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 2-2

 かつて人類最後の砦と呼ばれた聖王国エストリュースは、今は完全に魔族の支配する地になっていた。


 魔王襲撃の際に壊された城門や街並みは、すでに何事もなかったかのように修復されている。

 町並みだけは以前と変わらないメインストリートを、カティアは重い気分でレイヴァンセルグの隣を歩いていた。


「旦那。人間の女なら、もっといいのが揃ってますぜ。どうです、ウチで買い替えていきませんか。引き取る値段も、勉強させてもらいやすぜ」

「不要だ。我はこれで満足している」


 などと時たま声を掛けられるが、おおむね何事もなく町を歩いて見て回る事が出来た。

 もし隣にレイヴァンセルグがいなければ、町を歩く事すらままならなかっただろう。


「町で使われている人間共には、結界を持つ者はいないようだな」


 隣を荷運びをしながら通り過ぎて行った人間の男を見やって、ぽつりとレイヴァンセルグはそう言った。


「そう……」

「どうした。貴様には喜ばしい事だろう」

「そう、だけど」


 自爆を目的としたような結界を施された人間が見当たらない事は、勿論喜ばしい。しかし、カティアの気分は晴れなかった。


 ではなぜ自分には結界があるのか、という事も気になるが、何よりも目の前の光景が原因だ。

 予想はしていたが、改めて自分の目で、人々が支配下に置かれている現状を見るのは、辛い。


「どうしてイルスカウラは人を支配下に置こうとするの? 共存していけばいいじゃない」


 魔族は獣ではない。知性がある。だからこそ、敵として厄介でもあるのだが。


「別に、カウラに限った事でもあるまい。人間同士とて、武力と権力で階級を分け、ヒエラルキーを形成するであろう。社会を作れば、支配階級と労働階級が生まれるのは自然の理。カウラはそれを星と種でやっているのに過ぎん」

「そして、私達人間は、弱いから諦めて隷属しろ、という事ね」

「そうだな。弱き者は淘汰される。そうでなければ守れない。カウラは己が弱い事を良く知っている」

「それは……貴方に比べればそうなんだろうけど」

「当然だ。我は最強の魔王だからな」

「……そうね」


 自分が手も足も出ないイルスカウラを『弱い』と断言されるのは、余計にカティアの気分を落ち込ませてくれる。しかし事実だから、何も言い返せはしない。


「貴方達は、卑怯だわ」


 生まれつき肉体は頑健で、魔力も高く、寿命も長い。


「ならば、我の子を生んでみるか?」

「え!?」

「貴様の代では叶わずとも、その子供は間違いなく、カウラに対抗する力となるだろう。貴様等人類の敵にならぬよう、幼いうちからしっかりしつけてやればいい」

「ふっ、ふざけないで!」


 レイヴァンセルグの言っている事を飲み込んで、顔を赤くし、カティアは怒鳴る。


「そんな事できる訳がないでしょう!! こ、子どもは……っ。愛した人と、家族になるために、愛を持って生まれるべきだわ!」

「……冗談だ」

「……っ?」


 ふ、と唇を歪ませて己の発言を誤魔化したレイヴァンセルグが、らしくない、とカティアは思った。


「そう、貴様等は心配する事はない。カウラの目的は支配であり、種の淘汰だ。いずれ滅びゆくとしても、今ではない。カウラは、この世界の魔王だからな」

「どういう意味……?」

「そのままだ。カウラの目的は、種の淘汰。だから、貴様が実力で奴を下せば、奴はそれを受け入れ、この星は人間の物となる。それだけだ」

「……」


 それも事実だ、とカティアには分かったが、先程レイヴァンセルグの言っていた内容とは、若干話をずらされた気がした。


 しかし話を逸らしたという事は、レイヴァンセルグに話すつもりがない、という事だ。

 そしてカティアに必要なのは、イルスカウラを倒して平和を取り戻す事のみだ。


 それで良い――と、カティアが湧き上がって来そうになる質問を飲み込んだ、その時。

 通りを行く一人の青年と目が合った。


(あっ……!)


 青年は、奴隷にされた町の人々と同じくボロを纏っていて、記憶にある格好とは違っていたが、身形が変わったぐらいで見間違えるはずがなかった。


 空の色を映した様な青の髪と、研いだ鋼色の灰の瞳。人間らしい整った造作をした、十七、八程の青年だ。


「カティア!」

「アンリ……!」


 互いの名を呆然と呼び合った後、きっとアンリはカティアの隣にいたレイヴァンセルグを睨み、地を蹴った。


「カティアを返せ! この魔族が!!」

「アンリ、駄目ッ!」


 カティアの悲鳴は聞き入れられなかった。レイヴァンセルグに肉薄したアンリは、そのまま拳を固めて殴り掛かる。右の拳を軽くいなされ、直後――


「くっ」

「これでフェイントのつもりなら、話にならん」


 そちらが本命だったのだろう、いつの間にかアンリが左手に持っていた短剣は、レイヴァンセルグの素の手の平に止められていた。


 次の瞬間、重い音を立ててアンリの体は蹴り飛ばされ、近くの露店に突っ込み、商品を地面にばら撒いた。


「ウチの商品、どうしてくれんだこの野郎!」

「止めて!」


 まだふらついて立ち上がれないでいるアンリの胸倉を掴み、引き摺り起して喚く店主にカティアは制止の声を上げる。だが、人間の制止の声など、今のエストリュースでは何の効果もない。


「あァ!? 何だ人間、テメェも一緒にぶっ殺されてえか!」

「それらは我の所有物だ。他人の物に手を出すのなら、無論、それなりの覚悟はあるのだろうな」


 振り上げられた店主の腕をピタリと止めさせたのは、レイヴァンセルグの威圧的な言葉だった。


「え、いや……。しかし、旦那……」


 やり取りを初めから見ていれば、アンリとレイヴァンセルグが初対面である事は明らかだ。しかし、レイヴァンセルグは無言の指摘を黙殺して、店主を見下ろす。

 そして僅かに、イルスカウラに侵入を気付かれないよう抑えていた魔力を、表に出す。


「我が、今、それは我の物である、と言ったのだが?」


 一瞬で他を圧迫して埋め尽くされた魔力量に、すぐに店主は逆らってはならない相手だという事を悟り、腰を低くした。


「失礼しました」

「騒がせたな」


 ばきん、と空間を割って己の居城の宝物庫へと繋げると、手を伸ばして適当に近くにあった物を掴み、店主へと放る。

 貴金属や武具など数点、種類はバラバラだが、いずれも一流の品だ。捨て値でさばいてもひと財産になるだろう。


「来い」


 店主の腰の低い礼を背中で聞き流し、カティアと、そしてアンリにも目で促し、早々にレイヴァンセルグはその場を立ち去った。


「アンリ、大丈夫?」

「俺は平気だ。それよりカティア、お前は? あの日から姿が見えなくなって、皆、もうほとんど諦めてて……。でも良かった。無事だったんだな」

「ごめんなさい。色々あって……」


 心配される程、カティアの待遇は悪くなかった。それに罪悪感を覚えて、カティアの言葉は弱いものになる。


「いいんだ。お前が生きて、無事でいてくれた事が嬉しい」


 裏表のない、心からの歓迎の笑顔。長く側にあったそれに、カティアは懐かしさにほっと胸が安堵で温かくなるのを感じた。


「……あんたも、さっきは悪かった。後、庇ってくれたんだよな? ありがとう」

「ふざけるな。我が人間如きを庇いだてするか」

「? あれは、俺を助けてくれたんだろう?」


 今のエストリュースで、奴隷階級の人間が騒ぎを起こせば、すぐ様警備に当たっている魔族が来てひっ捕らえられ、処刑をされるのが当然だった。


 簡単に捕まってやるほどアンリは弱くはないが、レイヴァンセルグに蹴られた所はまだ痛む。万一の時の武器も奪われ、丸腰で逃げるのは厳しかっただろう。


「違う。ただの気紛れだ」

「……彼は照れ屋なのか?」

「変なプライドが高いだけ」

「ああ、そっか」

「変なプライドとは何だ、無礼者がッ!」


 振り返って吠えたレイヴァンセルグに、アンリは遠慮なく吹き出した。

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