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ショッピングといふものを  前編

今回は前後編に分かれます。前編であるこちらは、あまり動きがなくギャグ要素も薄めですが、あしからず

 目が覚めて、起き上がり。まず感じたのは、頭痛だった。

「何したんだっけ、俺……」

 大河は、隣で寝ている見慣れぬ女性のことも含めて、昨日一日を振り返る。

 親友と揃って女になった。逃げるようにバイトを辞めた。随分と酒を飲んだ。

 そして、とんでもない暴言を吐いた。

「……ビッチはねぇよ、うん」

 昨日の自分を恥じ、溜息を一つ。冷静になればなるほど、余罪は次々と浮かんでくる。

 中でも最も対処が容易な問題はと言えば、口の中のざらつきだ。どう考えても、飲んで食って騒いで、歯も磨かずに寝た結果である。

 大河は涎を垂らして幸せそうな寝顔を見せる翔をベッドから蹴り落とし、二人並んで洗面所に立った。

「足を使うなら、せめて踏んで欲しかったと思うよ?」

「こういう時、女相手だとどこを蹴ればいいかわからないな」

「そ、それっ……踵で小指ピンポイントに踏みながら言う……?」

 シャコシャコ。二人で歯を磨く。

 余る左手で、何故かジャンケンなんかをしながら。

「んーんっん、んっんっんッ!」

「んん……」

「んッ!んッ!」

 ゲシュタルト崩壊を起こしそうなほどに、単音で音頭を取り、単音で一喜一憂する。

 勝者は、翔。ジャンケンに勝っただけにしては良い笑顔だ。

 対する大河もまた、ただ負けたにしては落胆が激しい。

 少ししてから口をすすぎ、ようやく大河が日本語を口にする。

「くっそぉ。ほとんどお前が出したゴミだろ、昨日のは」

「吠える暇があるなら慣習に従いたまえよ、君ぃ」

 どうやらこのジャンケンはゴミ捨ての役割を決めるものだったらしい。

 渋々といった様子で服を着て、大河はゴミ袋を両手に部屋を出ていく。

 残った翔は何食わぬ顔でテレビの電源を入れた。

 明らかにアナログ対応のブラウン管テレビにはチューナーも付いておらず、何も映らぬ黒い画面が表示される。

 続けて、据え置きのゲーム機に電源を入れる。すぐに映像が反映され、鮮やかな色彩が目まぐるしく動き出した。

「戻ったぞ~ぅ」

「あ、おかえり。今日は何する?」

「自分磨き」

「……え?」

 答えながらゲーム機の電源を落とす大河。そのままテレビの電源もオフにする。

 下準備も済ませ、多数のディスクが収納されたボックスを物色していた翔からすれば、残念至極といったところだ。

 その言葉はズバリそのまま、ビッチになるための修行を始める、ということなのだから。

「なぁ大河。確かにそれに関しては、俺……いや、私も賛成よ?」

「いきなり女言葉にするなよ気持ち悪い」

「何事もまず形からよ。それで、私も賛成なんだけど、その……ビッチはさすがにイヤかなぁ、って」

 頬を掻きながら、翔が言う。

 それを受け、あぁ、と大河も得心した。

「や、今はもうビッチになろうとは思ってない」

「そりゃ良かった。じゃあ、なんでまた?」

「他に女になってやることねぇじゃん」

 激しく後ろ向きなことを、どうしてか、輝く笑顔で言い放つ大河。

 唖然とするより他にない翔を放置して、大河は続ける。

「それに実際、ネットでもない限りはどうしたって、何するにしても第一印象は見た目になるからな。好印象を持たれるように努力するのは当然だろ?」

「大河ちゃんは身も蓋もないなぁ、相変わらず」

「これが俺の持論だ。あと、ちゃん付けんな」

 言いながら、大河はベッドの上に胡坐で鎮座する。

 と、その瞬間。

「あ、ストップ」

 翔から待ったがかかった。

「自分磨きとか言っちゃうような女子が胡坐はマズイよ」

「そうか?」

「少なくとも、私の考える『理想の女子』はそうじゃないね~」

 大河としては胡坐は許容範囲のうちだったのか、翔の意見に首を捻る。

 腕を組んで悩む姿は、見てくれこそ別だが、完全に男の仕草の集大成と言った具合である。

 まるでなっちゃいないその有様に、翔は溜息と共に肩を竦めた。

「うん、わかった。大河ちゃんはまず、その荒んだ女子感をなんとかしよっか」

「いやいや、自然体の女はこんなもんだぞ?んで、ちゃん付けんなって」

「まぁまぁ。それでね、大河ちゃん」

 意地でもちゃん付けをやめそうにない翔に、やれやれとジェスチャーと溜息を返す大河。

 対する翔は、なぜか少し興奮気味にまくしたてる。

「ぶっちゃけた話、今の大河ちゃんは私の理想の女の子なわけ。見た目は。見た目だけは」

「踏まれたい的な?」

「そう。踏まれたり罵られたりボロ雑巾みたいに扱われたりしたくなる、理想の……」

「止まれこの豚野郎」

「あふん」

 罵られ、即座に翔が嬌声を発する。

 大河も前々から感じていたことだが、翔はいつか通報する必要があるぐらいの変態なのかもしれない。

 しかし、茶々を入れて話の腰を折ったのが大河であることも、また事実である。

 本来言おうとしていたことぐらいは、言わせてやるのが人情というもの。

「で、本題は何さ」

「あぁ、うん。だからね?私が大河ちゃんに手解き……」

「断固拒否する」

「え、なんで!?」

 しかし、台詞の途中で全面的に却下である。

 理由など、言わずもがなだろう。

 翔の手解きなどを受けた日には、ボンテージと鞭なり何なりを標準装備するハメになるに違いない。

「SM女王になるつもりはないってーの」

「むぅ、残念……せっかく素体は良いのになぁ」

「素体ねぇ。その点ならお前こそ、前に比べたら相当なもんになったじゃねぇか」

 続けて大河が口にした言葉は、なんでもないことのように放たれたものだった。

 相当なもん、と。

 鉄板のナルシストの口から。一言目には罵声が飛び出し、二言目の前に足が飛び出していた、大河から。

 とてもスルーできるようなものではない。

「も、もっかい言って?」

「だから、わりと見れたもんだって」

 胸に、沁みる。

 翔にとって、この一言は値千金だ。

 たとえその後に、俺には劣るけどな、と続いたとしても。

「お前こそさ、俺が服とかその辺考えてやろうか?いつまでもジャージってのも味気ないだろ。女の買い物にも相談役で呼ばれてたし、チョイスには自信あるぜ」

 そうして翔の気持ちを盛り上げ、逆の提案へと繋げる大河。

 申し出としても具体的な部分があり、翔の言葉よりは随分と信を置けそうだ。

 持ちかけられた翔も、まんざらでもなさそうに口角を上げる。

「それは魅力的だなぁ。けどさ、あの辺の流行物って高いじゃない?」

「や、そうでもない。大半は場所のせいで値上がってるだけで、地元で似たようなもん探したり、あとはアウトレットモールとかでカバーすれば安く済むぞ」

「へぇ、そうなん……あれ?すでに女子力の差が見えてるんだけど」

 そして、翔は上げたものをすぐに下げた。

 同じ境遇になったはずなのに、潜在的に適応能力で劣っていたことが面白くないのだろう。

 自分には知り得なかった情報を持っている者。それは紛れもなく、先を行く者である。

 ならば。

「負けないからねっ!」

「はい?」

「大河ちゃんの手は借りないし、大河ちゃんより可愛くなってやるからっ!」

 大河は超えるべきライバルに他ならない。

 そんな意識が芽生えたのか、翔は実に堂々と、大河の提案を却下した。むしろ堂々を通り超えて、いわゆるドヤ顔というやつで。

「じゃあ今度一緒に服買いに行こうぜ」

 大河も、互いに切磋琢磨するという形を面白いと感じたのか、微笑んで応じる。

「そだね~。その時はあっと驚かせ……あぁー!!」

「やかましい!」

「いったぁい!?」

 耳をつんざく、とはまさにこのこと。

 自分で言った台詞そのままの叫び声を披露し、間もなく脛を蹴られる翔。

 蹴った側も両手で耳を覆っており、どちらも痛む箇所に手を添えている形になる。

「大河ちゃん、泣き所はひどいよぅ……」 

「あざとい。二点」

 涙目の翔に無慈悲な声を返す大河。

 しかし、それで堪えるような翔ではない。

「十点満点?」

「一万点満点」

「ひどいよぅ……」

「十点満点でも酷評には違いないだろ。で、どうした」

 大河が話の軌道を本筋に戻す。

 まだ痛む足をさすりながら、翔はいかにも名案とでも言うようにキラキラと目を輝かせて答えた。

「あのね、私、ブラジャー欲しいんだった!一緒に買いに行こうよ、大河ちゃん!」



 それがとんでもない爆弾発言だとわかるのは、実際に現場に赴いてからだった。

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