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軽食といふものを

ちょっと長めで冗長かもしれません。あ、あと劇中に登場するお店は実在しません。フィクションです……ってこれ注意しておくべきことなのかな?

 いつものように大河の部屋で、いつものように音が鳴る。

 ぐきゅぅ。くるるる。

「大河ちゃん、私の体内時計がお昼を告げているよ」

「腹時計っつーんだそれは。しかも、もう一時半だぞ」

 やれやれと呟きながら、大河は日課のゲームを中断する。

 今日やっていたのは、協力プレイ可能な携帯アクションRPGだ。

 普通なら通信プレイに一時停止はないものの、ステージに時間制限がないため、そのまま安全地帯で放置しておけばいい。

 翔もそれに倣って放置する。

「ふっふっふ~。さっき超高性能の道中レア出たからね。今日のお昼はとてもおいしいこと間違いなしだよ!」

「まぁ、お前そういうとこの運はいいもんな。俺のもせめて属性値が高けりゃよかったんだが……コレだと他のレアに劣るんだよな」

 冷蔵庫を開けて、ストックの確認をする。

 確か買い置きの惣菜がいくつかあったはずだ。

 大河の記憶では、ワカメとキュウリの酢の物、卵焼き、あとはブリの煮付けが二人分。

「……ん?」

 だが、ない。

 疑問に首を傾げる――こともせず、大河は即座に翔の頭を掴んだ。

 呆れたような笑顔で、目を合わせる。

「言い訳を聞こうではないか、翔」

 ジトッとした、冷ややかな視線を受け、翔は顔も目も逸らす。

「お、お夜食をちょっと……」

「貴様の夜食は二人前か」

「だってお腹空いたんだもぉ~!」

「そんなだから生前牛だったんだよ、お前は」

「生前!?」

 ショックを受けたように叫ぶ翔だったが、実際はそれほどでもないらしい。

 南無南無と手を合わせる大河と同じく、勝手に死んだことにされた男の自分に、こちらも手を合わせているのだから。

「さて、したら安弁当で済ませるとするか」

「奢らせていただきます」

「俺の腹はおかずの追加を所望している」

「二品まで、どうぞご自由に」

「誠意が見えてよろしい」

 外行きに着替え……と言っても大河は部屋の中では常に下着姿ゆえ、上下を着ればそれで終わりだ。

 定例通り、ジーパンとタンクトップである。

 翔はと言えば、相も変わらずジャージのまま。カラーバリエーションは少し増え、今日は桃色を選んだようだ。

 なんともアンバランスなのだが、二人に気にする素振りはない。

「ありがたいもんだ。二百五十円だぞ、二百五十円」

「そだねぇ。二十四時間営業だし、私たちみたいなのには嬉しいよね」

「あれに勝るのはスーパーのタイムセールぐらいだが、セールまで残ってるかどうかが、な……」

「あとは主婦の張り込みに勝てないことだね。どうしたって後手に回っちゃうから」

 普段の、数少ない倹約の知恵などを話し合いながら、件の弁当屋へと向かう。

 その道程は短く、行き付けの呑み屋を通り過ぎ、二分と経たずに目的地だ。

 上機嫌そのもので、大河が扉に手をかける。

「……大河ちゃん、ちょっと待って」

 そこで、制止の声。

 何かと思って大河が振り返ると、なぜか難しい顔をした翔がいた。

 腕を組んで、首を左右に傾けている。それだけならわざとらしく見えるが、眉間に寄せた皺と目付きが本気を語っている。

「ふむ、どうした」

 大河もその制止を受け、扉から離れる。

 悩めば長いのが翔だ。が、これならば他の客が来ても問題はない。

「ちょっとね~。これでいいのかな、って」

「と言うと?」

「いやさ、今は女子なわけよ?こうして安弁当を嬉々として買いに来てはいけないんじゃないかと思うの」

 少し困ったような上目遣いで大河を見つめる。

 気色悪いと一蹴されたが、それでも言葉そのものには大河も頷く。

「まずは形から入る、というやつだな。ならばどうする?」

「うん。女子っぽい食事を楽しむべきだと思うな」

「ふむ……」

 こうなれば空腹などどこへやら。

 すでに弁当屋への入店という選択肢はなく、時間がかかってでも思いつきを敢行せずにはいられない。

 その状態で看板に体重を預けるのは、よろしくないのではないかとも思う。

「必要な要素を挙げよう」

「小奇麗」

「小洒落」

「立地」

「非チェーン店」

「紅茶」

「低ボリューム」

 そうこうしているうちに二人の思考が固まり、明確なヴィジョンが浮かび上がってくる。

 店の前でブツブツと何かを呟き続けるなど、営業妨害同然なのではないかと危惧が湧いてくるのは別として。

「よし、あそこしかあるまい!」

「見えたのか、翔」

「あぁ。私たちに相応しいソイルは決まった!」

 珍妙な指差しポーズと共に、なぜか声を大にして宣言する。

 その表情には満足感こそあれど、恥ずかしげは微塵もない。

 昼時ということもあり人通りは多いのだが……

「旅情打ち寄せる際、お台場」

 それでもなお、翔の寸劇は続く。

「知性の歴史孕む緑、白金」

 賞賛の意を拍手に込めた大河の後押しが、翔の口上を軽くしている節すらある。

「そして、森高く聳える地、六本木」

「ブラボー……オォ、ブラボー!」

 ついに声に出して賛辞を送る大河。

 たった一人の喝采に、諸手で答える翔。

 どちらも、ひどくいい顔である。

「というところかな」

「あたしらが知ってる範囲となると……六本木か」

「そうだね。したら、早速行っちゃう?」

「善は急げだ。行こうぜ」

 意気軒昂。二人は勇んで駅へと進路を決める。

 奇行に明け暮れる女二人組がいる。そんな奥様方の噂話にも上ったのだが、それはまた別の話。


 あわや一時間というところで、二人は六本木に辿り着いた。

「ふふ……この風、この肌触りこそ戦場よ」

 そして翔は開口一番にコレである。

 こんな調子だというのに女子を語る……いや、騙ろうと言うのだから大したものかもしれない。

「まさしく。俺……じゃなかった、あたしたちはこれから死地に赴くのだな」

「そうよ大河ちゃん。私たちにとって、女子の領域はいわば未開の地。どんな危険が待っているかわからないわ」

「さもありなん。女の行く店、男の行く店、カップルの行く店と、世は実に明確に住み分けが為されているからな」

 どうやら、今回は大河の経験も当てにはできそうにない。

 完全に手探りである。

「ともあれ、捜査の基本は足だ」

「はいっ!大河ちゃん刑事!」

「……ちゃんの後に役職ってどうよ」

 どこに行っても頓珍漢な二人だったが、それでも行動は早い。

 これと決めた目標がある時には、引き籠ってゲームに明け暮れているような人間も動くらしい。

「やぁしかし……あの六本木が変わったもんだ」

 周囲に目をやりつつ、大河は呟く。

 二人がこの地を訪れていたのは、あの巨大ビルが建つ前の時分。

 それと比べれば、随分と様変わりしたことだろう。

「ホントにね~。庶民派なチェーン店も増えて来たみたいじゃない」

「高級のイメージとか、パッと見える範囲じゃほとんど残ってないんじゃないか?」

「地下のバーとかクラブなら、やっぱり六本木って思えるかもね」

「一生縁がないな」

 ゲラゲラと笑いながら、少しメインストリートから逸れる。

 曲がりくねった狭い道に方向感覚が狂いそうになりながらも、それでも二人は歩みを止めない。

「ちょっといい感じだね」

「そうだな。ちょっと町をブラついて、たまたま見つけた良さげな店に入る……素晴らしく女子っぽい」

「だよね!でももう足が棒なんですけど!」

「奇遇だな。あたしもだ」

 どうやら、ここまで来てしまったこともあり、引くに引けぬ状況らしい。

 ついでに補足するならば、一般的にはそういった店に入る客はリピーターになる可能性がある。

 この、明らかにその場のノリだけでやってきた、再度の来店など考えられない女子モドキとは天地の差だ。

 そして、いよいよ。

「うん。もうここでいいんじゃないかな」

「同感だ」

 探索を諦めた。二人は刑事には向いていないようだ。

 しかし今立っているのは、妥協こそあれど、当初の目的に合致した店の前である。

 小さい店ながらも洒落た外装。それに、カラフルな文字で今日のメッセージなんかが書かれた立て看板が出されている。

 立地としても六本木の脇道に入った場所で、いかにも秘密好きの女性が好みそうなものだ。

「フェザーミール、ね……いかにもそれっぽいネーミングだこと」

 ちょっと鼻で笑って店名を読み上げ、翔は肩を上下させた。空腹を満たせるとは、とてもではないが思えなかったのだろう。

 大河はそんな翔を放って、柔らかく、まさに羽毛の舞うが如き字体で店の名が記された立て看板を見やる。

 それからその意味を吟味し、一言。

「これは鶏肉料理店と見るね」

「手羽先と勘違いしてない?」

 珍しくツッコミに回る翔。

 どうやらボケにかぶせていく元気すらないらしい。

「とりあえず、入りましょ。今は少しでも足を休めたいもの」

「そうだな。この時間なら客もいないだろうし、ちょっと気も休めたい」

 リン、リリリ~ン。

 ドアを開けると同時に、涼やかな金属音。

 来客ベルでもセットしてあったのだろう。

「……おい、翔」

「……うん。たぶん同じこと思ってる」

 小さな店らしく、ウェイトレスは一人しかいない。

 ちょうど注文を受けていた彼女は、少々お待ちください~、と店の奥で声をあげた。

 そう。客がいるのだ。

 それも一人や二人ではない。すでに三時も半ばだと言うのに、ほとんどの席が埋まっている。

 座れるのは、あと二組がいいところだろう。

 すなわち、周囲には本物しかいない状況だ。

「こ、これは重圧が重いわね、大河ちゃん……」

「ジャージのお前はなおさらだな。あと、意味かぶってる」

 そんなやり取りをしていると、ウェイトレスがパタパタとやってくる。

 ゴクリ。二人揃って唾を飲み込む。

「いらっしゃいませ。お待たせいたしました。二名様でよろしいですか?」

「は、はい」

 女の領域に踏み込んだ緊張感からか、二人には落ち着きがない。

 電車という慣れた乗り物とは違う、嗜好の一環として機能するこの場所は、どうしたって別世界なのだ。

「では、こちらへどうぞ」

 席を指定され、向かい合う形でコソコソと腰を下ろす。

 テーブルは小さく、男としては不安になるサイズだ。

「これ、プレート乗るの?」

「はみ出る気がする……」

「ご注文がお決まりになりましたら、こちらのベルでお呼びください」

 二人の不安はそっくり放置したまま、テキパキと説明を終え、ウェイトレスが離れていく。

 これでいよいよ、敵陣のド真ん中に放り出されたということになる。

 だというのに。

「今の子、可愛かったな」

「うむ。眼福である」

「ここの制服も可愛い」

「うむ。実に眼福である」

「感謝しよう」

「そうだな。それがいい」

 メニューを開く前に、二人は拝むように手を合わせた。どこに行った緊張感。

 ともあれ、幸いなことに、そんな怪しさ満載の会話は女性陣には聞こえていなかったらしい。

 というより、彼女たちはそれぞれが自分たちの話に夢中で、他人の会話などこれっぽっちも入ってきていないようだ。

「女子が話好きなのは聞いていたが……」

「実際に耳にすると痛いぐらいね、ガールズトーク。主に笑い声」

 感想を述べながら、周囲の観察をする翔。

 お前がそっちに集中するならば、と大河がメニューに目を落とす。

 瞬間、固まった。

「ん?どうしたの大河ちゃん」

「…………メニュー、一枚しかねぇぞ」

「え!?そんなバッチリハードカバーで!?」

「お、おう……しかも文字列だけだ。表が食い物、裏が飲み物」

「サ、サンプル画像すらないなんて……信じ難いわね」

 貸してごらんなさいよ。と手を出す。

 それに、大河は上下をしっかり直してから渡してやる。

「ちょ、コーヒー一杯でろっぴゃくもごご……!」

 そのまま、予期していたかのように素早く翔の口を押さえる。

 どうやら最大のイントネーションを置くところには至らなかったようで、視線が集まることはない。

 少しして、翔がタップすると大河も拘束を解いた。

「……これ、金銭感覚破綻してんじゃないの」

「場所代込みでもおかしいよな。六本木でもお値段そのままなマックを見習うべき」

「セットがお頼み頂ける上にコーヒーはお代わり自由になっております」

「さすが、元店員だな」

 笑って、しかしすぐに溜息が漏れる。

 明らかに自分たちの感覚とズレているのだから、無理もない。

「とりあえず、あたしは安くて少しでも腹に溜まりそうなサンドイッチにする」

「うぅ、水ですら有料……それなら涙を飲んでアイスティーにしよう。ついでに一番高い食べ物にしよう。もう何も怖くない」

 それでも、どうにか開き直ってこの場に従うことにしたらしく、各々の注文が決まっていく。

 が、ベルにはまだ手が伸びない。

「朱に交わればなんとやらの精神か。あたしも付き合おう」

「じゃあ大河ちゃんはドリンク何にするの?」

「喉の渇きは我慢する。店を出てから自販機で買う」

「少しでも信じた私が馬鹿だったよ……もうちょっと交わらない?」

 確かに翔の言うように、まずはその世界と交流を持つことで学ぶところが大きいだろう。

 ただまぁ、この二人はどこに行っても、白鳥は悲しからずや、となりそうなのだが。

「あ、そういやドリンク欄の横に紅茶の種類はこちらから選べって書いてあったぞ」

「知らないわよ種類とか……宇宙人っぽいからアールグレイで」

「グレイはわかるけど、アールってなんだ?」

「……あ~る田中一郎的な」

「なんだロボットか」

「ロボットじゃないよ、アンドロイドだよ」

 結局二人は周囲の女性人よろしく会話に花を咲かせ、注文までに三十分近い時間を要した。


 出て来た料理に、絶句する。

「ち……小さい……」

「これスモールライトで縮んでるんじゃね?時間経過で元に戻るとか」

「大河ちゃん、現実逃避はそのぐらいにしとこう?」

 大河の注文は、一般的な食パンを半分に切って合わせたようなサイズのサンドイッチが一個。お値段千二百円。

 翔の方はと言えば、量こそ大河の二割増し、さらには彩り豊かだったのだが、値段は五割増しである。

 絶望の度合いとしては、翔の方が圧倒的に上だろう。何せ、そこに紅茶が付いてくるのだから。

「これが、女の食事だというのか……」

「ちょっと私たちには早かったかもね……」

 それでも、空腹を少しでも満たすべく食を進める。

「そっちの味はどうだ?」

「う、ん……何の変哲もない、普通のおいしさ」

「やっぱり特筆する旨さじゃないよな」

 一体全体どこにこの値段を納得させるだけの要素があるのか、二人は何度も首を捻る。

 そうしてまた、あの単語の問答が始まった。

「高級食材」

「有名シェフ」

「常連芸能人」

「ドラマロケ地」

 女性が食いつきそうな条件を列挙してみて、それでもどれもピンとこない。

 上の二つであればどこかに記してあるだろうが、少なくとも、メニューにはそんな表記はない。

 そして三番目。芸能人がよく来るというのなら写真やサインが置いてあって然るべきだが、やはりない。

 最後。ドラマや映画の舞台に使われたのであれば、やはりそれを示すものがあるはずだ。それが関連商品であれ特集記事であれ。だが、これもない。

「わからん」

「わからんなぁ」

 さっさと料理を綺麗に平らげ、ごちそうさま、と食器を置く。

 食事そのものは五分にも満たずに終了した。

 食後にナプキンで口周りと手を拭く。そこで、ふと翔が気付く。

「大河ちゃん、わかった」

「お?」

 自信に満ちた瞳で、大河を見つめる翔。

 そう。食事は僅かな時間で、しかし滞在時間は長い。

 そして、この店の客はまるで入れ替わっていないのだ。

 翔はそれらから、一つの結論を導いた。

「あのウェイトレスさんの見物料」

「把握した。もっかい拝んどこう」

「そうしよう」

 ガッカリな答えに、しかし確信を得て二人は再度手を合わせた。

 そうして一応の納得が行った金を払い、店を後にする。

「またいらしてくださいね」

 そう言って件のウェイトレスはドアが閉まるまで微笑んでいた。

 もちろん、二人の心は決まっている。

「さすがに無理だな」

 言いながら、大河が自販機のボタンを押す。

 店で出された紅茶の三倍は容量のあるペットボトルが、四分の一以下の値段で出てくるのだ。

 とてもではないが、元男に近付ける世界ではない。

「ねぇ大河ちゃん、帰りにラーメン食べない?」

「そうしよう。まるで足りない」

「だよねぇ。豚骨系の店で大盛り、肉飯付けて、餃子二人前とかいきたい」

「完璧なプランだ。頑張った自分へのご褒美にラーメン……素晴らしい!」

「よぉし元気出て来た!そうと決まれば早く行こう!」

 今日の心身の疲労が吹き飛んだかのような足取りで、二人は自分たちの巣へと帰って行った。

 この二人が、喋って長居をすることのできる店に対して払う、対時間費用とでも言うべきシステムを理解するのは随分と先になりそうである。



 帰宅後。電池切れでレアアイテムを失っていた翔はヤケ酒に走った。

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