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つぶやきといふものを

 兎にも角にも、理解できないことはあるものだ。

 大河にとっても、今、目の前で翔がしていることがよくわからない。

「なぁ翔、お前それ何が楽しいわけ?」

 携帯をカチカチやっている翔に問う。

 中毒というほどではないが、大河と比べて明らかにその頻度は多い。

 いやむしろ、大河が携帯に触らなさすぎるのかもしれないが。

「楽しいっていうか、なんだろ、習慣みたいな」

 操作を終えた翔が、携帯を仕舞いながら答える。

 それからおもむろに大河を指差して、逆に問う。

「それよりも、大河ちゃんは携帯を何に使ってるの?」

「電話とメール」

 当然のように言い放つ大河。

 翔はそれに長い溜息を吐き、やれやれと首を振った。

「大河ちゃんは淡白だなぁ。女の子なんだからもっと使いこなさないと」

「いやまぁ……今時と比べたら俺の方がマイノリティなのかもしれないけど、その、なんだっけ、ツイッターだとかフェイスブックだとかの、う~……」

 言葉が出てこないのか、大河が唸る。

 なんとなく意図を察した翔が、あぁ、と頷いて。

「ソーシャル系ね」

「あぁ、うん、それ。それってさ、ぶっちゃけどうでもよくねぇ?あんなの投稿するのに逐一時間を割き続けるとか馬鹿だろ」

「……大河ちゃん、その発言は全国の女子を敵に回したと言っても過言じゃないわよ?てゆーか、ゲームに時間割いてる人間が言っていい台詞じゃないわ」

「ん、まぁそれは確かに。けどそれって、ゲーム感覚で楽しめるものなのか?」

 大河の純粋すぎる質問に、今度は翔が唸る。

 楽しむ、という感覚は個人個人で基準が違う。

 それゆえに返答に困るのは当然だ。大河もそれをわからないほど愚かではない。

 つまり、最初の問いに、より具体的な回答を求めているだけ。

「ゲームとは違うかなぁ。日記を一行ずつ書いて、それが衆目に晒されることで情報として共有されていくのが面白い……のかなぁ?」

「お前にもよくわかってないのか。やってるのに」

「言ったじゃない。これは習慣なのよ」

「ふ~ん……なぁ、ちょっとその画面見せてくんね?」

 え~、と口を歪めながらも、翔はもう一度携帯を開いて大河に渡す。

 受け取った大河は、ペコペコとボタンを押して内容を辿る。

 初めは多少の好奇で覆われていた表情が、ボタンを押す度に曇っていく。

 最終的には、まさに辟易といった顔になった。

「こんな自分に何の関係もないことに、わざわざコメントを返してやるのが理解できねぇなぁ」

「まぁ、大河ちゃんが言ったように、どうでもいい情報がほとんどだからね」

「他人にとって有益でもないような情報を垂れ流しにして、傍受する側もそれを見て満足してるってことだろ?何が目的なんだ、これ……」

「大河ちゃんはもうちょっと文明や文化に対して広い視野を持つべきだよ。とりあえず、何事もコミュニティの中に入るのが一番の経験で理解に繋がるし、やってみたら?」

 言って、翔が手を差し出す。

 そこに、半信半疑どころか全疑の瞳で、大河が自分の携帯を乗せる。

 何の苦も無くそれを操る翔。あっという間にサイトに接続し、そのままサッサと登録まで済ませてしまう。

「はい。これで大河ちゃんもいつでも一行日記が書けるわよ」

「あぁ……とは言え、何を書けばいいんだ?」

「さっき他の人のみたでしょ?気楽になんでも報告すればいいのよ」

 なるほどな~、と頷いて。大河は携帯片手に固まった。

 恐らく、真面目に文面を考えているのだろう。まったくもって、気楽ではない。

 それも性分である。翔は何も言わず、大河の初投稿を待つ。

「よし。これでいいだろう」

 そうして記念すべき第一声がネットの世界に上げられた。

 翔が早速チェックに走る。

「友人に誘われるままに始めてみました。よろしくお願いします……ねぇ」

「無難だと思うが、どうだ?」

「え~と、大河ちゃんもうちょっと肩の力抜いたら?っと」

 呆れた調子で翔がコメントを返す。

 ちょっとして異常に気付いた大河が翔の両肩を掴んだ。

 そのままガックガックと前後に揺する。

「いきなり本名バラすとか犯罪だろ!?」

「いやいやぁ、ハンドルもタイガチャンだから大丈夫だって~。まさか本名でやってるとは思わないっしょ~」

「そういう問題じゃねぇよ!?」

 しばらくガクガクとやられ続けていた翔が、訂正するつもりはないと明言する。

 ちくしょう!と叫んで、大河は意趣返しにかかる。

「いじわるだなぁ翔ちゃんは……よし送信!うはは、どうだ!」

「あぁ、私のネーム最初からカケルチャンだから大丈夫」

「お前もネットでの本名バレがどんだけ恐ろしいか聞かされてきた世代だろうが!?」

「時代は進んでいるのよ大河ちゃん……それに、よしんば本名だとバレたとして、突然女子と化した私たちが簡単に特定されると思う?」

 む。と大河が思案に入る。

 確かに、それも一理ある。一夜にして性別が逆転して外見も変わったのだ。果たして、どこに今の二人を特定できる者がいるだろうか。

 いや、いるはずがない。

「……まぁ、不問にしておこう」

「そうそう。軽く開き直ることも大事よ、大河ちゃん。さ、それじゃあお出かけしましょうか」

 大河がとりあえずの納得をしたところで、翔がさも当然のことのように言う。

 すっかり寛ぎモードで上半身裸だった大河は、頭上に疑問符を浮かべる。

「なんか用事あったっけ?」

「わかってないわね大河ちゃん。これをきっかけにお出かけして、色々ネタを探すのが女子流なの」

「え、やだよめんどくさい」

 そしてこの即答である。

 翔がその頬を摘まんで引っ張る。と、ようやく着替えを手に取った。

 ブツブツと文句を言いながらも支度を整える大河。

「ちょうど昼時っちゃ昼時だし、おかずの買い出しに行くか」

「いいじゃない。じゃあ、え~と……」

 靴を履く大河をよそに、翔は何故か冷蔵庫を漁っている。

「うん。オッケー」

「……バナナ食いながら行くのか?」

「気付いたのよ。予め少し食べておくと、いつもより少なめの量でなんとなく満腹感が得られるって」

 歩きながらの飲み食いってどうなんだ?

 そう思いながらも、翔のダイエット努力を無下にはできないという結論に身を委ねる。

 そして、翔から見えないようにしてさりげなく一言つぶやいておく。

 バナナ猿と一緒にお出かけします、と。


 もっくもっく。ハンバーガーでも食べるかのようにバナナを頂く翔。

 それを隣に置きながら、大河は平然と住み慣れた町を歩く。商店街の惣菜屋を目指して。

「なぁ翔、今日は何の気分だ?」

「ん~とね、そういうのもつぶやいてみたらどう?返事来るかもよ?」

「飯のおかずまで人任せなのか……まぁいいだろう。じゃあ、到着までにコメントなかったら適当に決めるぞ」

 今日のおかずは何にしようかな?

 そんな一言を、誰にともなくネットの世界に投げつける。

 何が食いついてくるかわからないという点で釣りに似ているな、と大河は思う。

 そうして徒歩で三分ほど。

「はい着いた、と。じゃあ早速見てみるか」

「ふふふ……恐れ戦くがいいわ」

 不穏な笑みを浮かべる翔を軽くひっ叩いて、大河はページを更新する。

 と、数件のコメントが付いていた。

 気付いた瞬間、大河の背筋に悪寒が走る。

「……え、なにこれこわい」

「数の暴力ってやつね。分母が大きいから、大河ちゃんのつぶやきを見つける人間も出て来やすいの。まぁ、私の方でも、友達をよろしくって言っといたから」

「暇人が多過ぎだ。なに、こいつらそんなにコミュニケーションに飢えてんの?」

 せっかくコメントをしてくれたというのに、大河は情け容赦なくこいつら呼ばわりである。

 それでも寄せられた言葉にはしっかりと目を通す。

「海藻サラダという意見があったので採用する」

「じゃあそれも報告だね!」

「む、そうだな。それじゃあ……」

 再び悩み始める大河。

 今度は意見を受け取ったということを、謝辞を入れて伝えねばならない。そうなると必然、文面にも注意が必要だ。他者に向けたメッセージである以上、失礼があってはならない。

 そんな風に眉間に皺を寄せて悩む大河のことは放っておいて、翔はさっさと店に乗り込んで海藻サラダを買ってきた。

「よし送ったぞ。さぁ、サラダを買おう」

「もう買っておいたから。で、サラダ以外はどうするの?」

「なんだと!?え、えーと……あ、コメント増えてる……おぉ、餃子か。そうだ、たまには餃子もいいな」

「じゃあ報告しておきなさい。買ってきてあげる。何個?」

「あぁ、頼む。二人だし十五個入りのやつで」

 大河が返事に悩んでいる間に翔が行動する。

 結局、それを汁物に対してまで発揮し、今日の献立はすべて人任せである。

 そうして一通りを手に帰る頃には、大河も慣習に慣れつつあった。

「楽しさが少しわかったぞ」

「それは何よりだわ」

「掲示板のアンカーと同じだな」

「あぁ。確かに今の楽しみ方はそれだったわね」

 今回はそんな過去の経験も手伝っての理解である。

 しかしそれは、あくまで一面にしか過ぎない。大河はすでに、他の楽しみ方を聞いている。

「後はあれか、日記を晒す楽しさか……」

「そうね。そっちも試してみましょうよ」

「う~ん。なんつーか日記というより報告書みたいな感じに思えてどうにもなぁ……」

 またもやブツブツと文句を言いながら歩くこと三分。

 あっという間に家についた二人は、さっさとおかずをテーブルに並べていく。

 手を洗えだのなんだのとやってから、大河はご飯を一杯、翔は豆腐一丁を食卓に加える。

「はい、ここで女子力が試されます」

「ふぁんふぁお!?」

「……食べ始めるの早くないかなぁって思うよ?」

 やれやれ、と翔が肩を落とす。

 そして、大河が箸を置いたのを確認してから、携帯を取り出し食卓をパシャリ。

「みんなのアドバイスでできた、今日のお昼ご飯――ってな具合よ」

「なるほど。写真を上げるのか」

「そうそう。絵日記感覚ね」

 よし俺にもやらせろ、と早速教えを乞う大河。

 そして、真剣な顔で一枚。

「む……ブレた」

「撮り慣れてないのね」

「いや、この……あ、またブレた……ボタン押す時の力加減……クソがぁ!」

 瞬く間に怒り心頭していく大河を、翔はさりげなく写真に納める。

 大河が写真一枚に四苦八苦しているその隙に、手早く目線加工してアップする。

 私の嫁が写メで悪戦苦闘するぐらい不器用で可愛い、と。

「お、やった!まともに撮れた!」

「よかったねぇ大河ちゃん」

「……なんでお前はホクホク顔なんだ?」

 そんなことがあったとは露知らず、手順通りに食卓報告を済ませる大河。

 すぐに翔が確認してみると、我慢できなくてちょっと食べちゃいました、とフォローの一文が入っている。

「キャラちが~う」

「うるせぇ。とりあえず、これでやっと飯が食えるな」

 箸を取り、大河が改めて昼食に取り掛かる。

 翔もニヤニヤしながらサラダを一口。

「しかしなんかこう、これが習慣になるってのがまだわからん」

「ん~。でもアンカーの楽しみはわかったでしょ?」

「まぁな。しかしこういう食卓報告とかってなると、監視みたいじゃないか?行動の束縛っていうか……マゾい連中が多いのか、日本には」

「男性の六割がロリコンの国だからね。変態さんはいっぱいいるんだよ」

「……ってことはロリコンでマゾも多いのか。恐ろしすぎるな」

 そんな具合で、いつものように会話をしながら食事を終える。

 器を洗い、可燃不燃もきっちり分別して袋にまとめる。

 諸々と終わったところで、大河がページを更新。

「ん、アドバイスくれた人が喜んでくれてるぞ」

「最も身近な民意の採用だからね。そういう反応があると、上げた側も嬉しいでしょ?」

「まぁな。あと、大河ちゃん結婚してくれ、系のメッセージが何件か飛んできてるんだが」

「わー、大河ちゃんすごいねー」

「おいなんだその棒読みは。お前まさか……」

 ガチガチガチガチ、と連打もいいところの勢いでページを巡る大河。

 瞬間、翔は部屋を飛び出した。

「ちょ、お前マジで何しやがっ……ぁ、出、たおぉぉぉ!?これ、写――翔ゥ、てめェェェ!!」

 それを、自分の目線付き画像を見た大河が、鬼の形相で追走する。そのあまりの剣幕は、周囲が全力で距離を置くほどである。

 さすがに本気と悟ってか、ランニング時の泣き言などどこへやらと翔が逃走劇を繰り広げるも、結局は数分でお縄となった。

「はぁ、はぁ、ご、ごめん大河ちゃん、はぁ、つい、衝動が、はぁ……」

「お前この野郎その自制心のなさはいい加減にしとけよ?あ?」

 胸倉を掴んで、けれど涙目で翔に訴えかける大河。

 責められているのに攻めているような奇妙な感覚に、翔の息がさらに荒くなる。

「はぁ、はぁ、大河ちゃん、その表情、すっごい興奮すりゅぐううぅ!?」

 それは、鳩尾への一撃で即座に止められた。

「お詫びを要求する」

「はっ、く……この所業から、求めるもの……?」

「あたしの負った心の傷は深い」

 先の鬼の追跡と、今なお潤んだ瞳が、大河の言葉に信憑性を持たせている。

 そんな様子から、翔も自身の行動が琴線に触れてしまったことを悟り、頭を下げた。

「あ~と……悪かったわよ。飲み代で妥協してくれない?」

「……ん、手を打とう」

 ずびっ、と鼻を啜り、人差し指の甲で涙を拭う大河。

 すぐにスイッチが入りそうになった翔だが、ここはグッと堪えてみせた。

 そして、ポンポン、と大河の肩を叩くと、いつもの呑み屋へと歩き出す。

「あ~あ。変にオススメしなければバレなかったのに、失敗だったかなぁ」

 しかし、まるで反省の色が見られない発言で台無しである。

 大河も呆れ半分怒り半分といった目付きで翔を睨む。

「これからもお前のは要チェックだとわかった。しかし……」

 再び携帯を開き、今なお増えているコメントに目を通す。

 批判的なものもなく、誰もが一つの切っ掛けを得ることでコミュニケーションを楽しんでいる。

 その中心に自分の発言がある不思議を再度確認し、大河は笑った。

「これは、アレかね。軽いネットアイドル気分にでもなるのかねぇ」

「それもあるかも。せっかくだしネットアイドルデビューしてみる?」

 暖簾を潜り、奥まった席へ通してもらう。

 そして、いつも通りに注文を終える。

「馬鹿言うなって。それにつぶやくのだって、今日は次の一回で終わりにするって決めたんだ」

「ん?バナナ猿と飲んでます?」

「いいや違う」

 言い終わって暫く、翔が首を傾げているところに一杯目が届く。

 大河はすぐにそれを写真に納め、一言つぶやいた。

 今日もショットガン。



 翌朝。翔はドアの開け様、チャイナで自画撮る大河を発見し……そっとしておいた。

大河ちゃんは軽度のナルシストなんですよ。たぶん軽度。

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