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お祭りといふものを  前編

もはや九月だというのに、ネタは夏祭り。しかもまた前後編になったという始末。

どうぞ平に、平にご容赦を……

「大河ちゃん、たいへんたいへんたいへんたい!」

「なぜ変態で止めたのかと小一時間」

 バタバタといつになく慌ただしく部屋に乗り込んできた翔に、大河は胡坐をかいて侮蔑の視線を投げる。

 そこには、午後のシエスタを邪魔された怒りも含まれている。

 だが、受ける翔はもちろん慣れたものなので、気にする素振りもない。

「すみれちゃんがお祭りに誘ってくれたのよ!」

 そして、大河の言葉に応える様子など微塵もない。

 大河としても本当に小一時間問い詰めるつもりではないので、そのまま不問。

 だが視線は一層冷え切って。

「へぇ、幼女とデートか。よかったな」

 ツン、と返してそのまま就寝の体勢に。

 しかし、翔はこれを許さない。

「ちょっと待ちなさい!まだ終わりじゃないんだから!」

「早く行って来いよデート。俺は食指が動かねぇから寝てる」

「今のあんたに動く食指はないでしょうが!ほら、起きなさいよ!」

 ゆっさゆっさと大河を揺する翔。視線を大河の胸と共に揺らしつつ。

 それに気付いてか気付かずか、しばらくして大河が鋭い蹴りで翔を排除した。

「あーもー、なんだってんだよ」

 大河は再び身を起こし、見事に転げた翔を見下す。

「あいたたた……」

 頭をさすりながら立ち上がる翔。

 まったく、と腕を組んで口をへの字に曲げる。

 こういうとこだけ上手くなるよなぁ、と大河が思う隙に――

「もう!すみれちゃんはね!たいがおねぇちゃんにもきてほしいなぁ、って言ってたのよ!」

 翔は、そんなとんでも発言を放ってきた。

 ぼんやりしていた大河にとっては、爆弾発言と言ってもいい。

「……へ?」

 いつになく間の抜けた声で、顔で、頭を傾ける。

「だから、たいがおねぇちゃんにもきてほしいなぁ、って!」

「あぁ、そうか。俺にも来てほしいのか。なるほ……はぁ!?」

 今度は、明確になった意識で驚愕の表情。

 心当たりがないらしく、大河はあらぬ方向に視線を巡らせては脳内でそれらしいフラグを探していく。

 大層な慌てぶりに、翔が溜息を漏らして項垂れる。

「なんでテンパってんのよ……」

「お前の横にいただけで、ぶっちゃけそこまで話してねぇんだぞ、俺は。おかしいだろ」

 言われてみれば、と翔も考える。

 確かに大河は翔と一緒に通園ルートの見回りに参加するようになったが、会話はあまり多くない。

 おはようの挨拶と、いってらっしゃいと手を振るぐらいだ。

「子供って一緒にいるだけで仲良くなった気になるから、それじゃないかしら?あとなんだかんだで、大河ちゃんが子供に向ける笑顔って格別優しそうだからじゃない?」

「マジか。ちょっとやってみてくれ」

「じゃあマスターベーションするから見ててね」

「最ッ低の顔じゃねぇか!!」

 ぐおおおぉ、と呻きながら頭を抱えて天を仰ぐ大河。

 翔はニヤニヤとその様子を眺めて一言。

「さすがに冗談よ」

「なっ……てめぇ喉笛潰してやろうか!?」

 掴み掛ろうとする大河を、どうどう、と翔が両手で制する。

 ぐるるるる。喉を鳴らし、しかし大河は律儀に動きを止めてくれる。

 言葉に反して怒りの度合いは低いようだ。あるいは、醜態を曝したわけではないという安心感が先に立っているのか。

「で、たいがおねぇちゃんはどうするのかにゃー?」

「行くに決まっておろう!」


 そして、夕刻。

 未だ不快感を伴う暑さの名残の中、彼女は元気に大手を振って二人を迎えてくれた。

「おねぇちゃ~ん!」

 それに、翔はひらひらと手を振って、大河は手で作ったキツネをパクパクさせて応じる。

 翔は朝顔の花咲く浴衣姿に草履、大河は紺単色の甚平に雪駄である。

「なんでキツネ?」

「なんとなく」

 無事に合流できた二人は、彼女の母親に軽い会釈を済ませる。

 それからも翔はいつものように世間話から初めて良好なコミュニケーションに努めているが、大河は祭りの出店に興味津々である。

 地域の祭りということでそれなりに規模も大きく、どのジャンルもそれなりの種類が揃っている。

「ねぇねぇ、たいがおねぇちゃん」

 そんな大河に、すみれが歩み寄ってきた。

「ん~?どうしたのかな、すみれちゃん」

 普段からは考えられない柔らかな物腰と口振りで、膝を折り、目線を合わせる大河。

「さっきのおてて、またみせて~」

「あぁ、キツネさんかな?ほら、コンコ~ン」

 せがまれるままに再度キツネを作る。今度は声までつけて。

 それからもカニや犬、ハト、カタツムリ、カエルとバリエーションに富んだ技を披露していく。

 他愛のない芸だが、受けが良ければ見せる側としては嬉しいものだ。

 そんな芸を見せている間に、翔が母親との会話を終えた。

「大河ちゃん、動物さんごっこは終わりよ」

「ん、そうか……あれ?親御さんは?」

 声をかけられ、大河が異変に気付く。

 周囲を見渡せど、すでに母親の姿はなく。しかし、すみれは相変わらずニコニコしている。

 まさか、と思うよりも早く。

「お母さん同士の集まりですって。すみれちゃんの子守を任されたってとこね」

「……いくらなんでも信用されすぎじゃないか?」

「長年の積み重ねって大事よね」

「積み重なるほどじゃないと思うが」

 せいぜい、出会って数週間。それでもこうして、子を預けられるようになった。

 ご近所付き合いの薄れた昨今では珍しいケースだろう。

 その最たる要因がすみれ本人の懐き具合だとは、二人はこれっぽっちも思わない。

「それじゃすみれちゃん、おねぇちゃん達と一緒にお祭り行こっか」

「うん!」

 わ~い、と両手を挙げるすみれ。

 翔がその腋の下に自然に手をやり、持ち上げる。

「ほら、大河ちゃん肩車」

「おれ――あたしか!?っていうか肩車!?」

「だって大河ちゃんの方が背高いじゃない。それに肩車なら絶対迷子にならないし、すみれちゃんも楽しいでしょ」

 すでに目を輝かせているすみれを前に押し出しながら、言う。

 それは卑怯だろJK、などと言いながら大河が背を向ける。

 その肩に、小さな足が引っ掛けられる。両手は頭の上に。

「どうかな、すみれちゃん?」

「たか~い!たいがおねぇちゃんすご~い!」

「喜んでもらえて何よりだわ。さ、行きましょ大河ちゃん」

「……うん。まぁ、いいんだけどね。子供、好きだし」

 落ちないように気を遣ったりする労力を全て背負うことになった大河は、少し不満げである。

 だが何より問題なのは……

「これさ、絶対あたしお父さんポジションだよね」

 男のように見られるであろう、ということだ。

「単色甚平着といてそんな不満言わないの」

「だってこれしかなかったんだもんよ。こないだ服買ったばっかだし」

 ぶー、と口を尖らせる大河。

 その上ではしゃいでいるすみれと、どちらが子供かわかったものではない。

「はいはい。とりあえず綿菓子買ってあげるから」

「お、気前がいいじゃな……いや待て。綿菓子よりもリンゴ飴を買うんだ」

「なんで?」

「あたしの頭の上で悲劇が起こる」

「あ~。なら、すみれちゃんが飽きた頃におやつタイムにしましょ。そうすれば好きなのが食べられるし」

 ひとまずの妥協点を見出したところで、出店の立ち並ぶ中に立った。

 提灯の灯りに照らされた会場は、日頃目にするそれとは一風変わった様相となる。

 そんな空気に、すみれのみならず、大きいお友達である二人も感嘆の吐息を漏らした。

「やっぱりこの空気、いいわよね。日本って感じ?」

「なんとも言えないこの匂いもな」

「おねぇちゃん、おねぇちゃん!おめんやさん!」

 二人と子供の一番の違いは、その目移りの早さだろうか。

 興味の対象を指差しながら催促するすみれに、二人は顔を見合わせて苦笑する。

「いやはや、歳を食ったもんだ」

「まったくね。ほら、お姫様はお面をご所望よ?」

「はいはい。行きますよ~。はっし~ん」

「わぁ!たいがおねぇちゃんはや~い!」

「サラマンダーより、ずっとはや~い」

 駆け足でお面屋の前へ。

 あっちもこっちも、とヒロインのお面に興味津々のすみれ。

 大河と翔も乗り気なのか、物色っぷりは入念である。

「翔、我々のガチャ御大がいらっしゃるぞ」

「この品揃え、大人も子供も衝動買いを免れないわね」

「憎いねぇ。昭和ライダーまで鎮座してらっしゃる」

「あ、こっちシャドームーン様じゃない。映画では散々な目に遭ってたけど、やっぱカッコイイなぁ」

 そんな会話をしていると、ぽんぽん、と大河の頭が叩かれた。

「おねぇちゃん、すみれこれにする~」

 すみれが指差したのは、朝の変身ヒロインアニメの主役だった。

 うんうん。と頷く二人。

「なるほどね。プリティでキュアキュアな」

「翔、たぶんすみれちゃんそれわかんない」

「なんとぉ!同系列の作品でもジェネレーションギャップを感じるとは……」

「愕然とするのは後にしとけ。おじさん、このお面お願いします。翔はどうする?」

「御大で」

「そこの瞼半開きの緑と、あたしは……」

「たいがおねぇちゃんはね、きつねさん!」

「マジか。じゃあキツネさんで」

 大河が財布を開け、勘定を済ませる。

 すぐに三人で頭に装着する。大河だけ明らかに方向性が違うが、それもご愛嬌だろう。

「なぁ、これ、金は?」

「軍資金は千五百円ね」

「奥さん、なかなかシビアだな……」

「ほい、三百円」

 受け取り、財布に納める。

「で、お前の分は?」

「チッ」

「倍額請求すんぞ」

 そんな言い合いをしながら進むこと少々、再びすみれが何かに目を奪われた。

「あ!あー!おねぇちゃん、おねぇちゃん!」

「あいたたたた。すみれちゃん、叩かないでもわかるよ~?」

 ぺちぺち。非力な幼女と言えど、衝撃は衝撃である。

 それとなく諌めて、彼女の指差す先を見る。

 そこには、赤と黒の小さな魚を泳がせた出店があった。言うまでもない、金魚すくいである。

「あぁ、金魚すくいじゃない。やってあげれば?」

「……いや、ちょっと待て」

 大河が店を凝視する。遠目ではあるが、客が楽しそうに遊戯をしている姿が見える。

 そこで、大河は一度だけ頷いた。

「ねぇ、すみれちゃん。大事なお話があるから聞いてくれる?」

「なぁに~?」

 そして、頭の上のすみれに語り掛ける。

「まだ難しいかもしれないけど、すみれちゃんは命に責任が持てるかな?」

「せきにん?」

「そ。すみれちゃんがあそこの金魚さんを取ってきたら、その後どうするかな?」

「おうちでそだてるよ!」

「そうだね。けど、それって金魚さんにとって幸せだと思う?」

「えっ?う~ん、わかんない?」

「そう、わからないよね。ひょっとしたら、あの中に金魚さんの家族とかお友達がいっぱいいるかもしれない。そこから急に離されたら、寂しいでしょ?すみれちゃんも、お母さんやお父さん、翔やあたしと離れ離れにされたら、どう?」

「うん……さみしい」

 泣きそうな顔で金魚すくいの生簀を見つめるすみれ。

 そんな感情を狙い通りに引き出した大河。伊達に子供に物を教えてきたわけではないようだ。

「あそこで金魚すくいをしてる人たちはね、ちゃ~んとそれを考えてる人なの。金魚さんを絶対に寂しい気持ちにさせない人たち。すみれちゃんに、それができる?」

「……すみれ、ママとパパとはなれたくないよ。きんぎょさんもそのままがいいとおもう」

「うん、そっか。すみれちゃんは優しいね。いい子いい子」

 頭の上の、小さな頭を撫でる。

 望み通りの言葉を引き出した大河は、実に上機嫌だ。

「それじゃあ、いい子のすみれちゃんには私がヨーヨーを取ってあげよっかな」

「ほんと!?」

「本当だよ~。あたし、得意なんだから」

 そして子供へのケアも忘れない。

 すみれを再び笑顔にして得意げな大河に、翔が呆れた顔で問いかける。

「で、なんでそんなこと言ったのよ」

「ポイがモナカなんだもん。無理ゲー」

「だろうと思ったわ。まぁ、大事な考え方だと思うけどね」

 やれやれ、と肩を竦める翔。

 それに、大河が喉を鳴らして返す。

「さ、そしたらすみれちゃん。あたしはヨーヨー取るから、翔の方に移ろうか」

「わかったー!」

「あら、バトンタッチ?ドンと来なさい!」

 翔に肩車の対象を移し、ヨーヨー釣りの出店に向かう。

「あ、ごめんすみれちゃん。ちょっと待ってね?」

「うん。いいよ~」

 と、ちょっと行ったところで翔が足を止めた。

 何事かと大河が振り返ると、携帯を取り出して何やらポチポチとやっている。

 翔がそれを終えると、すぐに大河の携帯が鳴る。

 怪訝な目を翔に向けながら、携帯を開く。

 頭の後ろがぷにぷにしてて至福。特にうなじ。うなじ。

 パタン。

 携帯を閉じ、大河はこれでもかと明るく微笑んで見せる。すみれに。

「すみれちゃん。やっぱり降りようか」

「え~?なんで~?」

「せっかくだもん。あたしたちと、おてて繋いで歩こう?」

「わぁ、やったぁ!」



 両手を繋いで上機嫌なすみれの上で、翔が悲痛に顔を歪めたのは言うまでもない。

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