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黒眸の剣士と名無しの魔剣  作者: 楠たすく
1、メルボの長い一日
4/14

それぞれの一日

『お祖母さま、見てください!』

 五、六歳くらいの少女が魔法で作った水の玉を手のひらに乗せてみせ、祖母はそんな孫娘に優しく微笑みながら手を叩いた。

『魔法が使えるなんてすごいわ!』

『でもお父様は、ミルカは貴族だ、貴族の娘に魔法なんて必要ない、って…』

『うーん…でも、貴女にはシャーリーという名前もあるわ』

『それは、そうだけど…』

『ミルカは古い言葉で女王、確かに貴族的な名前ね。でも、シャーリーには明るい草原という意味があるのよ』

『草原?』

『そう。囲いもない広い草原よ。いつか貴女が貴族ではない道を選ぼうとした時はシャーリーって名乗るといいわ』

『わたし、貴族じゃなくてもいいの?』

『貴女のお父様は怒るかもしれないけど、貴女の人生よ、自分で決めればいいの。私は今のミルカも好きだけど、シャーリーな貴女も愛しているわ』


「…様、ミルカお嬢様!」

 まぶたを開けると眩しい朝の光と見慣れた侍女の顔が目に飛び込んできた。

 ずいぶん懐かしい夢を見た。

「あ、おはようメリッサ」

 シャーリーが幼い頃から侍女として屋敷で働いているメリッサは、真っ白の髪と穏やかな笑みが印象的なお婆さんで、祖母を亡くしたシャーリーにとって大切な存在の一人である。

「早く起きてくださいお嬢様。今日はガンレイ伯爵がいらっしゃるんですから、きちんと仕度しないと私達がご主人様に怒られます」

 少し顔を傾けるとメリッサ以外にも二人の侍女たちが部屋にいて、自分が起きるのを待っているのが見てとれた。

 侍女たちのどこかうきうきした様子とガンレイという名前でシャーリーは少し憂鬱な気分になったが、夢の余韻を振り払うようにベッドを抜け出した。


 凹凸の少ない体は良く言えば引き締まっていて健康的、腰まで伸びた美しい栗色の髪は気品と女性らしさを醸し出しており、左の肩から肘にかけて付いた四年前の傷跡を除けば、どこから見ても貴族のお嬢様である。

 父ヴァンペルト子爵はその傷跡を嫌い、特に他の貴族と会うような時には袖の長いドレス以外は決して着せようとしなかった。

 もちろん今日のために用意された新品のドレスも傷が見えないようなデザインだ。

(今日よ、とにかく今日さえ乗りきれば…)

 メリッサにドレスを着せられ髪を整えられて『貴族の娘ミルカ』へと変わっていくなか、自身の計画を思い起こすシャーリーの瞳だけは淑やかさとはかけ離れた光を宿していた。


「おぉミルカ、今日は一段と美しいよ」

 朝食の席でこの屋敷の主 オーウェンは上機嫌だった。

 オーウェンはどちらかといえば小柄だが貴族としての風格を身にまとって堂々とした男で、年齢と共に少し後退した髪の毛は白髪が混じっている。

 ゆっくりと食卓を囲んでいるのは父オーウェンとその妻クロエとシャーリーだけで、部屋の外では使用人や侍女たちが忙しく走り回っているのが足音から分かる。

 鼻歌でも歌いだしそうなオーウェンに対して、クロエはどこか冷めた顔つきで朝食をとっている。

 シャーリーの上には年の離れた息子がいるにも関わらずクロエはまだまだ若々しく、栗色の髪に整った目鼻立ち、芯の強さをうかがわせる眼差しとどれを取ってもシャーリーは母親似だと分かるほど二人は似ていた。

「昼頃にはガンレイ伯爵が到着なさるそうだ。今日はめでたい日になるぞ!」

 父親の喜ぶ顔を見て、シャーリーはこっそりとため息をついた。



 ウィルは自分の部屋の掃除をしていた。

 明日の朝一番で出発するにあたって、ここに住むようになってからずっと使わせてもらった部屋はきれいにして旅立ちたかった。

「よし…!」

 我ながらきれいに片付けた、とウィルは満足げに部屋を見渡した。


 この四年間でウィルも成長した。

 身長もかなり伸び、顔つきは大人びた。

 なにより強くなった。

 コアを失ったことで魔法が使えなくなり、ローマーとしてやっていくには自分の身一つで戦わなければいけなくなったが、山を駆け回り剣を振り続けて約四年、そうするだけの力はついていた。

「ウィル、昼にするぞぉ」

 リーアムもまだまだ元気で、最近は特に依頼もないのに工房にいる時間が増えた。

「はぁい、今行くよ!」

 ウィルは返事をしつつ、ほうきを持って部屋を出た。


 二人で昼食を取った後、リーアムに連れられてウィルは工房へ向かった。

 半ばリーアムの個室と化した工房に入る機会はあまりなかったが、ウィルは工房の熱気や匂いが好きだった。

「見てみろ」

 自慢げに指差した先へ視線を移したウィルがあっと声を上げる。

 長旅にも耐えるように補修されたウィルがいつも履いている革製のブーツ、帷子が仕込んであるブーツと同色の革製の胸当て、日差しや雨を防ぐ焦げ茶色の長いローブがそこにあった。

「じっちゃんこれって…!」

「ん、餞別だ」

 リーアムが作った胸当ては軽い上に動きやすく、実際に身に付けてみるとブーツはもちろん胸当てもローブもウィルの体にぴったりと合った。

「ありがとう、じっちゃん!すごくいいよ!」

「うむ。そういえば、ルプスがお前を呼んでおったぞ」

「じゃあ、ルプスに会いに行った後に必要な物を買ってくるよ」

 ウィルはそう言い残していつもの洞穴へ向かった。


 昼間はどこかに行っていることが多いルプスだが、今日は洞穴の奥で横たわっていた。

「来たかウィル。いよいよ明日か」

「うん。もう守る必要もないだろうけど、俺の十六の誕生日って約束だったからね」

 この四年でウィルは何度もこの洞窟に足を運び、ルプスと対等に話すようになった。

「リーアムの餞別は見たか?あれを作っている時のあいつは楽しそうだったよ」

 これは後でもう一度ちゃんとお礼を言わなければならないな、とウィルは思う。

「旅立つ前に、まずはお前の髪の色の話をしよう」


昨日は忙しくて載せられませんでした

読んでくたさった方に感謝です!

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