襲撃
大広間にいてガンレイの視線を浴びることに耐えかねたシャーリーは、オーウェンとガンレイが話している隙に自室に戻った。
明日の早朝には出発するのだから、最後の準備をきちんとしておかなければならない。
ドレスで旅するわけにもいかないので目立たない地味な服をメリッサに用意してもらってあるし、食糧代とこの身一つがあれば近くの村まではなんとかなる。
その時、部屋の扉をコンコンと叩く音がした。
シャーリーがどうぞと答えると、大きな花束を持ったガンレイが扉を開けた。
「貴女に会うためにわざわざ来たというのに、その貴女が見えなくなってしまっては」
「すみません伯爵、少し気分が優れなかったもので。父とのお話はもう終わったのですか?」
シャーリーは少し顔をひきつらせながらガンレイの言葉を躱し、うやうやしく差し出された花束を受け取る。
「ヴァンペルト卿とは貴女と私のことで有益なお話が出来ましたよ。仕事のことなんてもののついでだ」
二人がどんなことを話したのか想像できないほど、シャーリーは子供でも無知でもない。
「わたくしのような不出来な者は伯爵の婦人にはとても相応しくないと思いますが」
シャーリーはどうにかして時間を稼ぎ、あわよくば自分を諦めてもらおうとするのだが、ガンレイはそのような空気を察するような男ではない。
「貴女でなければダメなのだよミルカ。僕が君を生涯をかけて守っていくと誓」
突然の爆発音がガンレイの言葉を遮り、部屋中の窓ガラスを震わせる。
屋敷中の誰もが外の様子を確かめようと窓際に駆け寄ると、門は焼け落ち屋敷を囲む塀にまで炎が燃え移っているのを目にした。
二人の男が炎に照らされた庭園をゆっくりと屋敷に向かって歩いている。
「まったく、派手にやりやがって。ガンレイが逃げたらどうするんだ」
「ご、ごめんよ兄貴ぃ」
「まぁ俺が逃がさないけどな。『散れ、土の子ら』っ!」
今度は背がやや低く少し丸い体格の男をあまり怒鳴らずに、長身の男が数枚の人型の紙切れを取り出してから呪文を唱えつつ地面に両手を付けた。
すると、庭の砂と土が紙きれと共に明かりが灯っている部屋に向かって飛んでいった。
「ひどい…魔術師がなんでうちを」
「ミルカ、何をしてるんだ!早くここから逃げ」
悲鳴にも似た声でガンレイが叫んだのと同時に窓枠の隙間から男が放った紙切れの一枚と砂が部屋の中に入ってきて、人間大の白っぽい土の人形へと変わった。
ゴーレムが二人と扉の間に立ちはだかると、ガンレイは声にならない悲鳴を上げながら部屋の片隅へと走っていきシャーリーのベッドの影に身を隠した。
「生涯をかけて、ね」
シャーリーはゴーレムから視線を外さないようにしつつ机へと近づいて引き出しの中から短剣を取り出すと、人形が重い一歩を踏み出したのと同時に距離を詰めて短剣をゴーレムの腹部に突き刺した。
土の感触以外は何も感じなかったのでシャーリーは短剣をそのまま引き抜くと、ゴーレムの体からさらさらと砂がこぼれ落ちる。
ゴーレムは振り払おうとするかのように腕を振り回したがその動作はとても遅く、腕の隙間を狙ったシャーリーが今度は先ほどより少し上を狙って短剣を突きだした。
次の瞬間、ゴーレムの胴体は岩のように固まっていき、その体は胸部に当たった短剣をはね返すほど硬くなっていた。
驚いているシャーリーに対してゴーレムがゆっくりと土くれの腕を振りかぶったその時、突然部屋の扉が勢いよく開いた。
部屋の中に飛び込んできたウィルは背中の剣を抜き放つと、まだ白いままのゴーレムの腕めがけて思いきり振り下ろす。
斬り落とされたゴーレムの腕は床につくと同時に砂へと戻り、ウィルはシャーリーとゴーレムの間に滑り込んだ。
「ウィル、よね?」
「シャ…ミルカ様、ご無事ですか?」
シャーリーとの四年ぶりの再開に思わず昔の呼び方をしそうになったウィルだったが、すんでのところで口をつぐんで言い直すと視線をそらすようにゴーレムの方を向いた。
そんなウィルの言葉と態度にシャーリーの目がすっと細くなる。
シャーリーはウィルの頬をつねると、ぐいっと引っ張って自分の方を向かせる。
「痛っ!」
「ウィル、貴方までわたしをその名前で呼ぶつもりなのかしら?」
怒りと悲しみを半々に混ぜたようなシャーリーの瞳に、ウィルは言葉を詰まらせる。
「ご、ごめんシャーリー」
「よろしい」
シャーリーはようやくウィルを離すと自分もゴーレムの方を向いた。
「腹は刺してみたんだけど、すぐに硬化されてしまったわ」
「シャーリー、魔法は使わないの?」
「あの時以来、なぜか使えないのよ」
「分かった、シャーリーは下がってて」
短い会話を交わしている間にゴーレムは全身を硬化させて体全体が黒ずんでいる。
シャーリーが離れたのを確認してからウィルはゴーレム目掛けて袈裟懸けに剣を降り下ろしたが、まるで岩を斬りつけたかのような鈍い音を立てて弾かれてしまった。
ウィルは弾かれた勢いを利用して体を回転させると、ゴーレムの首を狙って水平に剣を振るった。
しかし落ちたのはゴーレムの頭ではなくウィルの剣、正確にはウィルの剣の刀身が折れて床に転がっていた。
「むっ…」
「どうした?」
工房の中で酒を飲んでいたリーアムが突然窓へ駆け寄りメルボの町へと目を向けた。
室内には体を子犬ほどに縮めたルプスが床に伏せている。
「ウィルに持たせてある剣が壊れたようじゃ」
「ほう、あれが…さっきから感じるこの魔力は良からぬ者だったか」
リーアムは部屋の隅に置かれた布を取り去ると、そこには鞘に収まった一振りの剣があった。
リーアムが紙に何やら筆を走らせているのを見て、ルプスが作業台の上に置かれた小さな木箱を鼻先でつつく。
「これも付けてやるといい」
「それは…ウィルはお屋敷におるのか?」
「うむ。なかなか面白いことになってきたじゃないか」
ルプスは状況を楽しむようにほくそ笑み、リーアムは剣と一緒に紙をはさんだ木箱を床に置きその周りに陣を描いた。
武器もなしにただ接近していても無駄に消耗するだけだと考えたウィルは少しゴーレムとの距離をとった。
ゴーレムは逃げ道をふさぐように腕を伸ばしながら一歩一歩ゆっくりと、しかし確実にガンレイが隠れているベッドへ近付いていく。
いくら広いと言っても部屋は部屋、このまま後退すればウィルとシャーリーの逃げ場がなくなるのも時間の問題だった。
「俺が囮になるからシャーリーはその人を連れて部屋から出て」
「でもそれじゃウィルが」
「いいから早く!」
ウィルが思わず折れた剣を強く握りしめた瞬間にその柄が突然震えだし、いきなりのことに驚いたウィルは剣を取り落とした。
剣が床に落ちるとその周りにリーアムが工房で描いていたのと同じ陣が浮かび上がり、その後に先ほどの剣が床から突如現れる。
「何、今の?」
「リーアムだ!」
ウィルはすぐに剣を拾いあげると鞘から抜き放ちつつゴーレムを斬りつけた。
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