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お色直しといふものを  前編

久々の前編につき、茶番回。

つまり平常運転です。

「お前ばっかズルい」

 唐突に大河がごねた。

 今日は縦スクロールシューティングをしながらである。

 ポッと思いついたような言葉ながら、直後から露骨に翔の自機を押してくる。

「ちょっ――大河ちゃん、壁、そのまま押されたら壁で死ぬんだけど!?」

 一体全体何が不満なのかもわからないまま、協力者に殺されかける翔。

 必死に押し返しているが、当然のように力は拮抗しており動く気配はない。

「お前ばっかズルい」

「何が!?えぇい、もう、ままよ!」

 抵抗に徹していた翔が、意を決してキーを前に入れる。

 もちろん大河に押されるが、翔の操る機体は寸でのところで壁との間をすり抜ける。

 大河は反応が一瞬遅れ、見事に機体を爆発四散させた。

「…………おい」

「おい、じゃねぇでしょうよ!?これ怒るの私の方だからね!?」

 唇を尖らせてブーイングをする大河に、珍しくツッコミ役をこなす翔。

 大河もさすがに復活後は大人しくなったが、それでも不機嫌そうな目付きは変わらない。

 真面目に白と黒の敵を三体ずつ交互に撃破しているのはいいのだが、いかんせん、空気が重い。

「はぁ……それで、私の何がズルいのよ」

 こちらは敵の色の差も何もなく前線で敵を撃破していく。時折死に際に撃ち返される多数の弾にフラつきながらも、何事もなくステージは進んでいく。

 が、その撃ち返し弾が広がって大河に襲い掛かった。

「おわぁ!?だから自機の色同じまま殺すなっつーの!」

 大河は咄嗟に防壁を展開して事なきを得る。

 そのまま、やはり唇を尖らせて答える。

「お前ばっか服が女の子っぽくなってズルい」

 どうやら、メイド服のことを言っているようだ。

 確かに今、明らかに大河と翔の召し物には差が表れている。

 片や、店で使われるフリフリ付きのメイド服。おさげ髪と眼鏡のオプションが付いて、なんと無料のお買い得商品である。

 片や、ジーパンにタンクトップ。これに咥え煙草でもしていれば、骨董もののハードボイルド小説に出て来そうな外観だ。

 そのどちらも着る場面が限られており、共に並ぶ絵はないのだが。

「そう言われてみればそうね。気に入ってるなら返すけど?」

「いや、遠慮する。俺は髪型こそ変えたが、結局そのメイド服着た以外にそれっぽい格好してねぇんだよ。そいつも常用するもんじゃねぇし」

「……なんだかんだで変身願望みたいの強いよね、大河ちゃん。ナルシストなのに」

 ふと疑問に思ったことを口にする翔。

 それに、大河はボス前のデモ時間を利用してチッチッと指を振って見せる。

「甘いな、翔。俺は美しいからこそ、多様な艶姿を見せられるのだ。それを見ないこととは、己の美を発見できぬということ……すなわち機会損失にあたる」

「うわー極限のナルシストだこの子ー」

「正確な自己分析と言ってもらおうか」

 言いながら、パターン化された動きで淡々とボスを撃破する。

 スコア更新もないためすぐに電源を落とし、大河は外出用の身支度を始めた。

 まずは、ブラジャーの着用から。

「とは言え、俺も着道楽というわけではない。外行きの定番セットがあればいいんだ」

「定番ね……大河ちゃんには今のが一番似合う気がするんだけど」

 大河に続いてメイド服を脱ぐ翔。

 綺麗にハンガーを通して保管するあたり、翔にしてはかなり大切にしているようだ。

「さもありなん。だが、よく考えてみろ」

 ジーパンに足を通しながら、指を立てる。

「ギャップ萌え」

「その手があったかッ!」

 クワッ!と翔の表情が締まる。こちらはジャージの下を穿きながら。

「まぁ、そんなわけで今日はあれこれコーディネートだ」

「こぉでぃねぇと……嗚呼、なんて甘美な響き……大河ちゃん、いよいよ私たちは女子の領域に入ってきちゃったようね」

「思い返せば、長い道のりだったな」

「違うわ、大河ちゃん。私たちはまだ登り始めたばかりなのよ。このはてしなく遠い女子坂をね……」

 揃ってダッシュポーズを取ること数秒、着替えが再開される。

 ジャージの翔が僅かに早く支度を終え、そのまま冷蔵庫を開けに行く。

「お前、まだバナナ習慣続いてたのか」

「ふふん。継続は力なり、よ」

 あまり変化は見られないのだが、本人が満足しているのならあえて問うまい。

 大河がそう決断してタンクトップに頭を通す。

「あっれ、縮んでやがる」

 と、以前よりも生地が縮んでしまったらしい。

 洗濯表示も無視な上にアイロン掛けなど当然しない、そんなずぼらな性格が災いしたのだろう。

「やった!臍出しとか超エロい!」

 そうして完成した臍出しルックスに歓喜する翔。

「う~ん……こっから冷えてくる時期だしな。今のうちに秋物を探すか」

「……あれ?珍しくご褒美がない?」

「お前も秋物でいいか?」

「え、あ……はい大丈夫です」

 それを完全にスルーして、大河は軍資金と相談を始めた。

 さて問題は地元で済ませるか、少し遠出してみるか、だな。どうせならいい感じにコーディネートしたい。一応は電車一本でアウトレットモールまで行けるし、あっちなら予算も五桁前半で二セットはいけるよな。この辺りで買えそうなインナーは先に買っておくのもいいか。それに合わせて……いや、逆にするか。帰りに地元でインナーを合わせる方がいいな。うん。さすが俺。完璧じゃないか。

「ちょっと足を延ばすか。行くぞ」

「わかりました」

「なんでですます調なんだ、お前」

「ちょっと反省しまして、はい」

 なぜか態度が卑屈になった翔を連れて外へ出る大河。

 もっとも、そんな状態がいつまでも続くはずはなく、駅に至るころにはすっかり元通りだったが。


「ここが、あの女のハウスね!」

 諸手を腰に当てて、その景観を見渡すように言う翔。

「女は多いけど、ハウスとかどこにもないから」

 大河はツッコミを入れつつ、早速案内掲示板に目を通す。

 店舗ナンバーの振られたパンフレットのマップと照らし合わせ、回るべき店の位置に印をつけていく。

「……大河ちゃんって、買い物楽しんだりしないタイプ?」

「お目当て以外の物を見る時間を惜しむタイプなのは確かだな」

「クソゲーとか引かなさそうよね」

「自慢じゃないけど、あたしは良クソゲーを探させたらかなりの嗅覚だぞ?」

 よし、と印を付け終えて大河が翔の元に戻って来る。

 印の付き具合を見れば、男物の店舗も入っているが、やはり女性向けの方が多いのがわかる。モールのうちの七割近くを回ることになりそうだ。

「へぇ~……こんなにあるんだ。回るだけでもすっごい時間かかりそう」

「相談しながらとかだとなおさら、かな。どうする?分かれて見て回るか?」

 揃って唸る。

 女子っぽく買い物をするとなれば、もちろん共に回る方が良いだろう。

 お互いのチョイスを褒めたり、貶したり。あるいはまた、相手に似合いそうなものを選んだり。

 しかし、翔には一つ懸念事項があった。

「そうね。ちょっと分かれて回ろうかしら」

「平気か?お前、女物の服とか見て回ったことないだろ?」

「そうなんだけどね……ほら、大河ちゃんの服のセンスって、十年に一度のクソゲーをミリオンの確信を持って手に取るレベルだったでしょ?」

 大河は、服のセンスがなかった。

 具体的に言えば――

「お前だって、二次元妹キャラのプリントシャツを着こなしてたクセに」

「それに本気で心配されたのは誰だったかしら?」

 というぐらいに、趣味が悪かった。

 しかし、と大河は反論する。

「まぁ、それは男物の話だ。妹の誕生日に送った服なんかは、超絶好評だったぞ。妹の大学の友人にだからお世辞ではなく、間違いなくあたしのセンスが光ってたはずだ」

 ふふん。鼻息を鳴らして、胸を張る。

 反らせた胸と臍に視線を持っていかれる翔だったが、すぐに立ち直る。

「それでも不安は不安なのよ。私だってほら、星の数ほどの女の子を見てきたわけだし。二次元で」

「なるほどな。お前も一日の長を主張するわけか」

 ニヤリと大河の片頬が上がり、不敵な笑みを見せる。

 八重歯を覗かせるそれは、大河が何か面白いことを思いついた証である。

「ならばこうしよう、今日はコーディネート勝負だ」

「ほう、勝負とな!」

 そしてそれは大抵の場合、感性の似通った翔の琴線に触れる。

「予算に不公平があってはならん。あたしの予定からは少し変わるが、全身ここで揃えるとして四万を上限とする。これに伴って、必ずレシートを貰ってくること」

「了解よ。それじゃあ次は制限時間ね。ザッと見て回るだけで一時間ちょっとかかりそうだから、ちゃんと探してその二倍。三時間にしましょうか。採点はRT(リツイート)Fav(ふぁぼ)で第三者に投げるとするわ」

「承知した。では、これから三時間後にここに集合か」

「それは違うわ、大河ちゃん。私たちには、まず真っ先にやらねばならないことがあるはずよ」

 とんとん拍子にルールが決まっていった先で待ったがかかる。

 その意図するところがわからず、大河は首を傾げた。

「腹が減っては戦はできぬ、って言うでしょ?」

 翔がしたり顔で答えを口にする。

 それに、傾げた首をがっくりと落とし、大河が応じる。

「さっきバナナ食ってたろ、お前」

「なんかね、お腹が慣れちゃったみたいなのよ」

「前よりも肥えるんじゃないか、それ……」



 そんな大河の危惧を余所に、翔はたっぷり二人前相当のご飯を平らげた。

ショッピングってなると、なんでか前後編になってしまう……

あまり長いのもどうかと思うもので、難しいところです。

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