他人を見下し、地位に溺れ、挙句には実力も無いのに国家間での戦争を起こしたりする。そんな愚鈍な存在を想像していたからか、目の前のアルレオが知的に映ってしまう。
「さて、本題に入るとしよう。お主らを呼んだのは、言うまでもなくだが、我々の王国を救ってもらう為だ」
「どういう意味ですか?」
陽菜はおずおずとした感じで訊いた。
「我々の王国は強大な《魔法技術》を保有していてな。《魔導装甲》などの機械産業も発達しているのだ。勿論戦力としては最高峰、故に我々は目の上のたんこぶもいいとこなのだ、他国にとってはな」
「グレイブアーミー?」
謙佑は思わず聞き返した。
メカヲタの本能とでも言うべきものが、謙佑に聞き返すことを勧めたのだろう。
アルレオは先程よりも少し自慢げに、饒舌に話し始めた。
「《魔導コア》と呼ばれる循環制の魔法石によって、不眠不休で働く鉄の怪物だ。本来は生身では危険な場所へ向かう際に利用するのだが、戦闘兵器としても十分な破壊力を持っている。色々種類はあるが、一番オーソドックスなのは《独立自衛式小型盾鎧》などだな」
「……鉄の塊、つまり、メカってことか…!」
「……謙佑、あんたねぇ」
先程までの色褪せた感じは何処へやら、急激にテンションを上げる謙佑。
それを見て、本日何度目かのため息を陽菜は吐き出した。
それと同時に、陽菜は一つ問いかけた。
「一つだけ、聞きたいことがあります」
「何であろう?」
「もし、仮にこの国を救ったとして、私達は元の世界に帰れるのでしょうか?」
「…それに関しては何とも言えない、すまんな。我らもイチかバチかの賭けだったのだ、お主らが来ただけでも幸運であろう。ただ、もし救ってくれた暁には我々も全面サポートでお主らの帰還する方法を模索しよう。必ずだ」
「…分かりました」
陽菜は大人しく引き下がった。
今のところ帰る手段は無い、ならば、それを模索する必要がある。それには謙佑と陽菜の二人で探すよりかは、国規模のバックが居た方が動きやすい。陽菜はそこまで察知して引き下がったのだった。
「よし、我からの話はこれで終わりだな。ミリテル、あとは任せた」
「と言いましても、騎士舎でいいのですか?」
「うむ。レガンにもよろしく言っておいてくれ」
「はっ」
ミリテルは賛成の意思表示をして、王の間から去っていく。
謙佑と陽菜、加えてケルミアもそれに合わせて王の間から静かに退場した。
「では、これから騎士舎へ向かいます」
巨大な廊下に出た直後、ミリテルはそういった。
先程と似たような赤い絨毯が敷かれた巨大な廊下。幾数にも分岐したこの道は、初めて来る者ならば一瞬で迷子になるだろう。そんな廊下にミリテルの言葉は反響した。
「騎士舎?」
質問したのは謙佑だった。
それに対して今度はケルミアがフォローを入れる。
「騎士舎と言うのは、帝国に仕える騎士達の宿舎のことですっ。私も騎士団長の一角として騎士団に所属してますから、何かあったら聞いてくださいねっ」
「まぁ、そんなところです。取り敢えず見れば分かりますよ」
ミリテルが上手い具合に締めて、一行はまた歩き出した。
それから数分後。
無事王城を抜けると、広大な庭が広がっていた。
無造作に生えている雑草が青々と茂り、優雅に風に揺れている。空は高く、晴天に輝く太陽が目をつむってしまいそうな程眩しい。
「ここから右側に、騎士舎棟があります。ここからはケルミアに先導を任せますので、申し訳ないが私はここで立ち去らせて頂きます」
「ミリテルさんは何をしに?」
陽菜の問いに対して、ミリテルは柔らかく微笑んでこう答えた。
「帰還の術を一刻も早く模索する為、ですかね」
「……ありがとうございます」
「いえ、礼にはお呼びません。何せ私は賢者を名乗っていましてね、そういった話には興味をそそられてしまうのですよ。それで貴方達も得をするなら一石二鳥でしょう?」
「そう、ですね。頑張ってください」
「はい、それでは」
優雅に一礼すると、ミリテルはゆっくりと歩き出した。
その背中に謙佑が声を掛ける。
「ミリテルー!」
「…はい?」
「任せたぞー!」
「…ふふっ。承知しておりますとも」
クスリ、とミリテルは微笑んだ。
ミリテルは誰しもが敬う賢者である。故に自分より下か上かの両極端な人間関係しか持っていない。だからこそか、謙佑の物怖じせずに親しく接してくれる存在が、少しだけ嬉しかったのだ。
画して、一行は四人から三人にメンバー変更された。
「では、私、ケルミア・アーティバインがご案内しますっ」
「よろしくな」
「はいっ!」
にっこり笑ってケルミアは先導を開始した。
王国から城壁までの間は大体二キロ程ある。城下町を含む巨大な帝国城壁であれば、王国から二十キロも離れている。故に、騎士達が訓練・鍛錬をする際は、王国と城壁の間にある空間、王廷を使うことが規定されている。
騎士舎棟は三つある。一つは騎士団長もしくは騎士団長補佐、また各隊に十名しかいない帝宮騎士のみが使用可能な棟である。残る二つは低級から上級までの騎士達の棟であり、男女別に分かれている事以外に大きな違いはない。
「こちらが謙佑さんの騎士舎、あちらが陽菜さんの騎士舎です」
「ふーん、結構でかいな」
「凄い…」
指し示された騎士舎を見て二人が感嘆する。
それもそのはず、騎士舎とは巨大なマンションのようなものだ。それが一キロ程の間隔をあけて三つも連立されているのである。高さは王城の半分程度、と言っても王城が軽く400m以上はあるのだから、例え半分と言えど相当な高さだ。
「しかし、その前に一つすべきことがありますっ!」
「すべき事?」
「はいっ!」
騎士舎に興味を惹かれていた二人は、少し残念そうな表情でケルミアを見た。
ケルミアはにっこり笑って、元気いっぱいにこう叫んだ。
「基礎鍛錬ですっ!!」