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「これで、少なくともその『神官』が普通じゃないって事だけは分かったわね」
(それに――さっきセルグは『看過できない魔力量』だと言っていた)
そうであるならば、十中八、九、魔王クラスだという事だ。
そして、自爆によってイルスカウラを倒す手段なのか、とも問われた事がある。つまりは、魔王を倒す手段になり得る。
魔王が魔王を倒す手段として、人の器を魔力の爆弾としたのなら。
(それって、侵略じゃない?)
レイヴァンセルグがイルスカウラに何を話しに行ったのかも、想像がつく。
――そこまで思い至って、カティアはふと、ほっとした。
「カティア?」
「私、自分の中に結界があるって知った時、何よりまず、悲しかったわ」
人が人の命を軽んじた事が、何より悲しかった。
「でも、もしかしたら全然違う次元の魔王の仕業かもしれないなら――悔しい気持ちはあるけど、ほっとしたわ」
自分が守ろうとした者に捨て駒にされようとしていた訳ではない。それが何より、嬉しかった。
「まあ、そうかもな」
「アンリ?」
少し納得いかなさそうなアンリの言い様に、今度はカティアが首を傾げる。
「俺も今ほっとした。けど、魔族に掛けられたって事に安堵した俺は、駄目な奴だと思ったんだ」
「……アンリ」
「俺、イルスカウラを倒したら――互いに歩み寄れる世界になって欲しいと思ってた、はずなんだ。考え方が違うから、仲良くってのは難しいと思うけど。でも、できると思ってたし、したいと思ってた」
言って、アンリは空になった、ついさっきまでレイヴァンセルグが座っていた椅子を見て、それからカティアへと視線を戻した。
「ええ。そうね」
(その方が、きっといいわ)
気に入らないなら力で変えろ、と散々言われてきた言葉を思い出す。
「別に、諦めた訳じゃないでしょ?」
「勿論」
「だったら、やってやろうじゃない?」
にっこりと笑って言ったカティアに、アンリは目を見張り、小さく苦笑した。
「女は強いなぁ」
「覚悟を決めるとそうかもね」
そして、そうしたい理由が確固としてある時は、そうなのだろう。
(自分達の――自分の世界を守る力を手に入れて、言ってやろうじゃない)
不遇に立ち上がる者の力は、こんなにも、強くなるのだと。
(――だから、絶対の王である必要なんか、貴方にだって、本当はないんだって)
再び訪れた故郷の様子は、カティアとアンリが離れる前と何も変わっていなかった。
町では変わらず人々が魔族の支配下に置かれ、不満と恐怖を抱きつつ、暴力の前に屈して従っている。
しかし、何も変わり映えしない町の風景と違って、アンリ達が隠れ家にしていた旧神殿は、様変わりしていた。
「――……」
地下の神殿の中は、少なくとも一月は人の出入りが無いと思われた。淀んだ空気が沈み、埃が薄く積もっている。温もりも一切消えていて、人の気配はどこにもしない。
「争った跡は、ないみたいね」
「ああ。けど、自発的に捨てる理由があるとも思えない」
「きっと、さらわれたんだわ」
「……お前みたいに?」
カティアの確信を持った呟きに、アンリは振り返ってそう聞いた。
「そうだと思う」
「……そうだな。自発的に集団失踪するとは思えない。町でも何もなかったみたいだし」
アンリの言葉は様子を見ただけのものではなく、噂話収集からの結論でもあった。ここしばらく、大きな騒ぎは起こっていないとの事だった。
さらわれたのだ――と改めて辺りを見回して、かつての自分に照らし合わせ、蘇ってきた記憶に眉を寄せる。
「死にそうになったからって、慌てて回収したのね」
あの時、声に逆らえずにそのまま進んでいれば、同時期に行方不明となった騎士達と同様、捕えられてしまっていたに違いなかった。
「じゃあ、今さらわれた神騎士達も、冥道か?」
「きっとそう――」
自分の状況を思い出しつつ、カティアはアンリに頷きかけて――途中で止めた。
(本当にそうかしら)
かつては冥道にいたのだろう。レイヴァンセルグもそう言った。
しかし、不法な侵入が主にバレて尚、居座り続けるだろうか。まして自分が敵わない相手だと分かっているのに。
「カティア?」
「いえ。いるかどうかは分からないけど、他に当てはないわね」
言い始めた時とは違う続きとなった言葉を言い切って、カティアはアンリを見つめた。
今のカティアならば、冥道に生きたまま侵入する事も出来る。
(戦う事は出来ないけどね)
何を目的としたものかはともかく、カティア達を利用しようとしているのが、魔王クラスの魔族ならば、助けに行っても正面からやり合うのは愚かしい。
けれど、カティアの目的は戦って勝つ事ではない。
攫われた人達を掠め取り、奪還するだけだ。
「アンリ、セルグの世界の冥道に行きましょう」
「ああ」
アンリも迷わず頷いてくれた。
早速、空間を割り、まずはレイヴァンセルグの次元へ戻ろうとした時、ぐっと何かに肩を掴まれる感触がした。
「っ!?」
すぐに自分の肩を確認して視線を向けると、カティアが開けたのとは違う空間の割れ目が出現していて、そこから手が伸び、現実にしっかと掴まれていた。
体温のない冷たい銀色の手だった。作りは華奢で美しいが、気持ちが悪い。ぞっと鳥肌が立ち、その手を振り払おうとして、しかしカティアの手は途中で止まった。
『こっちへおいで……』
「――!!」
覚えのある、絡み付くような女のささやき声。実際に耳にしたのは久し振りだが、間違いない。
「何……っ」
見れば、アンリの肩にもカティアを掴んだものと同じ手が置かれている。
始めは手が出て来るほどしかなかった空間の割れ目が、今は人の体を飲み込むほど大きく広がり、カティアとアンリを引き摺り込もうとしている。細く華奢な銀色の手には、見掛けと裏腹なおそろしい力が備わっていた。
「この……っ」
行くつもりではあったが、招待を受けて行くつもりではなかった。
しかし、魔王クラスと思われる魔族の技で生み出されたその銀色の手は、人間二人に抗う事を許さなかった。
「く――ッ!」
逃れられない。
堪えようと足が土を削った跡だけ残して、カティアとアンリは空間の割れ目へと呑みこまれた。
『これで……全部』
昏い愉悦の、女のささやき声。その声が耳に届いて理解するのとほぼ同時に、カティアはその場で空間を抉じ開け、移動を強制的に終了させた。
半端な所で現れた体が宙に放り出され、数十センチ上から床に落ちた。
「痛っ!」
受け身を取る間もなく強かに背を打ちつけたが、それでもカティアはすぐに立ち上がった。
「おや……?」
「!」
耳元で響くようなエコーは掛かっていないが、間違いなく自分を誘った女の声。その肉声が、少し離れた所から聞こえ、カティアはそちらを振り向いた。
「人間が空間魔法に干渉してくるとは、中々の傑物よ、のう?」
声の主は、悠然と玉座に座ったまま、カティアの視線を受けてそう言った。




