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 2-4

「あと半年足らずで、私、何とかできるようになる?」


 緊張に乾いた声で、カティアはそう、レイヴァンセルグを見上げて訊ねた。


「無理だな。貴様でも一年はかかろう」


 レイヴァンセルグの見立ては絶対だ。少なくとも、一年が半分に縮むような誤差はないだろう。


「セルグ、あんたならどうだ?」

「我に不可能などない」

「なら! 頼――」

「だが、貴様等を助けてやる理由もない」


 アンリの言葉を途中で遮り、きっぱりとレイヴァンセルグは言い切った。瞳一つ、揺らがせる事なく。

 当然だ。レイヴァンセルグは、来る前からそう言っている。ここに来て、結界を視る事すら忌避していたぐらいだ。


(それでも、もしかしたら、本当にどうにもならなかったら――とかって考えてたのは……。私の勝手ね……)


 元々レイヴァンセルグには、関わりのない事だ。

 カティアを拾ったのも、ただ物珍しくて興が乗ったからという、それだけだ。構っているのも、同じ理由。


(魔王、なんだから……)


 それでも期待をしてしまったのは、レイヴァンセルグが、口で言う程冷徹ではないと、そう思ってしまったからだ。


 人のように、情で訴えかける方が、そもそも無駄だ。

 分かっていたはずなのに、彼の口から直接にはね付けられて、カティアは心のどこかが冷えるのを感じた。


「それでも、頼む!」


 きっぱりとした拒絶にも、アンリは諦めなかった。言うなり、土の上に膝を揃えて座り、手を付き、額を地面に着くギリギリまで下げた。


「アンリ……」


 一切迷いを見せずに頭を下げたアンリに、カティアは自分の弱さを恥じた。


(私、馬鹿だわ)


 例えレイヴァンセルグが魔王だと知っても、すでに断っている事だと知っていても、アンリは同じ事をしただろう。


 足掻かなければ、望む結果が付いてくる訳がないではないか。


 ――例えそれが叶わなくても、やる前から諦める理由はない。

 カティアも、アンリの隣に並び、地面に膝を付く。


「止せ。貴様等の軽い頭など、我には何の用もない」


 言葉以上の制止はない。しかし、レイヴァンセルグの声には困っているような響きが混ざった。三ヶ月間の付き合いのあるカティアには聞き取れてしまった、彼にしたら露骨なぐらいの『弱さ』の類の動揺だ。


「今の俺には何もない。けど、出来る事なら何でもする。だから、頼む」

「――お願い」

「……」


 自分の前で下げられた頭二つに、レイヴァンセルグは顔をしかめる。不快さからではなく、苦悩から。


「……一つ、警告しておく」

「?」

「我の手が差し出されたものは、皆、利用される危険が伴う。我を陥れるための何かであれば、我は貴様等を助ける事はせん。カティア、その覚悟はあるのか」

「――」


 とっさに答えられなかったのは、カティアが気が付いてしまったからだった。

 レイヴァンセルグ、ただ一人だけの第一宮。人は置かず、己の魔力で生み出した擬似精霊だけの住まい。


(盾にされたくない、から)


 ――大切なものこそ、盾に使われる事が、ないように。

 そして、二度同じ真似をされないよう、より多くを守るために、盾にされても見捨てると、そういう宣言だ。


「それでも今、貴方の力が要るの」

「星を滅する引き金になってもか」


 レイヴァンセルグが言っているのは、イルスカウラの支配の事ではない。レイヴァンセルグを狙って、また別の魔王がカティアや星を使うために、支配に乗り出して来る危険性への示唆だ。


 そしてその時振るわれる暴力は、星の主であるイルスカウラの比ではない。

 侵略者が遠慮をする必要など、ないのだから。


「その時は、私が守る。守れるようになって見せる」


 顔を上げ、言ったカティアにレイヴァンセルグはふっと淡く微笑した。その決意を祝福するように。


「それは、楽しみな事だ」


 言うなり、レイヴァンセルグは無造作に神騎士へと近寄り、とん、とその胸を軽く押した。同時に、大気を震わせ神騎士の背後に一瞬、複雑な文様の魔法陣が浮かび上がり、ころりとその真下に小さな石を地面に転がした。


「これが、そ奴の体の中にあった魔力だ」

「うっ……!」


 大した物でもないようにレイヴァンセルグが摘み上げた、一センチほどの白い石に、アンリとカティアは顔を強張らせ、一歩身を引く。


 側にあるだけで分かる。全身により強い重力が掛かったかのような、場を支配する濃い魔力。

 それ程の物を、たかが一センチほどの物質に収めてしまう技術。

 どちらも人間には不可能な技。


「セルグ、あんた、何者だ……っ!?」

「我は当代最強の魔族。魔王レイヴァンセルグだ」

「魔王っ!?」


 反射的に立ち上がって身構えようとして、しかし途中で思考が追い付き、結果中途半端な片膝立ちの姿勢でレイヴァンセルグを見上げた状態で、アンリは驚いた声を上げる。


 魔王という呼称は、人間にとって敵そのもの。しかし、たった今神騎士を助けられたのも事実で、自分がどう行動するべきか、アンリは迷っているようだった。


「カティア……?」


 そして、何も行動を起こさない、自分より長くレイヴァンセルグと共にいた仲間へと、視線を向ける。

 ここで誤魔化してはならない、とカティアは思った。


「ええ、そうよ。彼は間違いなく、魔王よ。イルスカウラより、ずっと強い」

「!!」


 カティアの放った最後の一言は、かつてのカティアと全く同じ衝撃を、アンリに与えた。


「でも、彼が君臨する世界はここじゃない。だから、大丈夫なのよ」

「……!?」


 ここではない、という言い方をしても、アンリや神騎士には理解が出来ないだろう。彼等にとって、世界とはただ一つのものなのだから。

 実際、アンリの表情は困惑そのものだった。


「我は戻る。ではな、カティア」

「あ……ええ」


 これ以上は面倒になると踏んだのか、レイヴァンセルグは早々に帰還を決めた。

 カティアも同意見だったので、すぐに頷く。本当は旧神殿にいるという神騎士たちも視て欲しかったが、今は叶わないような気がした。


 レイヴァンセルグがいなくとも、空間魔法の習得でカティア一人でも次元を渡れるようになっているので、戻るのには問題ない。


 空間を割り、己の世界へと帰ったレイヴァンセルグを、アンリはただ呆然と見送った。

 今自分が見た現象をどう処理すればいいのかも、今のアンリ達には分からないだろう。


「アンリ。私、今彼の所で修行してるの」

「……そうなのか」


 魔族の――魔王の下で修業をしているだなどと、軽蔑されるかと恐れる心はあったが、それ以上にアンリに嘘をつきたくなかった。


「可能性はあるって、レイヴァンセルグは言ったわ。だから私は――このまま戻って、彼の下で力を磨こうと思ってる」

「……」


 カティアがはっきり言い切ると、場には沈黙が降りた。


「でも、アンリに会えて嬉しかった」

「カティア……」

「私も戻るわ」


 レイヴァンセルグがいないのでは、これ以上留まる意味はない。この短い滞在の中でアンリに再会できた偶然は、本当に嬉しかった。


「じゃあ、またね」


(今度は、イルスカウラを倒す力を得た時に)


 名残惜しさを振り切り、カティアもまた、直前のレイヴァンセルグに倣って空間を割り、道を繋ぐ。

 振り返る勇気は、なかった。


「カティア、待て!」

「わっ」


 割った空間に足を踏み入れようとしたカティアの腕を、直前でアンリが掴み引き止めた。


「俺も行く!」

「えっ!?」


 力強く、迷いなく言い切ったアンリの言葉に、カティアは驚き、振り向いた。


「一人より二人だ! 正直、俺がここにいても町の偵察ぐらいしか出来る事はない。だったら、俺も修行して力をつけた方がずっと建設的だ」


 それは勿論、カティアにとっては嬉しい申し出だった。


 レイヴァンセルグの居城は居づらいという程ではないが、やはり自分は部外者だという意識がある。そこに、自分と同じ立場のアンリが来てくれのは、とても心強い。

 だが、意外だ。


「いいの? レイヴァンセルグは魔族なのよ?」

「カティアだって気にしてないだろ?」

「それは……。ええ、まあ、そうね」


 ためらってから、もう違うとは言えずにカティアは頷く。

 全く気にしていない訳ではないが、個人として認識するようになって、抵抗感が減っているのは間違いなかった。


「そういう訳で、しばらく俺達はこの地を離れるけど、必ず帰って来るから」

「それまで皆で、無事でいてね」

「は……、はい……?」


 呆然と成り行きを見守っていた神騎士は、おそらく理解は出来ていないまま、反射で返事と敬礼を返して来た。


(レイヴァンセルグは、きっとアンリも受け入れるわ)


 本当は、きっと――とても退屈だろうから。

 おそらく、気のない振りをしながら、一緒に相手をしてくれるだろう。


(男同士だし、きっともっと気やすいはずだし。――……って?)


 そこまで考えて、カティアははたと気がついた。


(……何でレイヴァンセルグの方を気にしてるの?)


 今考えるべきは、アンリがどう、レイヴァンセルグの星でも気安く過ごせるかの部分だけのはずだ。

 レイヴァンセルグには恩はある、と思っている。けれど、それだけだ。


(いえ、恩があるから、よね?)


 カティアはレイヴァンセルグに返せる物を何も持っていないから、せめて気持ちで、と人に対するように思ってしまっただけだろう――と、自分を納得させる。


(きっと、下らないって言うんだろうけど)


 ――けれど、口で言う程何も感じていない訳ではないと、カティアはもう知っている。

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