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黒眸の剣士と名無しの魔剣  作者: 楠たすく
1、メルボの長い一日
5/14

伯爵


「ウィル、お前も知っての通り、人間は火性、水性、風性、土性のいずれかのコアを持っている。コアの質や大きさに関係なく、それを持っていることが人間が生きているということなのだ。そういう意味では、コアは人間の命、とも言えるな」

「…四年前に初めてここで会った時、たしか俺からコアを抜いたと」

「 あぁ、言った」

「死んでるの俺!?」

 ウィルの叫び声が洞窟内に反響してこだまする。

「人の話は最後まで聞かぬか。あの状況下で我輩に出来たのはそれだけだったうえに、あの少女のためならどうなってもよいと言ったのはお前だろう」

 やれやれという感じで諭されて、ウィルは大人しく座り直した。

 ルプスは人じゃないでしょ、という言葉は話が反れるのであえて言わない。

「お前の中には我輩の魔力で作ったコアを入れてある。その影響で髪が我輩と同じ色になったのだ」

「なんでルプスはそんなこと出来るの?」

「特別だからな」

 にやりと笑って答えるルプスにウィルはさらに質問を重ねる。

「よくルプスは特別だって言うけど、何が特別なの?」

「ふむ、その話は夜にするとしよう。今から話したのでは買い物に行く時間がなくなるぞ」



 予定では昼頃には到着するはずだった一台の馬車が、数時間遅れてヴァンペルト子爵の屋敷の前に止まった。

 馬車は各所に細かな細工が施された豪華なもので、二頭の立派な馬に引かれている。

 門の前には屋敷中の使用人や侍女それにオーウェンまでもが並び、その人物が車から降りるのをじっと待っていると、馬車の従者が車の扉がゆっくりと開けた。

「遅くなってしまい申し訳ありませんヴァンペルト卿。道中で落石があって山を一つ迂回するはめになってしまいました」

「いえいえ!そのような事があったにも関わらず、伯爵自らわざわざメルボまで来ていただけるとは!」

 涼やかな声でオーウェンに話しかけた男はガンレイ伯爵。

 輝く金髪に整った顔立ち、細かな装飾がなされた白を基調とした洋服がよく似合っていて、まさにその身分を体現しているような若者である。

「愛する女性のもとへ出向くのが男というものでしょう」

 伯爵はそう言って柔らかな微笑みを見せると、オーウェンを伴い屋敷へと向かった。


 一方、自室で待機していたシャーリーは静かに目を閉じると自分の内側に意識を傾けた。

 軟らかく自在に形を変える水の球を強くイメージして力を込めるが、魔法が発動することはなかった。

 自分の中で魔力が少しだけ反応するのは感じるのだが、なぜか四年前から魔法が使えない。

 諦めたシャーリーは机の引き出しの一番奥から短剣を取り出して振ってみる。

 一年ほど前から侍女たちの目を盗んではこっそりと短剣の練習をしているのだが、これでローマーとしてやっていけるとは本人も思っていない。

 魔法を再び使えるようになるために魔法学者のいる都市へ行くにしても、手ぶらで旅をするのはさすがに心許ないと思い、元ローマーだったという使用人に万が一の時のための護身用にと嘘を言って扱い方を教えてもらったのだ。

 コンコンと扉を叩く音がしたのでシャーリーが急いで短剣をしまうと、メリッサがガンレイ伯爵の到着を知らせに来た。


「やぁミルカ!会えて嬉しいよ!」

「ごきげんよう伯爵」

 ここで手など差し出そうものなら間違いなくこの男は跪いて手の甲に口付けるだろうことは分かっているので、シャーリーは精一杯の作り笑いと共にスカートの裾を少し持ち上げた。

 ガンレイ伯爵に初めて会ったのは、シャーリーが以前とある貴族が催した舞踏会に半ば強制的に連れていかれた時だった。

 それからというものガンレイは歯の浮くような言葉が綴られた手紙を何通もよこし、父オーウェンとの距離も縮めていった。

 甘いマスクの上にこの若さで伯爵の地位を持つガンレイは一般的には良い男なのだろうが、シャーリーは非常に苦手だった。

 ガンレイが到着するとすぐに食事と酒が用意され、少し早めの晩餐が始まった。


 その頃、ラーズの店を再び訪れたウィルは旅に必要な物を買い揃えていた。

「まさか明日出発するつもりだったとはなぁ。そんな大事なことはもう少し早く言うもんだぜ」

「なかなか言うタイミングが掴めなくてさ。旅に必要な物が欲しいんだ」

「大量の荷物を持って歩くわけにもいかんだろうからな。とりあえずちょっとした調理器具と寝袋があればいいだろ?」

 ウィルの注文を聞いてラーズがちょうど良い物を選んで並べていく。

「安物も置いているが、ローマーとして旅するならこれぐらいの物を買った方が後々元を取れる。そうだな…五百クレジットでいいぞ。端数は俺がもってやる!」

「そんなこと言っちゃって、後でおばちゃんに怒られない?」

「将来有望な若者に貸しを作っとくんだ、損にはならねぇよ」

 ラーズは豪快に笑いながら代金を受け取ると、少し顔を引き締めて真顔になった。

「ウィル、組むやつはエドニアで探すのか?いいか、引き際と組むやつを間違えたローマーは死ぬからな?」

「覚えておくよ。じゃっ、帰った時にはまた何か買うから!」

「おぅ、行ってこい!」


 ラーズの店で買ったものをリュックに収めて外に出た頃にはすでに太陽は西に傾いていた。

 ウィルが家に戻ろうとした時、突然大きな爆発音がメルボの町中に響いた。

 町中の人々が家から出てきては「今のはなんだ」「あれは屋敷の方じゃないか」と隣近所の住民と話し、よく見れば向こう側には黒い煙が立ち上っている。

 ウィルは荷物を店の前に放り出すと、屋敷を目指して駆けだした。



 さかのぼること数時間前、ガンレイ伯爵の領地からメルボへ行く山中の街道で、男たちが話していた。

「この間抜け!お前がタイミングをしくじったから潰せなかっただろうが!」

「そ、そんなこと言ってもよぉ…俺、魔法なんて慣れてねぇんだよ」

「仕事は終わってない、その辺にしておけ。今からやつを追いかけても捕まるのは…メルボか。そこでガンレイをやれ」


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