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 4-6

 ふんふん、と空気中の匂いを嗅ぐような仕草をしてから、ビシ、とガルはカティアの腕の中から前足を突き出した。


「こっちだ! 多分!」

「強気で断言してから多分をつけるの止めましょうよ。自信ないならそれで良いから」

「何だと!? 自信なんかあるに決まってんだろ! そこそこ!」

「不安な部分も一緒に強気で言って、誤魔化そうとしても駄目だから」


 やはりこちらの方が楽なのか、ラプスミュリアンから逃げ出してからこちら、ガルはずっと本性の子犬の姿のままだ。

 前を歩かれると踏む予感が物凄くするので、カティアもカティアで腕に抱いたまま、通路を歩いている。


 行く方向はずっとガルに任せ切りだ。本人が大丈夫だと請け負ったのを信じてみる事にしたのだ。カティアが選ぶとただの勘任せになる。


 ガルの態度が態度なので、若干不安ではあるのだが、彼はこれでも魔王だ。どちらにしろ不安ならば、自信のあるガルに任せてしまった方がいいだろう、という訳だ。

 ――そうしていると思い知るのは、レイヴァンセルグに導かれている間の不安感のなさだ。


(一人でいるよりはずっといいけどね)


 実際、陰気な城を歩く道連れとしては、ガルは決して悪くなかった。腕の中の体温が、普通の動物と同じように暖かかったためもあるかもしれない。


「テメーな。俺はこれでも、テメーの星で頭張ってる魔王だぞ! こんだけ近くにある魔力を見失うかってんだ」

「じゃあ何で自信なさ気なの」

「そりゃ……。ほら、俺はあんま、魔力探んのとか得意じゃねーし」

「やっぱり自信はない訳ね」

「なくはねえ!」

「当てにしてるわ。私には分からないから」

「……」


 答えは返ってこなかったが、ぱたぱたっ、とガルの尻尾が嬉しげに振られた。素直だ。


「――あ」

「何?」

「もう本当に近いぜ。多分、そこの扉の奥だ」

「あそこ?」


 ガルが前足を伸ばして示したのは、通路の真ん中あたりにぽつんとある、何の変哲もない扉だった。


 しらみつぶしに探していっているなら開けるだろうが、そうでなく、何も知らなければ通り過ぎてしまうような、何気ない扉だ。


(アンリ、皆。どうか無事で……)


 つい先程まで一緒にいたアンリも勿論だが、心配という点でより気掛かりなのは、もっと早くからさらわれているであろう人達だ。


 ラプスミュリアンの言い様は、溜めた魔力が揃うまで待っていたような様子だったが、だから無事だとは言い切れない。彼女にとって結界を張った人間達は、ただの魔道具と変わりないのだ。


 ごくり、と喉を鳴らし、扉に手を掛ける。

 しかし、力を入れて押し開く前に、ぐいと後ろから襟を掴まれ乱暴に引っ張られた。


「きゃっ!?」

「煩いわね。静かにしなさい」


 思わず悲鳴を上げ、武器を取り出そうとしたカティアだが、聞き覚えのある声に行動に移すのは留まった。毛を逆立てて戦闘態勢に入ったガルも同様だ。


「アリアンローシェ!」

「お前、何でこんな所に」

「それは私の台詞でしょ? 何であんた達がこんな所にいるのよ」


 腰に手を当て、アリアンローシェは二人を睨んだ。特に、カティアへ向けた視線は更に若干厳しい。


「来たくて来たんじゃないわ。連れ込まれたのよ」


 留まっているのは自分の意思だったが、嘘は付いていない。


「……そ。で、あんたは?」

「散歩だ!」

「あっそ。相変わらず馬鹿な答え」

「んだとォッ!?」


 小馬鹿にして鼻で笑ったアリアンローシェへと飛びかかろうとするガルを、強く抱きしめカティアは危うい所で無駄な戦いを防いだ。


「ちょっ、てめっ、止めろっ」


 飛びかかりそうな気配は失せたが、少し慌てた様子でそう抗議された。


「ごめん。苦しかった?」

「苦しかったっつーか、柔らかか……」

「は?」

「何でもねえっ! もういい! 降ろせ!」

「だって貴方に前を歩かれたら踏みそうなんだもの!」

「気を付けろよ!」


 もっともだった。しかし、気をつけるつもりではあるが、絶対やらかしそうな気がするのだ。二度ある事は三度ある。


「……馬ッ鹿じゃないの」


 二人の、本人達にとってはわりと真剣な言い合いは、冷めきったアリアンローシェの突っ込みでしんと途切れた。


「あ、貴女はどうしてここに?」


 腕の中のガルが大人しくなったので、抱きかかえたままでカティアはそう訊ねた。


「セルグの領界に変な魔力があったから、見に来ただけよ」

「心配して?」

「……そうよ」


 本人がいればまず認めないだろう事を、カティアに対しては認めた。不機嫌を装った照れの表情で、ちらりとカティアの反応を窺っている。


 ややあって、カティアから何の反応もないのを見て、アリアンローシェは胸を張り、つんと顎を反らして。


「私には、セルグを心配していいだけの実力があるわ。彼の面倒にならないで、自分の身を守れる実力がね。でも、貴女にはない。貴女はさっさと自分の世界に帰るべきよ」

「心配しなくても、イルスカウラを倒せるだけの実力を身に付けたら、帰るわ」


 それは間違えてはならない目的で、勿論、今も変わっていない。


 しかし、本来関わりのない――そして関わってもならない相手であると認めた時、胸が疼く自分をカティアは自覚していた。


「それじゃあ、いつになるか分からないじゃない!」

「そうね。でもその文句は後で聞くわ。今私にはやらなきゃいけない事があるから」

「この部屋に入るつもりなら、お勧めしないわ」


 腕を組んで扉を睨みつけ、アリアンローシェはカティアを止めた。開けるために再び扉に触れた手を、カティアは引く。

 そのカティアをつまらなさそうに睥睨し、ふわりと後ろ髪を掻き上げてから。


「本当は、私は貴女の事なんてどうっでもいいんだけど。でもセルグは多分、貴女の事を気にすると思うから」

「どうして入らない方がいいの?」

「だって酷い魔力量だもの。一ヶ所に集めていいレベルじゃないわ。私だって入れないのに、人間の貴女が入ったら、一瞬で体が砕け散るわよ」

「……っ」


 アリアンローシェの言葉は、脅しではないようだった。

 扉まで妨げるものは何もないが、カティアは再度手を伸ばす事をためらった。一瞬で死ぬと言われれば、ためらうのは当然だろう。


「何かの術に使ってるみたいで活性化してるし。術が終われば、もう少しマシになって入れるようになるでしょうけど。そうしたら私が片付けてあげるから――」

「術が終わる事はない」

「!」


 不意に響いた男の声に、皆が揃って辺りを見回す。すぐに全員の視線が目立つ長身のレイヴァンセルグへと集まった。


「いつ!?」


 空間魔法の気配など全くしなかったというのに、いつからそこにいたのか、カティアのみならず、全員が抱いた驚きを、ふんとレイヴァンセルグは鼻で笑った。


「敵方の陣への侵入とは、こうするのだ」

「ぐっ……」


 わざわざ視線を向けて言ったレイヴァンセルグに、ガルは悔しげな呻き声を漏らした。


「術が終わる時は、我が死んでいるか、中にいる人間共が全滅した時であろう。我が死ぬような結果はあり得んが、死ぬのを待っていてやる理由もない」


 言って、ちらりとその場の全員に目をやって。


「下がれ」


 命じられた通りに、全員、その場から数歩離れた。


「セルグ……」

「何だ?」

「貴方、今、魔力……」


 心配そうに言いかけたアリアンローシェの言葉は、途中で止まった。こくん、と唾を飲み込み、引き下がる。


「……何でもないわ」

「ふん」


 下らない、というように鼻を鳴らすと、レイヴァンセルグは一気に扉を開け放つ。同時に、抑え込まれていた魔力が新たな出口へと流れ込み、場を荒れ狂って通り過ぎて行く。

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