回想(2)
次にウィルが目を覚ましたのはベッドの上で、そこがメルボの診療所の一室であることを理解するのに少し時間がかかった。
体はまだ痛むものの動けないほどではなかったのだが、何か違和感を感じていた。
「おっ、やっと目が覚めたか。丸一日眠っていたんだぞ」
ウィルに気付いた先生が部屋に入ってきて、起きあがるのを手伝ってくれた。
「あのシャ、ミルカお嬢様は…」
「あぁ、ミルカ様ならお屋敷におられるよ。怪我はしておられたが命に別状はないだろう。それにしてもウィル、その髪の毛はどうしたんだ?」
医者の言われて枕元に置いてあった水を覗くと、ウィルの髪は前髪を残して全て黒くなっていた。
ウィルは思わずあっと声をあげたが、すぐに思い直してベッドを飛び出した。
医者が止めるのも無視して診療所を出ると、急いでヴァンペルト子爵の屋敷に向かった。
塀に囲まれた子爵の屋敷はメルボで最も目立つ建物で、その敷地内には手入れの行き届いた庭園もある。
屋敷の入口である門の前で、ウィルは知り合いの使用人に止められた。
「すまないウィル。お前を入れるなって、ご主人様の命令なんだ」
別の使用人がウィルのことを子爵に知らせると、子爵はすぐに門の所までやってきた。
その形相は怒りに満ちていて、後ろには中身の詰まった麻袋を持たせた使用人を従えている。
「身寄りのないお前を引き取ってやった、その恩の返しがこれか!貴様が、貴様さえいなければミルカにあのような目にあうこともなかったのだ!」
今にも殴りかからんばかりの勢いで一気にまくし立てる子爵に、周りの使用人たちは当然のことながら何も言うことは出来ない。
「本当に申し訳ご」
「二度とその顔を私に見せるな!門を閉じ、こいつを屋敷に近付けるな!」
子爵は使用人の手から麻袋を奪いそれをウィルに向かって投げつけると、そのまま屋敷へと戻っていった。
子爵はウィルにぶつけるつもりだったようだが、麻袋はウィルよりもだいぶ手前で地面に落ちる。
申し訳なさそうな表情で使用人たちが門の奥に消えてからウィルが麻袋を開けると、中には少しずつ貯めていたお金を入れていた箱やウィルの服が入っていた。
初めて向けられた本気の敵意にウィルは何も考えられなくなっていたが、とにかくここから早く立ち去りたかった。
どこかへ飛んでいってしまおうかと魔法で風を使おうとしたのだが、竜巻は現れない。
その時になって初めて、ウィルは違和感の正体、自分の中から魔力が消えていることに気がついた。
一気にいろいろなことが起こり過ぎて混乱してしまい村を茫然と歩いていると、誰かが自分の名前を呼ぶのが聞こえた。
「じっちゃん…?」
ウィルがじっちゃんと呼ぶ白ひげの老人、リーアムがウィルの目の前に立っていた。
「ウィルや、行くところがないならうちに来るか?」
そう言うとリーアムは返事を待たずに一人でさっさと行ってしまった。
リーアムは包丁研ぎなどの鍛冶仕事を請け負っているのだが、基本的にはメルボに近い山奥に一人で暮らしている。
ウィルもシャーリーと一緒にリーアムの家を何度か訪れたことがあり、二人が持っている木片のお守りもそこで作った。
リーアムはすぐには家へ行かず、家の近くの洞窟へとウィルを連れていった。
冷たい空気で満ちた薄暗い洞窟の中へ入ってしばらく進むと、そこに例の黒いモンスターが横たわっていた。
驚きのあまり言葉を失うウィルを余所目に、モンスターはゆっくりと体を起こした。
「来たか少年。リーアム、少年と二人で話がしたいのだが」
「ではわしは家に戻るとしよう。ウィル、荷物は運んでおくよ」
リーアムが麻袋を持って洞窟を出ていくと、モンスターはあの穏やかな声でウィルに話しかけた。
「さて少年、名を何という?」
「ウィルです。貴方が僕達を助けてくれたんですね?ありがとうございます」
「うむ。我輩はルプス、リーアムとは人間で言う『長い付き合い』というものだ。なに、恐れることはない。我輩は人を襲わぬ」
「あの、どうやって僕達を助けてくれたんですか?」
「お前の風性のコア、それをあの少女に移すことで傷をふさぎ毒を消したのだ」
「そんなことが出来るんですか!?」
「我輩には出来るのだよ。だが、コアを失ったお前は」
「もう、魔法を使えないんですね…」
ウィルが自分に言い聞かせるように呟く。
「すまぬな」
「そんな!シャーリーが助かるなら魔法なんて安いものです。あ、これからはじっちゃんの所に住むことになりそうなので、また来ます!」
にっこり笑ってから洞窟を出ていったウィルの頬に伝う涙を、ルプスは見なかったことにした。
こうして魔法を失ったウィルは、リーアムとルプスと共に生活を始めた。
読んでいただきありがとうございます!
今回はちょっと短めでした