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必殺技といふものを

前回に引き続いての、今回です。お察しください。

 猫耳メイドで飛び出した大河の宣伝効果が高かったということで、オーナーからのお咎めはなかった。

 そんなこともあって、大河の部屋での室内着がメイド服となった翔。

 ジャージでやってきて、さっさとメイド服に着替えて、気分によっては猫耳を付けることもある。

 そんな謎の生き物と並んでゲームをする大河は、今日も下着のみである。

「毎度思うんだが」

「なんでしょうか、大河ちゃんさま」

「なんかお前、いつだかも敬称重ねてたよな。まぁそれも含めて、この組み合わせは絵的にあってはならんと思うんだ」

 そんな自分たちの絵面を、大河がテキトーに嘆く。

 翔も翔で、ふぅむ、と唸りながら猛烈なコマンドを入力している。

「それは私が悪いのか、大河ちゃんさまが悪いのか悩むところですね」

「たぶんどっちもおかしいと思うんだが――ってお前タンデムからタンデムとかハメだろ!俺のシマじゃ今のノーカンだから」

「公式戦でもない家庭の無法地帯で、そのような生温いことを仰ってどうするのです?」

「汚いなさすがメイドきたない」

「汚いは、褒め言葉ですわ」

 第一セットが翔の勝利に終わる。

 そのままルール無用の第二セットが始まるや否や、大河が攻勢に出た。

「え、ちょ、大河ちゃんテクい怖い」

 思わず素に戻る翔に、大河が冷静に返す。

「お前の空中迎撃のタイミングは見切ったからズラしで対処すれば問題ないんだよな」

「なんでリアルパターン分析してるわけ!?」

「格ゲーは手の内をいかに温存するかにかかってるんだよ。一戦目で対応を出し尽くしたのがお前の敗因」

「……ここまで来ると軽い超能力だよね、ゲーマーって」

「俺からすれば、お前みたいな音ゲーマーも一種の超人スキルにしか見えないがな。よし一本」

 二本先取制の勝負ゆえ、次が最後の一戦となる。

 が、すでに大勢は決した。

「あ~、やっぱダメかぁ」

「デムデムがあるからな」

「むぅ、墓穴だったか……これで今日のゴミ出しは私ってわけね」

 あ~ん。と嘆きながら、ベッドにゴロン。

 それから自キャラの悲鳴を聞くこと数秒、翔が何かを思いついた。

「そうだ!超能力!大河ちゃん、超能力よ!」

「何を言ってるんだお前は」

 キッチリとトドメを刺してから、大河はコントローラーを置く。

 それから、目を輝かせた翔に胡坐で向き直る。

「いやね、私思ったのよ。こんだけ非常識な二人組じゃない、私たち」

「まぁそうだな。俺もさっき言ったしな」

「しかも、その二人が女体化しているッ!」

 グッと拳を握る翔。声にも熱が入っている。

 何を言いたいのかぼんやりと察した大河は早くも項垂れているが、そんなことは気にしない。

「こんな超常現象が起きてるんだから、超能力の一つや二つ増えてても不思議ないじゃない!」

「超常現象に巻き込まれても性別が変わっただけで人間であるという軸は変わらないと思うのだが」

 顔を上げることなく返答する大河の声は、それこそ気の抜けた調子だ。

 それでも暴走し始めた翔は止まらない。

「何をマロンのないこと言ってるのよ大河ちゃん!」

「ロマンな。あぁ、モンブラン食いてぇな」

「美少女戦士になりたいでしょ、世代的に考えて!」

「セーラー服が許される年は過ぎてると思う」

「もー!」

 いつまでもやる気の出ない大河に、翔が癇癪を起こす。

 エア卓袱台返しを繰り返し、怒りのアピール。

 それはメイドがすることじゃない、とツッコミを入れた大河の肩を掴んで前後に揺する。

「大河ちゃんだって魔法使いになりたかったタイプじゃないの!?」

「かつての魔法は科学だったと知って理系に進もうと思ったのは確かだが、同時に魔法はなくなったのだと悟った人間だ。俺は」

「夢がない!夢がないよ大河ちゃん!」

「やぁ、夢と言うかだな……俺はこの現状で十分だ」

 ただでさえ急な性転換などという珍事に合っているのだから、それだけでいっぱいいっぱいじゃないのか。

 そんな意図を込めて溜息も一緒に吐き出す大河だったが、翔がそれを正確に受け取れるかどうかは別である。

「私は不足なのよ。なんてったって未経験だもの!男なら三十路までだけど、女の子ならもっと早いかもしれないでしょ!」

「……もう勝手にしてくれ」

 押しに押してくる翔に、ついに諦めの境地に達した大河がゴーサインを出す。

 それにお褒めの言葉などを投げかけて、翔は嬉々として準備を始めた。


 翔が初めに取り出してきたのは、麻雀牌だった。

 どこからツッコむべきか悩みながらも、とりあえずその意図を察して大河が言う。

「やりたいことはわかる」

 テーブルに敷いたシートの上に、手際よく牌を裏に返して並べていく大河。

 翔はそれを、表にならないようにガチャガチャとかき混ぜる。

「さすがね大河ちゃん。サイコな研究にも造詣が深いと見るわ」

「伏せてある牌の種類を当てるんだろ。てか普通それ、トランプとかでやるんじゃねぇの?」

「だってトランプないんだもん、この家」

 どうやらそれも、極端な環境に合わせた翔のチョイスだったらしい。

 全てが裏になった牌を眺めながら、大河が考える。

「まぁ、確かに麻雀も四種に大別できるけどさ。トランプやらのカードと違って、数が等しくないよな」

「……あぁ!?」

 それは考えてなかったと慌て始める翔。

 そんな当然の帰結に、大河は再度の溜息を漏らす。

「んじゃ、ちゃんと片付けとけよ」

「いや、待って大河ちゃん!これはアレよ、私たちの運が開花した可能性を試せっていう神の思し召しよ!」

「お前のポジティブさが憎い。で、どうしろと」

 なんだかんだ言っているものの、飽きるまでは付き合ってやるのが大河だ。

 どこかで、こんな展開も面白いと思っているのかもしれない。

「この中から自分で宣言した牌を引くっていうゲームでどう?」

「確率は三十四分の一、三パーセントだな。わかった」

「で、罰ゲームは次の超能力開発法を発案すること」

「……俺のリスクだけが跳ね上がったんだが」

 まぁまぁ、と宥められて結局は大河もゲームに乗る。

 先攻後攻はジャンケンで決めることとなり、翔が先手となった。

「うふふ。今の私は謎の女子パワーで剛の者と化しているのよ。この一発で決めてあげるわ」

「お前それだと北斗の長兄にヅラ被せたような女子になるぞ」

「と、とりあえず行かせてもらうわよ!私が狙うのは、東!」

 慌てたように目を瞑り、翔は並んだ牌の上に手を翳す。

 気のような、何かそんな感じのものを察知しようとしているのだろう。

 無論、超能力の真似事ごときで当たるはずもなく。

「ありゃ、大目玉だ」

「イーピンね。んじゃ俺の番か」

 う~ん、と唸る。

 何に狙いを絞ろうと、確率に変化などあるはずもない。そして当然、今翔が選んだイーピンも他の牌と混ぜられてしまうため選ぶ価値などない。

 ならば、結局は好みの問題である。

「んじゃ、俺は西にすっか。シャアだし」

「別に牌が赤いとかそういうわけじゃないけどね」

「まぁ、俺のリスクを思えば本気を出さざるを得ないな」

 なんだかんだで、事が始まれば興が乗る。

 耳元の髪を二つ指で後ろへと流し、翔がしたように手を翳す。

 とにもかくにも、形から入るのが好きな二人である。

「超能力などない。手を翳したところで無駄だ。そう思っているのだろう?」

 誰にともなく、語りが入る。

 それを聞くのは翔一人だ。

「違うんだなぁ、これが」

 勝ちを確信した表情で、大河が牌を掴む。

 タァン!

 軽快な音を響かせて表にされたのは――

「白ね」

「うむ。真っ白だ」

 やはりハズレだった。


 その後、四度目で大河が奇跡のツモを果たして勝利したため、翔が再び超能力開発法を考案することになった。

「やっぱりポーズが大事だと思うのよ」

「何を言っているんだお前は」

 同じ日の内に一字一句違わぬ台詞を吐いて、翔を蔑む大河。

 その視線だけで翔の背筋にゾクゾクと快感が走る。が、堪える。

「あんまり見つめないで大河ちゃん。今のあなたの瞳は百万ボルトなのよ」

「どうせならビーム出したいな、それだと」

「あ、それいいじゃない!アメコミヒーローみたい!」

「あんなメカ装着したくないから遠慮する」

 いつものように脱線する。

 二人で一緒に、置いといて、のジェスチャーを挟んで本題。

「なんでポーズが必要なのかと小一時間」

「やっぱり必殺技にはキメポーズでしょ」

「もうツッコまないからな!?」

 いくらでも路線変更のレバーを仕込んでくる翔に、最終兵器であるツッコミ放棄で応じる大河。

 翔の今日の勢いは、いつにも増して難敵である。

「まぁそれは置いといて。何にしてもほら、技能の発現には予備動作が必要でしょ。ライダー然り、魔法少女然り、戦闘民族然り」

「つまり、俺たちの隠された能力にも予備動作が必要だと」

「そういうことよ!さすが大河ちゃん、理解が早いわ!」

 褒められているのに、嬉しくない。大河の口角が自然と下がっていく。

 対する翔は、超が付くほどのご機嫌だ。

「それで、目指すは何で、どんなポーズが必要なんだ。いつもの背伸びでいいのか?」

「いやぁ、必殺技は必殺技だけど、流派東方不敗はいらないかなぁ?」

 個人的お気に入りポーズを否定され、大河は少しだけ肩を落とす。

 その横で翔がパソコンを弄って参考動画を見つけてくる。

「とりあえず必殺技の前に、魔法少女の変身からいきましょう」

「とりあえずって……魔法少女の変身って初歩なのか」

 翔の中の謎ランキングを訝しげな視線で受けながら、実際の変身シーンを吟味する。

 謎の光シルエットで全身を隠しつつ、次々に衣装が出現して肌の色を取り戻していく。

「何度見てもこういう変身シーンは良いな」

 少しずつ完成していく過程を眺める大河の目は、慈愛に満ちていた。

 成長する娘を見るような、父性……いや、今は母性を思わせる瞳だ。

「またぐらがいきり勃つ、大河ちゃん!」

「今度から通園ルートの見回りは俺だけで行くわ」

 それとは対照に煩悩丸出しの翔は、即座に目を潰された。

 ゴロゴロと床を転がる翔は気にも留めず、大河はじっくりと動画のチェックを続ける。

「最初は、こう……で、次はこっちに……ちょっと腰を捻って、手を……う~ん、なんかイマイチだな」

 唸る。そして、全身鏡の前で何度となく振付を繰り返す。

 変なところで完璧主義を発揮する大河を、視力の回復した翔がぼんやりと見つめつつ、あれやこれやとアドバイス。

「大河ちゃん、もうちょっと右腕突き出す時に肘を外に捻る方がいいと思うの」

「こうか?」

「や、もうちょっと、ぐりん、て」

「こうか!」

「うん、勢いが増していい感じ!でも軌道が不安定かなぁ……」

「ならば、そこは上半身を固定して力で押さえる」

 ダンサーと振付師のような状態が一時間以上に渡って続く。

 そうしてステップ、手の振り、軸のバランス、動作の緩急、視線の投げ方、一切の妥協を許さない変身ポーズが完成された。

 だが、まだ納得とまではいっていないようだ。

「ダメだわ大河ちゃん、今のままじゃ変身できないみたい」

「クソッ!これ以上、俺のどこに問題があるって言うんだッ!」

「もう一回、もう一回よ大河ちゃん。それで、あなたに足りない物を私が見つけてみせるから!」

「翔……あぁ、頼む」

 汗を散らしながら、懸命に決められたポーズを繋いでいく。

 その表情に遊びなどはない。真剣そのものと、口元はきつく結ばれている。

「わかったわ大河ちゃん!」

「本当か!」

 ポーズを終え、縋り付く大河に力強く頷いて見せる翔。

 いつになく頼もしいその口から紡がれた答えは――

「今のあなたに足りないのは、変身を楽しむ心よ!」

 精神論。

 しかし、一理あると大河も頷く。

「なるほど。変身シーンに笑顔の入らない魔法少女はいない」

「でしょう!?」

「するとアレだな、変身台詞も必要か……」

「それは盲点だったわ!見た目だけじゃなく、言霊を乗せなきゃいけなかったのね!」

 互いに目を合わせ、不敵な笑みを浮かべる。

 いよいよ二人とも満足の行く解に辿り着いたようだ。

「衣装を借りるわよ、かけるちゃん!」

「ばっち来なさい、たいがちゃん!」

 注文を受けるや否や、翔がメイド服を脱ぎ、大河に手渡した。

 一度は袖を通した制服だ。大河は迅速にそれを着用し、親指を立てて見せる。猫耳付きで。

「変身用ミュージックは任せなさい!」

 翔が定番の変身シーン用の音楽をどこかから見つけ、携帯で流し始める。

 ピロリロリン、とイントロが流れる。音の発信源である背面が正確に大河へと向けてられており、必然的に高揚を促す。

 お膳立てはこれにて万全、と頷く翔。

 大河は、ゆっくりとその正面に立つ。余裕を湛えた表情には、不足していたはずの、この瞬間を楽しむ心が確かに宿っている。

 今こそ最高の変身を見せよう。そんな気概すら感じられる。

 語りの時間が、始まる。

「苦悩が渦巻くこの世界、現に怯えるその日々に、架空の光を与えましょう」

 即席の語りにしては語感が良い。

 常日頃からこんなことをしている証左だろう。

「さいん!」

 左右のステップで足を開き――

「こさいん!」

 右腕を水平に横に掲げ――

「たんじぇんと!」

 その逆を向くようにして流し目に。

 音の区切りごとにキレのいい動きでポーズを決める大河。

 大興奮でそれを見つめる翔。

「虚数系メイド少女、たいが~・あいっ!」

 あいっ!の音に合わせて、身体の前に大きく『i』の筆記体を描く大河。

 人差し指を立て、右腕をぐいん。さりげなく視聴者向けの書き方なあたり、芸が細かい。

 そのまま左に至った右手は、頬のすぐそばに添えられる。さぁ、キメ台詞。

「いざ、いんふぃにてぃ!」

 バチン、とウィンクが付く。

 メロディ一杯をきっちり使いきり、ピコ~ン、と〆に音が鳴る。

 やりきった感の大河を、翔が感涙と拍手で迎える。

「素晴らしい……素晴らしいわ大河ちゃん」

「そうか!これで次は必殺技だな!」

「えぇ。そこは任せといて、私が完璧な編集をするから!」

「……え?へんしゅう?」

 首を傾げる大河。

 それに、翔は極悪な満面の笑みで答える。

「そうよ。今の変身シーンは、すでに世界に向けて発信されたわ」

「……わっつ!!?」

「ムービーで配信したってこと。あとはこの動画に各種エフェクトと効果音を付けて、ビフォーアフターでアクセスを稼ぐの。ほら、今はこんな感じ」

 突き出された携帯の画面を食い入るように見つめる。

 そこには、いい笑顔でわけのわからない台詞を口走り、おまけにウィンクまで決めて、最後にはキメ台詞を恥ずかし気もなく披露する自分の姿があった。

「うううぅぅぅぅぅ!」

 恨みがましい目付きで翔を睨む大河。だが、携帯を破壊したところで、すでに配信されたものは消せない。

 この男のことだ。場末のどこぞにもアップして避難場所としていることだろう。メジャーどころを抑えたとて、何度でも復活するのは目に見えている。

「うふふ。とりあえず、最後のウィンクで星が出るようにしてあげる。二次元アイドルの必殺技、スターウィンクってやつね」

「うにゃあああぁぁぁぁぁぁ!!」

 そんな現実に耐え切れなくなった大河は、再び猫化して外へと飛び出して行った。

 残された翔は、こちらも再び地に膝を着いて天を仰ぐ。

「たいがちゃん萌えええええぇぇぇぇぇぇ!!!」



 翌日。存外に伸びた再生数に満更でもない大河がいた。次はスク水少女だそうで。

まさかの二話同形オチ。

これにて翔ちゃんによる『大河ちゃんを泣かせてor鳴かせて萌える計画』は終了です。

来週からまたしばらく多忙になりますが、それが過ぎればまた定期更新に戻れると思います。それでは、行ってまいります。

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