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 5-2

「むっ!?」

「在庫を全て使い切るのは惜しいが――ここで使わねば、妾に次はあるまいな! 生命よ、呪われよ!」


 もう一度強く床を叩き、呼応し、魔法陣がより強く輝いた。


(これは、流石に――)


 その魔法陣に流れ込んで来る多大な魔力量に、レイヴァンセルグは眉を寄せた。耐えられない、とすぐに理解する。


(法陣を壊すか? いや、本体はここではない。おそらく、この次元そのものに存在していない)


 レイヴァンセルグの冥界に現れたラプスミュリアンの城は、彼女本来の城のごく一部。力の出所はここにはない、と判断する。


 その分、道を越えるのに更に余計な力を使っているだろう。ラプスミュリアンがわざわざレイヴァンセルグの領界に侵入したのも、次元を経由させる事で魔力の消費を増やさないためだ。

 それだけ、なりふり構っていないという事でもあるが、今、効果が出たのも事実だった。


「セルグ!」


 入り口の辺りで留まっていたアリアンローシェが足を踏み出すも、部屋を支配した白光に、顔を腕で覆って引き下がる。


「……ふん」


 白光が収まった部屋の中で、レイヴァンセルグは小さく笑みを漏らした。


 皮膚にまで魔法陣が浮かび上がり、肉が他人の魔力に侵され、上手く意思が伝わらない。白いみみずばれの様だった魔法陣の線から、じわり、と赤い液体が染み出した。


 手に持った魔剣に呼応させるだけの魔力も流せず、ただの鈍と化し、魔王を相手取る武器の用は果たせなくなっていた。


「これで全てか?」


 焦りの一切ない、淡々とした問い掛けに、ラプスミュリアンは表情を引きつらせた。間違いなく術は効果を発揮し、今目の前にいる男は、最強と謳われる力を振るう事は出来ないはずだった。


 分かっているのに、その冷静さが、まるで大した事でもないと言わんばかりで、ラプスミュリアンを動揺させる。


「……どう思う?」

「まあ、全てであろうな。貴様自身がそう言った。何よりこのなりふり構わなさから見て、すぐに同じだけの物は用意できまい」

「っ……!」


 一瞬何かを言おうとしたものの、ラプスミュリアンはすぐに口を閉じた。虚勢を張る無意味さに気がついたためだ。


「然様。しかし、貴様も十分、効果を受けたように見えるが?」

「そうだな」


 淡々とした肯定は、ラプスミュリアンには不気味にしか映らなかった。ごくり、と唾を飲み込み、一歩足を引く。


「まだ妾に勝てるつもりかえ?」

「いや。おそらく、我はここで死ぬだろう」

「?」


 生に足掻き、魔女から魔道に身を落として魔王となったラプスミュリアンには、レイヴァンセルグの諦観は理解しえないものだった。


「アリアンローシェ」

「セルグ……っ」


 おそるおそる、そっとレイヴァンセルグの腕に触れたアリアンローシェの白い手は、瞬く間に血の赤に染まる。


「我が世界を、お前にやろう。引け」


 ここで戦うのは、アリアンローシェにとって得ではなかった。だから、勝機を待って討ち取れと、そう告げる。


「貴様の世界は、妾のものだ!」


 折れた杖の代わりを新たに取り出し、ラプスミュリアンは即座に魔法を発動させた。


「ラクスティア・クール!」

「我に宿る原初の魔力よ、従いなさい! 白く輝く終焉の霧ホワイトミスト・デス・エンド!」


 放たれた氷の最上級魔法は、広がり切る前に、出だしで白い霧に押し包まれ、その内側で消失した。


「……アリア」

「生憎だけど、私は貴方の世界なんか要らないわ」


 レイヴァンセルグの前に立ち、アリアンローシェは部屋の中へと入る。自身の魔力が乱される感覚に、微かに不快気に眉を寄せるが、悠然とした様子は崩さなかった。


「だって私、面倒な事嫌いなんだもの!」

「舐めるな、小娘!」

「あら。私こう見えてもセルグより年上よ? お尻が青いのは貴方の方じゃない?」

「大層な事よ! だが――!」

「っ!」


 振り下ろされた杖を、手を伸ばし触れる前に魔力の障壁で受け止め、アリアンローシェは顔をしかめる。


「年月に見合う実力は、持っていないように見えるな?」

「生意気よ、貴女」


 ばちっ、と互いに魔力を弾いて、大きく間隔を開ける。その手ごたえに、アリアンローシェは小さく、自嘲の笑みを浮かべた。


(大っ嫌いなんだけど。私も、どうやら馬鹿のようね)


 けれど、見過ごせるはずはなかった。

 血の繋がりはなくとも、アリアンローシェにとって、レイヴァンセルグはただ一人の――理解者(きょうだい)だったから。





「――全員いる?」

「ああ、全員だ」


 大きく割った空間を戻しながら訊ねたカティアに、アンリは全員の顔を見て、確認してから頷いた。


 比較的最近さらわれたと思わしき人はすぐに目を覚ましたが、自力では立てない程、衰弱してしまっている人もいた。


 故郷に連れ帰るのは、人間が魔族の圧政下にある状況では望ましいとは思えず、カティアが避難先に選んだのは、慣れ親しんだレイヴァンセルグの居城だった。


「そう、良かった」


 とりあえずは、一安心だ。ほっとカティアは息をつき、しかし、すぐに表情を曇らせる。


(……セルグ)


 行っても仕方がない事は分かっている。もし自分が邪魔をしたせいで不利になり、レイヴァンセルグが傷を負うような事があれば、元も子もない。

 大人しく隠れてじっとしているのが、正しい選択だ。


「これからどうする?」

「どうするって、皆を休ませて、それで――……、それから……」


 アンリに訊ねられ答えたカティアの言葉は、途中で意味のない、曖昧なものになる。気持ちがそぞろで、思考がそちらへ向かわないせいだった。


「戻らないのか?」

「戻ってどうするの?」

「まあ、邪魔になるだけだろーな」

「……」


 遠慮も何もなく、腕の中の魔王からはっきり言われ、カティアは俯く。


「どうせすぐに戻って来るだろーし。あの程度の奴がセルグにケンカ売るなんて百万年早……」


 自分の事でもないのに、どことなく自慢げだったガルの口は、途中で止まった。

ぴんと耳を立て、遠くの気配までもを探ろうとするように、じっと一方向を見詰めたまま動かなくなる。


「……ガル?」

「セルグの魔力がねえ」

「!?」

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