イメチェンといふものを
今回は小ネタをたくさん入れる形で。クスッと、あるいは『このネタはひどい』って一か所でもしてもらえれば幸い
財布が膨れて一安心。
「ごはんですよの時間ですよ」
かと思いきや、今日も大河の表情は険しい。
手前だけが彩りに欠ける食卓を睨み、次いで豊かな正面を睨む。
「……大河ちゃん、この間の収入は?」
相も変わらず、食には余念のない翔である。
今日も一汁三菜、きっちりと揃えている。特別、やりくりが優れているわけでもないというのに。
「供給過多は値崩れの要因だ。節制に越したことはない」
不機嫌に言い放つ大河。
要約すれば、稼ぎはコンスタントではない、ということだ。
ゆえに、手にした金を無為に散らせることは惜しいのだろう。
「だからってそれはちょっと……栄養が偏らないか心配だよ、私は」
「グゥレイトなシリアルとどっちがマシか悩んだ」
「おぉ、グラフ上最高バランス食品じゃん。でも牛乳代がネックだったとか?」
「慧眼恐れ入る。あとやはり日本人は米だ。これで買い置きパックは消えたが、なに、まだ米を買う分の余裕ぐらいある」
これでも苦肉の策だったんだ。
眉間に寄る皺が、目頭に添えられた指が、そう物語っていた。
一人暮らしをしている大河は、実家暮らしの翔と違い、経済状況が厳しくなりがちなのだろう。
「そだね。うん、まぁ、大河ちゃんが辛くなったら言うといいよ」
「すでに辛い」
「ざまぁ」
沈黙。
それからおもむろに、大河は手にした黒い物体を――
「……貴様もごはんですよを味わえええぇぇぇぇ!!」
翔のおかずにブチ撒けた。
「うわ!?ちょっと私のおかずが台無しじゃな――あ、ちょ、頭にかけるのはらめえぇぇ!!」
そんな平和な朝の一幕だった。
「髪の毛がギッチギチなんですけど。あとニオイが凄いんですけど」
「迷惑限りなく、真に申し訳ございませんでした。また、スタッフがおいしくいただけず申し訳ございませんでした」
「や、私に頭ベロベロ舐められて喜ぶ趣味はないよ?ムツゴロウさんだけで十分だから、そういうの」
風呂からあがった翔が、むすっと頬を膨らませていた。
それを、大河は全力の土下座体勢で迎えている。
「はぁ……どこかの空賊のおばちゃんが言ってたでしょ?髪は女の命だよ、って」
「はい。よく存じております。名作でございます」
ますます体を縮こまらせる大河に、翔はちょっと気を良くしたのか、すっと足を突き出した。
「それなら、謝罪の意思を態度で示してもら」
「御免被る」
「ちょ、まだ言い終わってないのに!?」
「だって中の人が、なぁ?言うことぐらいわかるだろ」
それを合図に、即座に弛緩し、大河はいつもの態度に戻る。
よっこらせ、と掛け声と共に立ち上がり、膝を払う。
それから視線を上げると、翔が目を細め、口をへの字に曲げてて大河を睨んでいた。
さすがにバツが悪いのか、視線を逸らせて頬を掻く。
「あ~……まぁ、悪かったと思ってるのはマジだ。ちと触ってもいいか?」
「どうぞ。この惨劇を胸に刻んでおきなさい」
大河が慣れた手つきで、梳くように翔の髪を撫でる。
確かに指通りが悪い。所々でギュッと絡め取られるかのようだ。
途中、引っ掛かりすぎて翔が痛みに悲鳴を上げたりもした。
「これは確かに惨事だな。見事なまでに」
「元々手入れしてたわけじゃないけどさー。染めたこともパーマもかけたことないから、健康だったと思うの」
「う~む。俺が普段から使ってるのだと、なんか髪が傷むのを促進しそうだ。キツめの薬用だから」
「リンスとか買おうよ、せっかくだし」
「値が張るのはちょっとなぁ。けどこれ以上状況が悪化するのもなんかなぁ」
決断しかねて悩む大河。
そんな中、翔がピコンと頭上の豆電球を灯らせた。
「そうだ、大河ちゃん!大河ちゃん、大変よっ!」
「なんだ、どうした?」
「女子と言えば髪型じゃないっ!」
自分の悩みとまるで関係のないことを翔に言われ、大河は首を傾げた。
それから一拍を置いて、ハッと目を見開き、両手で合点のジェスチャー。
そういえば女子力をどうにかするのが当初の目的だった、とでも言わんばかりである。
「ここんとこ金の心配しかしてなかったから忘れてたわ。髪型か」
「ふふん。これで女の子の魅力がさらに上昇するってもんよ!またナンパされちゃうかも!」
えっへん。バスローブ姿で胸を張る翔。
それを、どこか冷ややかな視線で大河が見つめる。
「……結構、嬉しかったんだな」
「……うん」
「ホ」
「モじゃない!」
ゴホン、と咳払いを一つ。
仕切り直しをして、翔が続ける。
「とりあえず、何かいい髪型を模索しましょう。私たちの生活を豊かにするために」
「俺はとりあえず食卓を豊かにだな」
「今度から、ミスごはんですよ、って呼ぶ。外で」
「なんかすげぇイヤだからやめろ!?ったく、探せばいいんだろ、探せば」
いつになく勝ち気な翔に押されて、大河は溜息を吐きながらノートパソコンを開く。
待機状態になっていたパソコンはすぐにデスクトップを表示し、サクサクと事が運んでいく。
「お、出た!ほら、コレ見ろよ」
「あぁ、コレか……地毛なの?」
「地毛だろう。エクステでこんだけやるのは馬鹿だぜ」
「地毛でも馬鹿だと思うよ?じゃあ大河ちゃん、いつもので」
「よしわかった」
何かの髪型画像を見て、二人揃って嬉々として騒ぎ立てる。
かと思えば、すぐに両目を閉じ、深呼吸。まるで瞑想でもするかのように。
そして、同時にその目が開かれた!
「ペガサスッ!」
「昇天盛りッ!」
なぜか二人とも拳を天に突き上げて。アッパーカットを振りぬいたようなポーズを取りながら。
「ふぅ……ペガサスと来たらこれだよね」
「フッ……昇天の名称で正拳を外して来たのは流石だな」
「うふふ。楽しくなってきたね、大河ちゃん!」
「真面目に探せよ」
「あれ?これ私のせい?あ、でも誘ったの私か」
それからも二人は何度となくふざけ合い、結局これぞという髪型は見つからなかった。
すっかり髪型探しを諦めた二人は、死んだ魚のような目でコントローラーを握っていた。
「翔~、レーダー見とけ。蟻に回り込まれてる」
「あ、ほんとだ~。大河ちゃん、よくそんな余裕あるね。そっち蜘蛛でしょ?大丈夫なの?」
「俺は戦闘のプロだぜ?」
「ブレストバーン!」
巨大な昆虫を倒して地球を守りながらも、ネタを挟んだ会話は忘れない。
ゲームプレイに余裕があるからこそできる芸当だ。それだけ、やり込んでいるのだろう。
画面の中の防衛隊隊員が、キレのいい動きで敵陣を崩していく。
「しっかしな~。私たちみたいななんちゃって女子がする髪型って、ホントなんなんだろう?」
「さぁなぁ。だいたい、元男で今女です、なんてほとんど十八禁の本でしかいないだ……あ」
ふと、大河のキャラクターの動きが止まる。
その僅かな隙で、隊員は糸に巻かれて死んだ。
「糸に巻かれて死ぬんだよぉ!ってどうしたの大河ちゃん?」
「いたよ。俺たちの先駆者が。しかも大御所で」
「マジデ!?」
大河の発言に、今度は翔の動きが止まる。
こちらはその隙に、吐き出された体液で溶かされて死んだ。
「サ、サンダー!ほら、なんとかの呪いで水をかけられると女になる、っていう」
「あぁ!なんとか二分の一か!」
うんうん、と頷く翔。
それから、クルリと背中を大河に向けた。
「私、三つ編みおさげ髪なんかできないから、大河ちゃんお願い」
「俺がやんの?俺も知らんよ?」
「グーグル先生で調べればいいのよ。その間に一人で攻略してあげる。まぁ見てなさい」
「おぉ、死亡フラグ死亡フラグ。え~と、三つ編み、おさげ、っと」
素直に言うことを聞き、すぐに大河がネットで調べる。
便利な時代になったものだと口に漏らしながら。
「んっふっふ、これは絵面がつけば高視聴率が取れるね!」
「ないわ。さて見つかったぞ。前向いて動くなよ~」
翔が指示に従い頭を固定したのを確認し、大河はおさげを作り始める。
一人ゆえの緊張感からか、翔の動きは先ほどまでよりも遥かに良い。
大河が盗み見ている限りでは、問題なくステージクリアにまでこぎつけられそうだ。
「なー、翔、ちょっといいか?」
「なぁに?今ちょっとデカブツがいて」
「なんか固結びになった」
「あんですとぉ!?」
が、寸でのところで巨大兵器のビームに焼かれて死んだ。
悪戦苦闘の末に髪を解き、無事に翔をおさげにしてみて少し。
全身鏡の前には、これまで以上に真剣に、あらゆる角度から自分チェックを行う翔がいた。
「ほうほう。思ったよりいいわね。やっぱりメガネとおさげの親和性は完璧なのかしら。となると二本テールも……」
「それやったら大抵メカニックだよな」
「さらに関西弁、そばかすも付けば完璧やで!」
熱弁する翔。
自身が眼鏡であることもあってか、拘りは強いようである。
「懐かしいな。カゲキな一団とか、サラリーマンロボとか」
「もちろんメカ以外でもいるよ。最近ならアイドルゲームでもいたし。関西弁とかはないけど」
「あぁ、カワイイデスヨの人か」
「可愛いよね」
「可愛いよな」
双方、同意の首振りを二度。
そんなことで絆を確認していたところで、翔がはたと気付く。
「大河ちゃんはどうするのさ?」
「俺?」
「髪型。そのまんまストレートもいいけど、なんとかしようよ」
言いながら、翔は大河の頭をポンと叩き、そのままツツーっと指を通す。
と、ごはんですよをかけられてもいないのに引っかかる。
完全に、髪の毛同士が絡まっているのだ。しかも、簡単には解けそうにない。
「いてててて!」
「うわぁ。これ、改めてよく見るとひっどいよ」
「なんか男だった時より髪の毛細くなってる感じはしてた。あと柔らかいから絡まり易いんだと思う」
「なるほどね。じゃあ解いてあげるから大人しくしてること」
「お~。いやぁこれ絵面がついたら絶対高視聴率だぜ?」
「はいはい。誰得誰得」
大河の言葉にツッコミを返しながら、翔はその背後に回り、少しずつ少しずつ結び目を解いていく。
そして一か所が終わると、また指を通し、引っ掛かりを探す。
見つければ、再び作業だ。
大河は指が通るようになったところを自分でも梳いてみて、滑らかに通る感触を堪能している。
そうこうすること、十数分。
「……てゆーか気付いたんだけど、ほとんど枝毛だよ大河ちゃん。ちょっとマズいんじゃないかな」
「え?これって枝葉を伸ばして逞しく育ってるんじゃないの?」
「違うよ!?これ木に例えたら落雷直撃してるレベルだからね!?」
「やだっ!おヘソ隠さなきゃっ!」
「今更そういうのされてもな~?」
アッサリと返され、大河は耳まで赤くしながら、ちょっと俯いた。
翔はそれに気付きニヤニヤとしているが、大河からは見えない。
しばらくして大河は背中越しにもわかるように、それは置いといて、とジェスチャーを送った。
「したらどうするべきかな、この焼けカスは」
「う~ん……とりあえず美容院でも行ってみたらいいんじゃない?まだ早い時間だし間に合うかも?」
「あんなバカ高いとこ行けと!?この俺に!?」
断固拒否。そんな意思を示すように、勢い良く振り返る。
その慌てように、翔も少し引く。
「う、うん……ここは涙を飲んでほら、しばらくおかずの分ぐらい出してあげるから。一食二百円までね?」
「おぉ……髪を正常に戻した上に、毎食二百円のおかずが付いてくるだと……あなたが神か」
「はい」
二百円で神になれるとは安いものだが、大河にとってはそれだけ重大な問題だったのだろう。
感涙すら流しそうな大河をなだめ、とりあえず翔は常識の範囲でやっておくべきことを示す。
「ほら大河ちゃん。美容院は予約した方がいいところみたいだし、やっとこ。近場の電話番号調べておくから」
「そ、そうだな。予約とか、アニメゲーム以外でやるの初めてかもしれん」
緊張で震える手で、大河は画面に映った番号をプッシュする。
しかし、そこまで。あと一手が、どうしても動かせない。
なかなか踏ん切りが付かずに通話ボタンを押せなかったが――
「てりゃっ」
「おわぁ!!?」
翔が素早く押してしまった。
涙目になって抗議する大河を、ほらほらかかってるよ、と抑える翔。
その顔が、殴りたいほどニヤついていたのは言うまでもない。どころか、でゅふふ、と気持ちの悪い声で笑っていた。
そして実際、思いっきりビンタを食らった。
翔を撃退し、携帯をしっかりと耳に押し当て、大河はコール音が切れるのを待つ。
やがて、柔らかな声が応対に出た。
「すす、すみません、そちらに予約を入れたいのですが!」
ガチガチに緊張しながら、時折声を裏返しながら、それでも大河は無事に予約を終えた。
やり遂げた安堵に長く息を漏らし、それから疲労感にもう一度。
その背後には、頬を摩りながら悦に浸る翔が倒れている。
「あふぅ、いたきもちひぃ」
「……どうやってお前を罰すればいいのか、真剣に悩むな。こうなると」
「あっ、ダメ、関節は……うぎぃ!?極まってる!ねぇちょっと、極まってるから!これ余韻とかそういう痛みじゃないから!があぁ!それ以上いけないいいぃぃぃ!」
翔はまだ然るべき境地には至っていないらしく、痛みも種類によっては有効らしい。
もっとも、どれが有効なのかはやってみなければわからないのだが。
しばらく痛めつけて満足したのか、大河は翔をアームロックから解放する。
「いたたた……いやぁ、大河ちゃんって想定外の攻めにホント弱いよね。すぐ手が出るとこも可愛いよ」
「うるせぇ。とりあえず今日の四時に飛び入り予約できたから行ってくる」
「おぉ、美容院デビューだね!大人の階段上っちゃうね!」
「俺はまだシンデレラさ、と。終わったらオールでカラオケでも行くか、久々に」
「行こう行こう!新生なんちゃってシスターズカラオケ大会!」
「なんだそりゃ」
大河は鼻で笑いながら、それでも表情では満更でもなさそうに言う。
今日の変化を楽しみに。そんな思いを抱いたのが、よほど久々だったのだろう。
「まぁ、悪くないかもな」
弾む声で言った。
午後七時。
なおも大河の部屋で地球防衛に勤しむ翔隊員。
仲間の帰りを待つそこへ、ようやく待望の人物がやってきた。
「ただいま」
「おかえり大河……ちゃ、ん?」
ちょっと振り返り、そのまま視線が釘付けになる。
耳に訴えかける悲鳴も程なく止み、ゲームオーバーを示す無音へと変わる。
「えっと、その、手のシャンプー諸々はなんだ?」
「や、あの!痛んだ髪をね!美しくケアしてくれるって、言う……から……」
ぐしゅっ。
鼻をすする音。
「そ、そうか」
「あの、でもっ!ほら、リンス!使い方も教わったから、これで、その……えっと……」
「痛手だったな」
少し嗜虐心が刺激されたのか、翔が追い打ちをかける。
ひぐっ。
小さな嗚咽。
「け、けどほら見て!なんか髪の毛ふわっふわにしてくれたんだよ!我ながらこれは、可愛い、と……思う、の……」
もはや、翔が何かを言うまでもない。
大河は一瞬、盛り上がったように見えて、瞬く間に俯いていく。
元気そうに胸の前で握って見せていた拳も、ゆっくりと下がっていく。
「流行のゆるふわパーマってやつだな。別料金だったろ」
「う、ぎゅぅ……!」
口元が歪み、その頬を滴が伝う。
もうこの辺にしておこう。
翔がホクホク顔で、いつぞやのように大河にティッシュ箱を差し出す。
「まぁ泣くな。ほら、カラオケ行こうぜ」
「ん……」
「今夜は奢ってやるからさ。可愛い子にはサービスだ」
「ん……!」
ブン。思いっきり首を縦に振る。
それから、大河はやっと顔を上げて、涙を流しながら翔を見つめる。
そして、えへ、と笑った。素直に、可愛いと言われて嬉しかったのだろう。
「あれ、なんだこの生き物かわいい」
「おいやめろそういうの声に出すな背筋が凍る」
一発で大河を平常運転に戻す魔法の言葉を唱え、翔は満足気に頷く。
これから定期的に不意打ちをかけて泣かせよう。
翔がそう心に誓った夜であった。
迎えて、朝。おかずはあるもののご飯がなく、再び涙目になる大河がいた。
なんか大河ちゃんが貧困キャラになってきた……こんな予定じゃなかったんだけどなぁ(笑)
とりあえず、反省の多い回になった感。キャラにパーソナリティを盛るための回になってしまったかなぁ