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アルバイトといふものを

勢い任せもいいところです。どうにかして纏めようとシーンカットしたりもしたので、忙しく映るかもしれません

 窓から差し込む朝日が、柔かに室内を照らす。

 そんな中、全身鏡の前でくるりと回り、背を向ける。

 右の拳を腰のくびれに、左手はスッと斜めに下ろし、振り返るように自らの姿を確認しているのは、大河だ。

「うむ。性格はアレだったが、実に良い仕事をする」

 身に着けているのは、あの場で購入した下着である。

 昨夜のうちに何度も今と似たような光景を繰り返したというのに、よくもまぁ飽きないものだ。

 それどころか、さて別のやつを、と衣装直しまで始める。

「大河ちゃん、そろそろご飯にしない?」

「ん……もうそんな時間か」

 穿き換えの最中に声をかけられ、大河は渋々と脱ぎかけたソレを定位置に戻す。

 すでにテーブルには各々の食が並べられている。

 元はと言えば男であり、どう見てもズボラな二人が料理などするはずもなく、どれも惣菜屋で買ってきたものばかりだが。

 翔の献立はもやしのナムル、照り焼きチキン、コンソメスープ、そしてご飯。

「いっただっきま~す」

 これが漫画か何かであれば、言いながら開いた大口に音符のマークでも描かれていたことだろう。

 翔は、見ているだけでこちらの腹が鳴りそうになるほど、本当に美味しそうに食べる。

 ただし、食の風景としてはガツガツと勢いが良く、いささか品性に欠けると言わざるをえない。

「いただきます」

 対する大河は、実に静かに、精神統一でもするかのような、粛々とした態度で箸を取った。

 慎重に、卵を割る。深さのある小さな器でそれを溶き、醤油をたらり。

 そして、丼の目半分までよそったご飯の上から、全体に均一になるよう、注意深く垂らしていく。

 最後にシラスをパラパラとかける。

 大河式、卵かけご飯の完成である。

「大河ちゃん、おかずは?」

「欲しがりません。勝つまでは」

「……何に?」

「……己に」

 大河はむせび泣くようにしながら箸を進め、その度にポツリと呟く。うまい、と。

 翔の心に哀れみが湧く。しかしそれは視線に出るまでで、自分のおかずを分けてやろうというところまでは至るはずもない。

 一応、シラスがおかずと言えないこともないわけで。

「まぁ、散財したし、今は我慢だね」

「うむ……というわけで翔、今日はバイトを探すぞ」

「あ、それなら私、すごくいい仕事知ってるよ?」

 ガタン。大河が思わず身を乗り出す。

 とにもかくにも軍資金が足りないのだ。翔が何か知っているなら、食い付かないはずもない。

「それ、座り仕事か?」

 しかし、労働環境には良を求める大河であった。

「座っててもいいし、立っててもいいよ」

「接客系?」

「ほとんど接客はないかな」

「身入りの程は?」

「永久機関クラス」

 うっひょー。と大河は諸手を挙げて喜ぶ。

 だが、この段階で気付かねばならなかったのだ。

「で、何するんだ?」

「パンティ売るのよ」

 情報源が、安心と信頼の翔であるという、何よりの大前提に。

 大河は乗り出した身を背もたれにドップリ預け、力なく天を仰ぐ。その眼はすでにハイライトを失っていた。

 翔はと言えば、大河の下着姿を凝視しながら、ご飯を掻き込んでいた。三杯いきそうな雰囲気で。

「……それはないわ。元先生として、生徒に恥ずべき商いは憚られる」

「そうかぁ、残念。買い手として市場に参入するつもりだったのに」

「そろそろお前との手切りも考えようと思う」

「えぇ!?な、なんで!?」

 どっこいせ、と正面に向き直り、大河が再度箸を進める。

 翔は翔で、慌てたように見えて箸は止まっていない。

「とりあえず、飯終わったら情報誌でも漁るか」

「そうね。なんかいいのあるといいなぁ」


 食事を終え、二人は駅周辺に置いてあった求人誌を取ってきた。

 大きな文字で、女性向けと銘打ってあり、妙にカラフルなものだ。

「いかがわしいの多すぎないか、これ」

「これって公的良俗としてどうなの?普通にアウトだとと思うよ、私は」

 取ってきたモノが悪いとは毛ほども思わず、二人は唸りながらページを捲る。

 その度に大河が唸り、翔が鼻息を荒くする。

「そういや聞いたんだが、男の自慰をガラス越しに眺めてやるだけで金がもらえる仕事があったらしい」

「何それ、そんなのあるの!?超優良物件じゃん!」

「お前それ、金貰う側じゃなくて払う側としてだろ。見て欲しいんだろ」

「え、なんでバレたし」

「お前の性癖なんぞイヤってほど理解しとるわ。今ならお前も女だし見ててやらなくもないぞ?金は貰うが」

 そんなやり取りをしながら、少しはマシなものを、と職を探し続ける。

 途中で何度か財布と相談する翔がいたが、やはり男の時の方が、などとよくわからないことを言って踏みとどまった。

「むしろさ、大河ちゃん女友達いるじゃん。なんかほら、紹介とかしてもらえない?私たちぶっちゃけ、身分証明が出来ないから普通の形じゃ働けないと思う」

「あ~……あんま俺が女になったとかバレたくなかったけど、時間の問題だしなぁ。相談してみるか」

 言うが早いか雑誌を投げ捨て、携帯片手に全身鏡の前に立つ大河。

 下着姿のままで、ピロリと一枚。いわゆる自分撮りというやつである。

「おい翔、お前も来い」

「ジャージでいい?」

「アホ抜かせ。お前、あいつの仕事知ってるだろ」

 大河に促され、翔は悲鳴をあげながらジャージを脱ぎ、立ち上がった。

 容赦なく、こちらもピロリ。

「ゆえあって今こんなスペックなんだが仕事やれそうか、と。送信!」

「それだけで納得してくれるかなぁ……大河ちゃんは結構事態を軽く見てるけど、案外これ重大なことだと思うよ?」

「なっちまったもんは仕方ないし、悲観しててもしょうがないだろ――っと、返事早いな。さすが女子は携帯への依存度が違う」

 どれどれ、とメールを確認する。

 中には、並びに並んだ『w』を文節ごとに持ってきており、とてもではないが相談に応じているとは思えない文字列があった。

「大爆笑だな、こいつ」

「……ちょっと常識っぽいこと言ってみたんだけど、マイノリティだったみたいね、私」

 返信を打ち込む大河の横で、珍しく翔が溜息を吐く。

 それを無視して、大河は返事に応じてさらにサイド、バックからの写真を添付して返す。もちろん、翔の分も。

「よし。とりあえず可愛い子がいるからって紹介してみてくれるとさ」

「喜ぶべきなのかそうでもないのか……あれでしょ?あっちこっち派遣されるやつ」

「コンパニオンな。ま、軽い接客と思えばいいだろうさ。とりあえず、果報は寝て待てだ。ゴロゴロとゲームでもして待とうぜ」

 言うが早いかテレビを点ける大河。

 その背中に、翔が呆れたように声を投げた。

「大河ちゃん、わかってる?」

「何が?」

「コンパニオンってことはね、あんな格好やら、こんな格好とか、かなり際どいのを着させられる可能性があるってこと」

 自分がそんな服装で人前に出ることを思うだけで憂鬱なのだろう。翔は溜息を連発する。

 さすがの大河も、これには一思案。

「それ、コスプレみたいなもんじゃね?」

 そして、一蹴した。

「へ?あ、うん、まぁ……ブースとかそういうのだと、確かにコスプレ……あれ?悪くないかも?」

「物は捉えようだ。もっとポジティブにいこうぜ」

 ふふん、と笑って大河は準備を再開する。

 楽観というか、考えなしというか、いや、それよりも。

「大河ちゃん、心理テストです。目の前に壁があります。その長さ、高さはどのぐらいですか?」

「万里の長城並の長さで、膝丈」

「それはあなたのプライドの高さと、及ぶ広さを示しています。やったね、一足飛びだよ」

「プライドなんぞ犬にでも食わせればいい」

 断言。

 大河の場合、何よりもその場その場に流されすぎるのが問題なのではなかろうか。

 事前準備さえできていれば、その限りではないのだろうが。

「そんなんだから高い買い物して素寒貧なんじゃないかなぁ……」

「ほっとけ!」




 二日が経ち、夜。

 日払いの報酬を手に、二人は生気なく帰宅した。

「……あり得ん」

「何、この、アレ、激務?」

 帰宅するや否や、うつ伏せにベッドに倒れ込む大河。

 その上に翔が重なるように倒れるが、咄嗟に膝を曲げられ、鈍い呻き声をあげて床に転げ落ちた。

「すまん。お前の些細な戯れすら許せないほど疲れた」

「いいのよ大河ちゃん。私にはこれがご褒美だから」

 あはは。うふふ。

 余裕のない、渇いた笑いが暗い部屋を満たす。

 その声が徐々に怒気を孕んでくる。

「ったくよぉ!なんなんだよあのヤローどもは!」

「コンパニオンに何を求めてるんだってーのよ!」

「展示物の関連なら何から何まで、精通してねぇとなんねぇってのかよ!人のこと馬鹿にした笑いしやがって!」

「そのくせナンパが後を絶たないし!でも生まれて初めて誘われてちょっと嬉しかったじゃない!」

「おめでとう!」

「ありがとう!」

「だがお前の心は男だ!お前はホモだ!」

「ノーサンキュー!ノーサンキュー!男で許せるのはショタまでです!」

「守備範囲が広くて何よりだ!」

 酒も入っていないのに、このテンションである。

 よほど鶏冠に来ていたのだろう。まさしく、鬱積した感情の爆発と言うに相応しい。

 それからも半刻ほど、二人の愚痴は続いた。

「今日は女の気持ちがよぉ~く分かった」

「いい経験したわ。女子レベルアップは間違いないわね」

 一通りの愚痴を終え、二人がベッドの上で並んで座る。

 大河は胡坐、翔はいわゆる女の子座りで。

「俺、今度から女の子の愚痴は親身に聞くよ。真面目に、これは吐き出さないとストレスでハゲる」

「そうね。とりあえず明日は、このお給金で自分へのご褒美にスィーツを食べようと思うよ、私」

「お、レベルアップして新規アビリティか」

「ふっふっふ……どうやら大河ちゃんのジョブでは、まだこのアビリティは習得できていないようね」

「残念だったな。男だった頃から持っている」

「な、なんだってぇー!?」

 怒りは落ち着いたようだが、テンションは落ち着かず。

 先ほどまでの反動とさえ思えるような、澄んだ笑い声が飛び出している。

 この切り替えの早さは、男女問わず見習ってもいいかもしれない。

「えぇい、明日などと面倒だ!今すぐ行くぞ!酒だ!」

「え、せっかく頑張って稼いだのに飲んじゃうの!?」

「宵越しの金は持たぬ!それに、金なら我に秘策あり!」

「え、ホント!?どうするの?」

 しかし、見習えない部分が多々あるのも彼らなのだ。

 その最たるものこそ――

「パンティを売る!」

 この、あまりにも節操のないプライドの低さだろう。



 数日後。大河は膨らんだ財布を、翔は穿き古しのパンティを手にしていた。

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