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 4-5

 厳重に結界を張り、守っているはずの部屋にぱきん、と軽い音が響いて空間が割れ、イルスカウラは顔を上げた。

 直接人の私室に侵入してくるなど無礼極まりない行為だし、入られた事自体にも緊張が過る。しかし。


「邪魔をするぞ」

「セルグ」


 少しだけ、表にも表れていた緊張を消し、イルスカウラは唐突な訪問者へと微笑した。それからすぐに、手振りだけで空いているソファを勧めた。

 勧められる前からそちらへ向かっていたレイヴァンセルグは、来客用のソファへどかりと堂々と腰を下ろす。


「どうしたんだ?」

「我の姿を見て安堵するのは止めろ。貴様、それでも魔王か」

「ここには俺しかいないよ」

「それでもだ」

「用心深い事だね」


 感心したような、呆れたような息を付き。


「それで、どうしたんだ?」


 改めて先の問いを繰り返した。


「何、貴様が我に対し、何かしらの企てをしているかも知れんと思ったのでな。確かめに来たのだ」

「期待に添えなくて悪いが、俺は勝てない戦いはしない。まして、仕掛ける側なら絶対にね」


 仕掛けられた戦いであれば、その限りではない。魔王として、領界の支配者として、絶望的な戦いに挑む事もある。

 かつて、この近辺の魔王達が、皆そうであったように。


「手段があれば、その限りではあるまい?」

「まあね。けれど、今あえて君を襲う理由は俺にはないと思うけど」

「貴様の心の内など、我が知るか」

「まあ、そうだね」


 友人として信用をしろなどとは、イルスカウラは言わなかった。どれだけ寒々しく聞こえるか、互いに分かっていたからだ。

 イルスカウラはガル程に単純ではなく、アリアンローシェ程レイヴァンセルグに心酔していない。


「けど、何もしていないよ」

「そのようだな」

「……何を以って『そのようだ』と言い切るかの方を、ちょっと聞いてみたい気がするんだけど?」

「聞きたいのなら教えてやるが、我は心の内をも見通せる」

「……ぞっとしないね」


 覇王の名を頂くイルスカウラですら、そんな魔法はどう発動させればいいのか想像もつかなかったが、嘘だとは思わなかった。少し表情も引きつっている。


 レイヴァンセルグは、世にある魔力をどのような形で取り出すか、その才に飛び抜けて秀でている。そう生み出されてきた命だからだ。

 そのイルスカウラの反応に、ふんとレイヴァンセルグは鼻で笑い、


「今のは嘘だ。心のような取り留めのないものを開き読み解くには、それなりの準備と期間が要る。魔王クラスを相手に、気付かず仕掛けられる類の魔法でもない」

「でも出来る事は否定しないんだね」


 出来るのであれば、自分も少し研究してみようか、などとイルスカウラは頭の片隅で考える。


「今の反応を見るに、どうやら嘘はないようだ」

「ああ。何もしていないよ。今君に心を探られても、特にやましい事はない。多少気まずくなる事ぐらいはあるかもしれないけど」

「我に対し、あまり喜ばしくない事を考えているようだな?」

「さて。それはお互い様だろう。きっとね」

「ふん」


 お互いニヤリと笑ってから、話の中心を修正した。


「それで? どこからか仕掛けられたのかい?」

「まだ確証はない。我なのか、貴様なのかもな」

「――俺?」


 いきなり他人事ではなくなって、イルスカウラは眉を寄せた。


「今の所、俺にも何もないけど?」

「であれば、よくよく星の魔力を調べてみる事だ」

「……」


 イルスカウラはレイヴァンセルグの警告に逆らわなかった。目を閉じ、意識を集中して、己の支配する世界の魔力を探る。

 そしてそれは、思いのほか近くに存在していた。


「……魔王の、魔力の名残か……」

「知らなかったか」

「ああ」


 口惜しげにギリ、とイルスカウラは歯噛みをする。勿論、知っていれば放置などしなかった。


「焦り過ぎたな、カウラ。もっと足元を見ておくべきだった」

「急がずにいられるか? 俺の魔力はもう――……」

「結果、付け入られては話になるまい」

「……ああ」


 膝の上で指を組み、イルスカウラは頷いた。


「俺の死期が近い事がバレてるのか?」

「まだ分からん。この魔力の持ち主は、どうやら我の領界にも出入りしている」

「セルグの? ……馬鹿なのか?」

「馬鹿か、英傑かは目が出るまで分からん。とは言え、組んでいるという事はなさそうだな」

「それは違う」


 言葉での否定自体には大した意味はないと分かっていたが、イルスカウラは否定した。レイヴァンセルグも頷いて見せる。


「分かっている。それを先に確認したのだからな」

「俺の世界で、一体何をしていたんだ?」

「どうやら、人間に魔力を溜め込む封印式を埋め込んでいたようだ」

「魔力を溜め込む……?」


 呟き、イルスカウラは己の記憶を探って天井を見上げて、しばし。


「そんな話を最近聞いたな。……あぁ、思い出した。アリアからだ。俺の隣の次元の魔王を殺した、魔女の手口だ」

「ほう」


 イルスカウラが引っ張り出してきた記憶の答えに、レイヴァンセルグは納得した声を上げた。


「成功に味をしめたといったところか――ん」


 そこまで呟いてから、ふと、違和感を覚えてレイヴァンセルグは右手を胸の辺りにまで持ち上げ、まじまじと見つめる。


 魔力の流れがいつもと違う。重く絡み付く魔力の呪いを視覚しながら、ク、とレイヴァンセルグは唇に笑みを浮かべた。


「セルグ……」

「どうやら、狙いは我らしい。己が一体誰に戦いを挑んだのか、その愚かさをとくと味あわせねばならんようだ」


 完成した呪いの術式が降りかかり、体の内の膨大な魔力を封じ、奪い去ろうとして来る。


「――……」


 そして、イルスカウラの見る限り、その呪いは確かに効果を発揮しているようだった。いつもは正確に測れないレイヴァンセルグの魔力量が、はっきり視える。


 呪いに使われている魔力量は膨大だったが、それでもレイヴァンセルグの魔力を押さえ付けるに留まり、まだ十分な余裕を残している。


 その差に、改めてイルスカウラは諦観の笑みを零すのを押さえられなかった。

 魔王として、その才が羨ましくないなどとは、イルスカウラには言えない。


「邪魔をしたな。我はもう行く」


 狙われたのが自分であり、相手の居所が分かっているならば、レイヴァンセルグのやる事は一つだ。


「待て、セルグ」


 立ち上がったレイヴァンセルグを、イルスカウラは引き止め、自らも立ち上がる。


「何だ? 貴様も一戦やりたいのか?」

「俺に、セルグの領界を治める才覚はないよ。俺も行く、と言おうとしただけだ」

「他人の手は借りん」

「違うよ、セルグ。俺もケンカを売られてる。何しろ、この呪いの生贄に使われているのは、俺の世界の人間だろう?」

「……」


 レイヴァンセルグは否定せず、イルスカウラが隣に並ぶのを許した。


「しかもその呪いに使われている魔力の大半は、俺の世界の魔力だ。俺が得るべき力が奪われている、という事だろう? これ以上、早々に寿命を縮めたくはないからね。返してもらわないと」

「そのようだな」

「だからこれは、俺にとっても報復だよ」

「良かろう。行くぞ、カウラ」

「ああ」


 来た時と同様空間を割り、レイヴァンセルグは己の領界への道を開いた。人様の領界内に勝手に結界を張った、不届きな侵入者の城へと続く道を。

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