3-2
「そして私は、失敗作」
手の平を胸に当て自分を指し示し、事もなげにアリアンローシェはそう続けた。
「っ!?」
「セルグは最後の、炎の司との交配に成功したけれど、私は光の司の力だけを強く受け継いで、他の力を弱めてしまった。だから、失敗作。でも、私とセルグは同じなの。――だから」
「っ」
きっ、と強い瞳で睨まれて、カティアは小さく息を飲む。
「さっさと消えなさい!」
言って空間を割って身を翻し、いずこかへと消えてしまった。おそらく、レイヴァンセルグの元に行ったのだろう。
「……どうしよう」
アリアンローシェが去ってから、カティアはぽつり、と呟いた。
「どうしようって、何がだ?」
「だって、例え私達がイルスカウラを倒したって、人間そのものが強くなる訳じゃないわ。可能性はあるって事だけど」
しかし――自分で言うのもどうかとは思うが、事実、カティアやアンリには戦うための才能があった。
そしてその才能の持ち主は、人間の中には、総数と比べてあまりに少ない。そして、寿命も短い。
「もし私達が死んだ後で、侵略されたら――?」
「その時は、その時代の奴等が何とかするさ」
「アンリ……」
あっさりとした、丸投げとも言えるアンリの答えに、カティアは目を瞬いた。
「今、イルスカウラがやってる事が正しいとは、俺は思わない。例え種を淘汰し、世界そのものを強くするためであってもだ。だから俺は、イルスカウラを討つ」
「私だって正しいなんて思ってないわ!」
淘汰される側になったカティア達が、黙って受け入れられるはずがない。
「でも、討って、その先の事を考えると――」
アンリの様には、割りきれなかった。
「……いいさ。すぐ決断しなきゃいけない事じゃない」
「アンリ……」
「どっちにしろ、しばらくは修行だしな」
「そうね」
答えはまだ先伸ばしにできる。カティアは微笑し、頷いた。
ただし、それが何の解決策にもならない事も、良く判っていたけれど。
実技と並行して、理論もしっかり覚え直す必要があった。
カティアの故郷ではまだ研究中の分野である魔法も、広い世界ではより先の展開へと進んでいる。
魔法とは、世に存在する魔力を己の体内に持つ魔力と呼応させ、使用する事で引き起こす現象全般の事を指す。
魔法を使う際には、魔法陣を頭に思い浮かべ、魔力を使う。そしてそれは、多少不完全でも発動する。当然ツケは威力と安全性に返って来るが。
カティア達が習い、使っていた魔法陣は、安全性こそ高いものの、はなはだ不完全なものだった。
魔法を正しく、効率的に使うには、法陣の意味を正しく理解し、正確に思い描かなくてはならない。
魔王クラスになると、使う魔法陣を自分のやりやすいようにアレンジし、違う効果を付与させて発動させる者も多いという。
法陣の図形や文字の意味を、教えられるまま頭に叩き込んでいるカティアには、まだまだ手の届かない領域である。
ただありがたい事に、教師となってくれているレイヴァンセルグ配下の魔将の一人は、教えるのが大変に上手かった。おかげで理解がとてもしやすい。
以前、勉強などしそうにないレイヴァンセルグへ、何気なさを装って理論の話を振ってみた時、さらりと正解の答えが返って来たのにカティアは正直驚いた。
レイヴァンセルグにとって、それは学ばなければならない知識ではなく、触れれば分かる類のもの。人と魔族では、魔法への親和性が違うのだと、再び様々と見せつけられる事となった。
(ずるいわ)
そう思ってしまいつつ、反発心がそう大きくないのは、魔族がどうやって種として力を高めて来たのかを、知ってしまったから。
(あれは、冗談でもなんでもなかったのね)
カティアに、自分の子供を産むか、と聞いて来た時のレイヴァンセルグの表情を思い出す。
カティアは即座にその方法そのものを否定してしまったが、正に力のために産み落とされたレイヴァンセルグは、どう思っただろうか。
(――……傷付いた、かな)
本人にそのまま言えば、下らないと鼻で笑われるだろう。しかし、本当にそれが本心だろうかと、カティアは最近、少し迷っている。
そうしてふと、迷っている自分に気が付いて――はあ、と溜め息が出てしまう。
(どうかしてるわ)
力についての事以外で、レイヴァンセルグの事を考えるなど。
そう、ぼんやりと考えたまま歩いていたのが悪かった。庭の道を外れてしまい、芝生に足を突っ込んでしまう。
と、草以外の、覚えのある感触を踏みつけた。
「ぎゃっ!」
「わっ!」
上がった悲鳴に、慌ててカティアは足を浮かす。
そしてそのまま屈み込んで、地面を確認。そこには思った通り、黒い仔犬の姿があった。
しゅるりと体の回りに長い尻尾を巻いて、踏まれないようにとの防御の姿勢だ。遅過ぎたが。
「ガル=シェリストリード」
「……っ……」
黒い仔犬姿の獣王の名を、カティアは少し驚いて口にした。
「どうしたの? って言うか、大丈夫なの? ここにいても」
少し前までは、ガルはレイヴァンセルグからそれなりの信頼を得て、ある程度自由に来訪できるようだったし、実際城の中にまで勝手に入って来ていた。
だが、カティアの件で怒りを買ってからは微妙だ。出会った途端に、制裁という名の一方的な戦闘が始まる可能性もある。
「うっ。煩えっ。あっち行けっ!」
質問には答えずに、辺りを警戒するような素振りを見せつつ、カティアを追い払おうとする。
「もうお前には関わんねーからなっ。この疫病神がっ!」
「勝手にケンカ吹っ掛けてきたのは貴方じゃない」
しかし、事が何事もなく済んでしまえば、多少可哀想だと思う気持ちが湧いてくる。
ガルには殺意も敵意もなかったが、結果としてカティアが死ぬ事にも、おそらく拘りが無かった。なので、カティアとしても深くは同情出来ない。だから『多少』だ。
(でも、意図があって仕掛けてきた訳じゃないのよね)
ただ、レイヴァンセルグが弟子にとったカティアの力を計ろうとしただけという、間違いなく単純極まりない理由だった。
「レイヴァンセルグに謝りに来たの?」
「ふっ、ふざけんな! 何で獣王である俺ともあろう者が、頭なんか下げなきゃなんねーんだっ!」
がうっ、とうろたえつつ威嚇の吼え声を上げ、ガルは全力で否定する。図星を突かれた狼狽が全く隠しきれていない。
「……ねえ」
「何だよ」
「貴方にとって、レイヴァンセルグって何?」
「何って、何だよ?」
質問の意図から分からなかったらしい。つぶらな瞳が見上げて来て、ちょっと首を傾げて見せた。見た目だけは、本当にとても愛らしい。
「他の星の――っていうか、次元の魔王なんだから、お互い敵でしょう?」
手を広げ過ぎて飽きたのか、それとも面倒になったのか、自分を生み出した『親』の望みを叶えたからなのか、今のレイヴァンセルグに自分の領界を広げる意思はないようだった。
しかし出来る力を持っている事実は変わらない。周囲の魔王にしてみれば、やはり好ましくはないのではないだろうか。
(……そうよ)
イルスカウラを倒して星の覇権を取った後、今度はレイヴァンセルグが支配に乗り出して来る。――そんな可能性だって、ないとは言えない。
「……敵にゃならねえよ。多分」
少しだけ迷った後で、ガルは首を横に振った。
「実力的にって事?」
言えば怒るかと思ったが、それならそれで肯定ととればいい。だが、踏み込んだカティアの言いように、ガルは怒りはしなかった。
「それもなくはねえ。けどその前に、俺に俺の次元の支配権を勝手に突っ返して来たのは、セルグだからよ。寄越せっつーのも、今更だろ」
「返した?」
「親父の代は、俺の次元は他所の野郎の物だった。親父は魔王として、テメーの領界を守れなかった。ま、俺もだけどな」
「……」
「セルグは支配はしねー。元々興味ねえんだろ。ただ侵略させねえだけだ。俺は幸い、親父よりゃ才能があった。だから、俺がそこそこ戦えるようになった時、支配権を返して来たんだ」




