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 4-2

「これで、少なくともその『神官』が普通じゃないって事だけは分かったわね」


(それに――さっきセルグは『看過できない魔力量』だと言っていた)


 そうであるならば、十中八、九、魔王クラスだという事だ。

 そして、自爆によってイルスカウラを倒す手段なのか、とも問われた事がある。つまりは、魔王を倒す手段になり得る。

 魔王が魔王を倒す手段として、人の器を魔力の爆弾としたのなら。


(それって、侵略じゃない?)


 レイヴァンセルグがイルスカウラに何を話しに行ったのかも、想像がつく。

 ――そこまで思い至って、カティアはふと、ほっとした。


「カティア?」

「私、自分の中に結界があるって知った時、何よりまず、悲しかったわ」


 人が人の命を軽んじた事が、何より悲しかった。


「でも、もしかしたら全然違う次元の魔王の仕業かもしれないなら――悔しい気持ちはあるけど、ほっとしたわ」


 自分が守ろうとした者に捨て駒にされようとしていた訳ではない。それが何より、嬉しかった。


「まあ、そうかもな」

「アンリ?」


 少し納得いかなさそうなアンリの言い様に、今度はカティアが首を傾げる。


「俺も今ほっとした。けど、魔族に掛けられたって事に安堵した俺は、駄目な奴だと思ったんだ」

「……アンリ」

「俺、イルスカウラを倒したら――互いに歩み寄れる世界になって欲しいと思ってた、はずなんだ。考え方が違うから、仲良くってのは難しいと思うけど。でも、できると思ってたし、したいと思ってた」


 言って、アンリは空になった、ついさっきまでレイヴァンセルグが座っていた椅子を見て、それからカティアへと視線を戻した。


「ええ。そうね」


(その方が、きっといいわ)


 気に入らないなら力で変えろ、と散々言われてきた言葉を思い出す。


「別に、諦めた訳じゃないでしょ?」

「勿論」

「だったら、やってやろうじゃない?」


 にっこりと笑って言ったカティアに、アンリは目を見張り、小さく苦笑した。


「女は強いなぁ」

「覚悟を決めるとそうかもね」


 そして、そうしたい理由が確固としてある時は、そうなのだろう。


(自分達の――自分の世界を守る力を手に入れて、言ってやろうじゃない)


 不遇に立ち上がる者の力は、こんなにも、強くなるのだと。


(――だから、絶対の王である必要なんか、貴方にだって、本当はないんだって)





 再び訪れた故郷の様子は、カティアとアンリが離れる前と何も変わっていなかった。


 町では変わらず人々が魔族の支配下に置かれ、不満と恐怖を抱きつつ、暴力の前に屈して従っている。

 しかし、何も変わり映えしない町の風景と違って、アンリ達が隠れ家にしていた旧神殿は、様変わりしていた。


「――……」


 地下の神殿の中は、少なくとも一月は人の出入りが無いと思われた。淀んだ空気が沈み、埃が薄く積もっている。温もりも一切消えていて、人の気配はどこにもしない。


「争った跡は、ないみたいね」

「ああ。けど、自発的に捨てる理由があるとも思えない」

「きっと、さらわれたんだわ」

「……お前みたいに?」


 カティアの確信を持った呟きに、アンリは振り返ってそう聞いた。


「そうだと思う」

「……そうだな。自発的に集団失踪するとは思えない。町でも何もなかったみたいだし」


 アンリの言葉は様子を見ただけのものではなく、噂話収集からの結論でもあった。ここしばらく、大きな騒ぎは起こっていないとの事だった。

 さらわれたのだ――と改めて辺りを見回して、かつての自分に照らし合わせ、蘇ってきた記憶に眉を寄せる。


「死にそうになったからって、慌てて回収したのね」


 あの時、声に逆らえずにそのまま進んでいれば、同時期に行方不明となった騎士達と同様、捕えられてしまっていたに違いなかった。


「じゃあ、今さらわれた神騎士達も、冥道か?」

「きっとそう――」


 自分の状況を思い出しつつ、カティアはアンリに頷きかけて――途中で止めた。


(本当にそうかしら)


 かつては冥道にいたのだろう。レイヴァンセルグもそう言った。

 しかし、不法な侵入が主にバレて尚、居座り続けるだろうか。まして自分が敵わない相手だと分かっているのに。


「カティア?」

「いえ。いるかどうかは分からないけど、他に当てはないわね」


 言い始めた時とは違う続きとなった言葉を言い切って、カティアはアンリを見つめた。

 今のカティアならば、冥道に生きたまま侵入する事も出来る。


(戦う事は出来ないけどね)


 何を目的としたものかはともかく、カティア達を利用しようとしているのが、魔王クラスの魔族ならば、助けに行っても正面からやり合うのは愚かしい。


 けれど、カティアの目的は戦って勝つ事ではない。

 攫われた人達を掠め取り、奪還するだけだ。


「アンリ、セルグの世界の冥道に行きましょう」

「ああ」


 アンリも迷わず頷いてくれた。

 早速、空間を割り、まずはレイヴァンセルグの次元へ戻ろうとした時、ぐっと何かに肩を掴まれる感触がした。


「っ!?」


 すぐに自分の肩を確認して視線を向けると、カティアが開けたのとは違う空間の割れ目が出現していて、そこから手が伸び、現実にしっかと掴まれていた。

 体温のない冷たい銀色の手だった。作りは華奢で美しいが、気持ちが悪い。ぞっと鳥肌が立ち、その手を振り払おうとして、しかしカティアの手は途中で止まった。



『こっちへおいで……』



「――!!」


 覚えのある、絡み付くような女のささやき声。実際に耳にしたのは久し振りだが、間違いない。


「何……っ」


 見れば、アンリの肩にもカティアを掴んだものと同じ手が置かれている。

 始めは手が出て来るほどしかなかった空間の割れ目が、今は人の体を飲み込むほど大きく広がり、カティアとアンリを引き摺り込もうとしている。細く華奢な銀色の手には、見掛けと裏腹なおそろしい力が備わっていた。


「この……っ」


 行くつもりではあったが、招待を受けて行くつもりではなかった。

 しかし、魔王クラスと思われる魔族の技で生み出されたその銀色の手は、人間二人に抗う事を許さなかった。


「く――ッ!」


 逃れられない。

 堪えようと足が土を削った跡だけ残して、カティアとアンリは空間の割れ目へと呑みこまれた。


『これで……全部』


 昏い愉悦の、女のささやき声。その声が耳に届いて理解するのとほぼ同時に、カティアはその場で空間を抉じ開け、移動を強制的に終了させた。

 半端な所で現れた体が宙に放り出され、数十センチ上から床に落ちた。


「痛っ!」


 受け身を取る間もなく強かに背を打ちつけたが、それでもカティアはすぐに立ち上がった。


「おや……?」

「!」


 耳元で響くようなエコーは掛かっていないが、間違いなく自分を誘った女の声。その肉声が、少し離れた所から聞こえ、カティアはそちらを振り向いた。


「人間が空間魔法に干渉してくるとは、中々の傑物よ、のう?」


 声の主は、悠然と玉座に座ったまま、カティアの視線を受けてそう言った。

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