2-3
「貴様、死ぬか?」
わりと本気度の高い気分で、レイヴァンセルグはアンリを睨む。
「死ぬのは困る。俺にはやらなきゃならない事があるから。――あ、名前聞いてなかったな。俺はアンリ・ジルハーグ。あんたは?」
「……レイヴァンセルグだ」
「そっか。セルグ、あんたがカティアを助けてくれたのか?」
「誰が貴様に馴れ馴れしく愛称を許したかッ!!」
「長くて面倒な名前してる方が悪い。あ、親御さんは悪くない。格好いいとは思うぜ? うん」
屈託なく笑ってさり気に話を逸らしつつ言ったアンリに、レイヴァンセルグは息をついて、諦めた。
「……別に、助けた訳ではない。拾ったのだ」
「そうか。ありがとな」
「貴様の耳はどうなっているッ!!」
「カティアの表情と格好見れば分かる」
カティアの顔は血色も良く、身形も綺麗だ。それにカティアは更に申し訳ない気持ちになった。
「ごめんなさい。すぐに戻るべきだとは思ってたの。でも、イルスカウラを倒すために、どうしても修行したくて」
イルスカウラを倒す、の部分で、アンリはレイヴァンセルグの表情を窺った。
全く変わらなかったのにほっとするのと同時に、不思議でもあったのだろう。そのまま真っ直ぐ本人に聞いて来た。
「セルグ、あんたは魔族だろう。何も言わないのか?」
「我が興味があるのは、強者のみだ」
どうとでも取れる言いように、アンリはどう受け取るべきかを迷った。アンリが重ねて質問するよりも早く、カティアが断言する。
「レイヴァンセルグは大丈夫よ」
「そっか」
カティアが保証すると、アンリはほっとしたように表情を緩める。カティアの言葉だけで、彼にとっては十分信用に足るのだ。
「……」
二人の交わしたやり取りに、レイヴァンセリグは静かに眉を寄せた。少しばかり不機嫌そうにも見えたが、しかし言葉に出しては何も言わなかったため、互いを見ていたカティアとアンリは、その表情に気がつかなかった。
「他の皆はどうしてる?」
「あの戦いで、神騎士たちも半分ぐらいに減った。今は、近くの森の地下にあった、旧神殿に隠れて過ごしてる」
「そう……」
それは、イルスカウラから聞いてすでに知っている情報ではあった。
残りの半数は確かに無事だと確認できたのだから、喜ぶべきなのかもしれないが――やはり、喜ぶ事は出来なかった。沈んだ口調でそう言って、カティアは表情を曇らせる。
「きっと、戻って来れなくても何人かは無事でいるはずだ。俺もカティアも、こうして無事に会えたじゃないか」
「――ええ、そうね」
そうであって欲しい、という願いを込めて、カティアは頷いた。
一人でも多くの人が、助かっていればいいと、そう思う。
「アンリといったか。貴様が『勇者』か?」
「そう呼ばれるのは慣れないし、実際呼ばれるだけの事はまだ出来てないんだが、一応、そうだ」
唐突なレイヴァンセルグの問いに、訝しむ事もなく、アンリは素直に答えた。
「カティア。この男には『ある』ぞ」
「え……っ」
カティアの方を振り向き、言ったレイヴァンセルグにびくりとする。何が、などという間抜けな問いは、流石にしない。
(アンリにも、結界が)
それをどう考えるべきなのか、驚きの方が強くて、カティアはとっさに考えられない。
(町の人達には、なかったのに……)
だから――、少しだけ安心していた所もあったから、不意打ちをくらった気分で、余計に驚いた。
「あるって、何がだ?」
「その……」
カティアはレイヴァンセルグの、力を視る目に関して疑うつもりはない。だが、果たしてアンリが目に見えない物を信じるだろうか。
それも、会ったばかりの魔族の言う事を。
何より、魔族の言などを信じるカティアに、呆れないだろうか。
「貴様はカティアよりも魔力適性が低い。後二、三年といった所だな」
「な、何が!?」
決して長くはない数字に、不吉な予感を駆り立てられ、アンリは答えを求めてカティアを見た。
「その、レイヴァンセルグは魔力を視るのに長けてるのよ。それで――私達の体の中に、魔力を溜め込む結界があるというの。その許容値が」
「後二、三年」
「そう」
「後二、三年したら……。いやいい。あの前振りだもんな。死ぬんだな?」
「そうなる」
重苦しい空気から察したアンリに、レイヴァンセルグは事もなげに頷いた。
(町の人は持っていないのだから、やっぱりこの世界の人間が持っているようなものではなくて、後天的なものだという事になるわ。そもそも、魔力の爆発で死んだ人なんて、今まで聞いた事ないし)
一体いつ、自分やアンリはそんな物を仕掛けられたのだろうと、カティアは考えるが――答えらしきものすら、思い付かなかった。
「二、三年は短い。何とかならないのか?」
「修練を積み、もっと魔力の深淵を理解すれば、自ずと解呪の仕方も分かるであろう」
「そ、そうか」
「……」
ほっとした様子のアンリだが、カティアの表情は晴れない。『ここ』での修練には、限界がある事をカティアはもう知っていたからだ。
おそらく、アンリが二、三年で必要なだけの知識と力を得る事はないだろう。
(アンリに話して、レイヴァンセルグに一緒に師事する? でも……)
イルスカウラを隣にして何もして来なかった事を、負い目に感じた。仕方がなかった事だし、判断的には正しいとカティアは思っているが、感情は別だ。
――もしアンリがイルスカウラに挑んでしまったら、という不安もある。
「しかし、人にしては中々に精巧な封印術だ。ますますもって興味がある。相手に掛けた事さえ気づかせぬ力の持ち主、という事でもあるしな」
感嘆したレイヴァンセルグの言葉を、カティアもアンリも各々の考え事に夢中で聞き逃した。魔王がその封印の術式に感心をした、という事の意味に、思い至る事が出来なかった。
そこに、慌てて町へと向かって駆けてくる青年を認めて、はっとアンリとカティアは顔を上げる。
「ア――っ、アンリ様! それに、カティア様!?」
「ああ。さっき町で再会したんだ」
「それは……っ。カティア様、よくぞご無事で……っ!」
跪き、青年はカティアへと頭を下げた。青年の身なりは、アンリと同じく粗末なものだったが、立ち居振る舞いは洗練されており、隙が無い軍人の物だ。
名前は覚えていないが、カティアも青年の顔に見覚えがある。共に戦って来た、神騎士の一人だ。
「ありがとう。急いでたみたいだけど、何かあったの?」
「それが、仲間が一人、戻ってこなくて……」
「またか……」
顔をしかめ、アンリは呻くようにそう言った。
「また?」
「あぁ。町や森の周辺に、情報収集や偵察に出るんだが、最近、戻ってこない奴が何人かいるんだ」
「捕まったか、あるいは逃げたのであろう」
「――魔、魔族!?」
余程慌てていたのだろう、声を発されて、初めてレイヴァンセルグの存在に気がついて、青年はぎょっとして仰け反った。
「ああ、セルグは大丈夫だから。カティアを助けて、今さっき俺を助けてくれたんだよ」
「魔族が……ですか?」
「助けたのではないと言っておろうが!」
「この通り、ちょっと照れ屋さんだけど気にしないでくれ」
「は、はあ……」
イルスカウラを誤魔化すためもあって、今レイヴァンセルグは魔力を押さえている。片鱗を見たアンリは、実は結構な実力の持ち主だと当たりをつけていたが、今来たばかりの青年には、そんな事は分からない。故に、大した脅威ではない、と納得した。
「……貴様も『ある』な」
「!」
神騎士を見据え、言ったレイヴァンセルグに、カティアとアンリははっとした顔をする。
「ある……とは?」
先ほどのアンリと同じく、意味が分からず神騎士は戸惑った表情をしたが、その疑問に答えるのは後でだ。
「後で話す。セルグ、どれぐらいだ?」
「お前よりも更に魔力適性が低いな。この様子では、半年は持つまいな」
「!」
冷静に答えられたその期限の短さに、二人は愕然とする。二、三年あれば、もう少し何かが出来るのではないかと、希望も持てる。
しかし半年は短すぎる。