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「助けてくれたのは本当に感謝してる。私は大丈夫だから、貴方も自分の目的を果たしに行って?」
「俺の目的はお前を連れ帰る事なんだよっ」
「は?」
「あっ!」
唖然としてカティアは目を瞬き、ガルは口を滑らせてしまった事に慌てて目を泳がせる。
「私を? 何で?」
「いや! 違うぞ! 俺は何も……っ」
「そう言えば、随分タイミング良かったわよね。もしかして、セルグの城にいたの? それからずっと付けて来てたとか」
「うっ……」
「私を助けて、この前襲った事を清算したい、とか?」
「うぅ……っ!」
呻く以外の声は、ガルからは出て来ない。図星のようだった。
「じゃあ、力を貸してくれるの?」
「い、良いのかよ」
「何で? 私は助かるわ。それに、セルグもきっと口実を欲しがってると思う」
「口実?」
「……や、何でもない」
レイヴァンセルグもそれなりに寂しがっている――とは、言わないでおく事にした。物凄く調子に乗る様子が目に見えるようだったので。
「まあ、いいや。だったらとっとと行く――っ!?」
「ガル!?」
不自然に言葉を途切れさせたガルを覗き込み、声を掛ける。
僅かに体を震わせ、吐き気を堪えるように口を手で覆い、ガルはその場に膝をつく。
「くっ……!」
「ガル!」
「んだ、これ……っ!?」
「これぞ、妾が魔王を討った秘術よ」
『!』
諦めて、見逃すつもりはなかったらしい。後ろから追い付いてきたラプスミュリアンの声に、カティアとガルは顔を強張らせ、振り向いた。
ガルにくらった一撃は、彼女の纏ったローブに傷跡を残していたが、その下の体の方は完全に治癒を終えたようだった。
「光栄に思うが良いぞ、獣王ガル=シェリストリード。レイヴァンセルグに全てを振り分けるはずだったものを、僅かとはいえ貴様如きに使ってやるのだから、のう」
「テ、メェ……っ!」
「何をしたの!?」
「呪いよ」
自分も膝をつき、ガルの肩を掴んで支えながら叫んだカティアに、ラプスミュリアンは薄っすらと微笑む。
「魔力を枯らし、命を削る死の呪い。まあ、貴様にそこまではせん。レイヴァンセルグへ向ける魔力を無駄にはしたくない。少々魔力の流れを阻害してやれば、十分そうであるからのう」
「テメ……っ。舐めんなァッ!!」
立ち上がり、双剣を取り出し構える――が、剣に魔力の輝きがない。魔力を流せていなのだ。
その事に、ガル自身も愕然とした表情をする。
ほくそ笑んだラプスミュリアンに、呪いを受けたままではガルは勝てない、と確信する。逃げるしかない。
「ガル! 本性の方になって!」
「何? 本性って、何で」
「いいから!」
「無駄よ! 変幻では、呪いは変わらぬ!」
「――ちっ!」
杖を振り上げたラプスミュリアンに舌打ちをし、ガルはカティアに従った。自分でも、敵わないだろう自覚があったからだろう。
「っ!?」
本性と言われて、ラプスミュリアンはおそらく巨大な獣を想像したのだろう。
しかし目の高さには何物もいなくて、一瞬、ラプスミュリアンは本当に標的を見失って手を止める。その隙にカティアは黒い子犬の姿をしたガルを拾い上げ、空間を割って逃げ込んだ。
「待て、小娘!」
待つ訳がない。
カティアとガルを飲み込んだ空間の裂け目は、ラプスミュリアンの追跡を受ける前にピシリと閉じた。
「おのれ!」
二人がどこに逃げたのか、ラプスミュリアンには分からない。しかし想像は出来た。
最も安全な逃げ場所であり、主への警告のために、レイヴァンセルグの城へと逃げたのだろうと判断し、追う事はしなかった。
苛立たしげに舌打ちをして、ラプスミュリアンはそのまま後も見ずにカツカツとヒールを荒々しく鳴らし、去って行った。
――その背後に。
「行った?」
「行ったな」
何の事はない。ラプスミュリアンの背後へと移動しただけのカティアとガルが、そう囁き合う。
カティアが空間を割って移動したのは、ラプスミュリアンの背後の、少し先の折れた通路。
魔力の阻害を受けていても、カティアがやるよりも信用のおける、ガルに気配を隠す隠行の魔法をかけてもらって、ひっそり息を潜めていたに過ぎない。
「よりによってこんな近くに出るたァ、すげえ度胸」
ガルの口調は、本当に感心しているようだった。なので、カティアも少し悪戯っぽく微笑み返す。
「逃げ込む先があるのに逃げないとは思わないと思って」
「そりゃそうだ。何でセルグん所に逃げなかったんだよ? そりゃまあ、俺はその方が良かったけどな」
「アンリを置いて逃げられないわ。他の皆もここにいるみたいだし」
全員まだ無事かどうかは、カティアには分からない。だがきっと、アンリはまだ生きているはずだ。
「……」
「何?」
「分かんなかねえけど、お前が無茶するよりゃ、セルグに任せた方が確実だぜ?」
カティアの道徳心は否定しなかったが、ガルはあまり賛成しない様子を見せた。
そう言ってから自分の言動にはっとして、
「勿論、俺はセルグの助けなんか要らねーけどなっ!」
「分かってるわ」
レイヴァンセルグに任せた方が確実だというのも、今はどうか定かではないが、ラプスミュリアンを相手に、ガルがレイヴァンセルグに助力を求める必要がない事も、両方共。
「けど、セルグはそうするべきじゃないわ」
「……そりゃ、まあな」
面白くなさそうに少し眉をひそめたガルも、分かっているようだった。
「ガル。私は大丈夫だから」
「戻れってか? ふざけんな。俺を呪った時点で、俺にも戦り合う理由は出来てんだよ」
勇ましく牙を見せて、子犬の姿のままガルはそう言うが、カティアは不安しか覚えなかった。しかし、言っている事自体には頷ける。
ガルも魔王として、自分の力を示さなくてはならないのだろう。
「分かったわ。じゃあ、やっぱり魔法炉を目指しましょう。囚われている人達を助ければ、貴方の呪いも解けるだろうし――」
(セルグにも、呪いを掛けられずに済むし)
「そうすりゃ、お前の目的も達成だもんな?」
「ええ」
カティアが言い淀んだ先は、ガルが引き継いで口にした。思っていたものとは違ったが、間違いなく正しくもあったので、カティアは頷く。
「行きましょう」
「おう」




