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モーニングコールといふものを

自己判断に基づき警告タグこそ付けておりませんが、読者の方の中にはこの作品を特異な『ボーイズラブ作品』であったり『ガールズラブ作品』であると判断なさる可能性がミノフスキー粒子レベルで存在します。

が、書き手である私、ゆすてるの意図にそのようなものは一切合切ございませんので、無用な騒ぎはご容赦ください。

このことを了承して頂いた上で、稚拙ではございますが、日常系女体化ものを楽しんでいただければ幸いと存じます。

 肉が引越したのだ。きっと、小人さんの助けを借りて。

 眠りから醒め、しばらくして、かけるが抱いたのはそんな感想だった。

 彼がそんなことを思った経緯は、具体的に言えばとてもわかりやすく、それでいてあり得ないレベルで難解だ。

 暗がりの中で起床して、少しぼんやりしてから身を起こす。その時に、違和感を覚えた。

 何やら、妙に皮膚が張る。

 腹の贅肉とは長い付き合いゆえに、気にするようなことはないのだが。

 どうにも、これは勝手が違う。

「うむぅ?」

 そっと、腹に手を当ててみる。

「むぅ!?」

 ない。

 これまでおよそ十年近く連れ添ったはずの、将来はトルネコ確定ものの、余分なお肉がない。

 異常事態である。意識が警鐘を鳴らし、両手でわたわたと、失踪してしまった相棒を探す。

 腰回りの浮輪肉も、内股の赤擦れた肉も、どちらも消失していた。

 もはやパニックだ。

 しかしそれでも。最後の望みをかけて、自らの胸に手を当ててみる。

「お、ふぅ……」

 えも言われぬ快感が走る。

 はて自分はこれほどに変態だっただろうか? まぁ変態であることは事実だが、この類ではなかった。

 首を傾げながら、とりあえず揉んでみる。

 凝り固まったような、硬くはないのだが柔らかくもない、肥満男児の胸がある――はずだった。

「あれ?」

 柔らかい。とても。

 なんだろうか、ゼリーでも揉んで、いや、スライム――むしろ、搗きたての餅か?

 とにもかくにも、そこには手に吸い付くような、弾力ある胸があった。

 そうして、翔の思考は冒頭に至る。

 肉が引越したのだ。きっと、小人さんの助けを借りて。

「そんなわけあるかっ!」

 自分自身にツッコミを入れながら、立ち上がる。

 慌てているようで、だというのに笑みを浮かべながら、翔は洗面所へと急ぐ。

 鏡に映し出された己と対面し、その笑顔は一層に際立った。

「我が世の、春が来たあぁぁぁ!!」

 大声で叫びながら、翔は両の拳を天に掲げてガッツポーズを決める。

 今の彼にとっては家族の、隣人の迷惑など知ったことではなかった。

 再び、鏡像と目を合わせる。

「女だ。いや、女子だ。否、女の子だ!」

 自分の頬をつねったり、撫でたりしながら、なお歓喜する翔。

「寝て起きたら性別が変わっていた。漫画やアニメやラノベやらで飽きるほどに見てきたシチュエーションが、よもやこの身に降りかかるとは!」

 彼……いや彼女とするべきなのだろうか?

 彼女は即座に自身のステータスを把握するべく、あれこれと自己分析を始める。

 まずは何よりも目につく、顔である。

 男児だった頃からサイズダウンした、安定の卵型。ちょっと横にふんわりとした輪郭をしている。

 眉は何の手入れもされておらず、もそもそと勝手気ままに生えている。しかし、モノがあるなら整えれば見れたものになる可能性はある。

 瞳は相変わらず濁っているが、そんな中にも生き生きとした輝きがあるだけマシだろう。サイズは並で、奥二重。眼鏡のオプションがついている。

 鼻は高くもなく、低くもなく。これがあと数センチ高かったとて、歴史が変わるようなことはない。

 唇は血色の良い薄手である。触れてみればぷにぷにと柔らかい。翔はチェックついでに近年流行のあひる口とやらを模してみようとしたが、よくわからずにやめた。

「なかなかどうして、俺……私も捨てたもんじゃないわね」

 ふふん。と鼻を鳴らす。

 続けてボディチェックに移る。

 身長は以前よりちょっと低くなり、女性の平均身長程度、というところか。

 特筆すべき、優先すべきはやはり、肉が引っ越した胸だろう。トップからアンダーの差は、恐らくDは下らない。贅肉万歳を三唱する翔である。

 次いで、引っ込んだ腹。さすがに全解消とまではいかないが、ちょびっと余る程度に減ったことは素直に喜ばしい。

 それから、下半身。翔にとっては、あったはずのものがなくなり、寂しくないと言えば嘘になる。が、とりあえず好奇の赴くままにヒップラインを露出させてみる。以前であればひび割れを起こしていたそこに跡はなく、艶やかな柔肌が外気に晒された。

「ふむり。自己診断では中の上から上の下か。良き哉、良き哉」

 肯く翔。

 それから程なく、喉を鳴らしての笑いに移行する。

「クックック……よぉっし!このワガママボディで、あやつめを籠絡してくれる!」

 どうやら、陥めてやりたいような人物がいるらしい。内容からして、相手は男に違いない。

 不安より先にそんな発想が飛び出すあたり、神経は図太いようだ。

 意気揚々。翔は外へ飛び出そうとして、はたと気付いた。

「服がないではないか」

 元は、男である。性が変わったことが神の気まぐれであれ何であれ、それはその身に起きたことでしかなかった。

 辺りに散らばっているのはどれもこれも、男物。しかもだいたいが大柄サイズで、今の翔には使用に耐えない。

 どうしたものかと一思案。そして、名案が浮かんだらしくクローゼットを漁り始める。

「確かこう、奥のほうに……お、あった」

 引っ張り出してきたのはジャージ。あちこちが伸縮可能なその特性は、まさしく現状にうってつけだ。

 早速と四肢を通し、前を閉じる。下着は全面的に却下した。

「まぁ、ジャージでうろついてるのも見かけるし、大丈夫だろ」

 気を取り直してスニーカーを履き、外へ。

 朗らかな日曜の昼を前にして、日光はその猛威を遺憾なく発揮している。

 そんな陽光に後押しされて健康少女でも意識したのか、翔は何故かジョギングで目的地へと向かう。

 そして同時に、女性特有の難点に直面した。

「これ、ブラジャー装着は急務だな」

 それでも頑としてジョギングを続け、相手方の家に到着する。アパート一階、角部屋。表札さえ出ていない。

 おもむろに、翔は扉の投函口に手を突っ込んだ。手前側を探り、何かを掴む。

 ひょいと手を抜けば、そこには鍵が握られていた。電力メーターやら植木鉢の下よりは、幾分かマシな気がしなくもない。

 そんな鍵でロックを外す。同時に、翔の顔に下卑た笑みが浮かぶ。

「クックック……見知らぬ美少女がおはようを告げに来るなんて、大河の困惑する顔が目に浮かぶな」

 住人の名は、大河たいがと言うらしい。

 翔は静かに戸を開き、コソコソと身を捻り入れる。泥棒さながらに。

「いやしかし、色情魔の大河のことだ。劣情に任せて襲われてしまうかもなぁ」

 物騒なことを言っている割に、翔は楽しそうである。

 ニヤけながら、何故か発砲スチロールが全面に張りつけられた室内を、ゆっくり進む。

 明かりはもちろん点けないが、大河は補助電灯を点けて寝るタイプらしく、十秒もすれば翔の目も慣れていた。

 必要なもの以外は不要と言わんばかりに、物のない部屋だ。

 そんな中でターゲットは、寝床兼ソファとして機能しているベッドで、布団にくるまり寝息を立てていた。

「ん、んん、あ、あ~、あ~……よし、こんなもんかしら」

 声の調子を整えて、深く息を吸う。

 いよいよ、美少女によるモーニングコールである。

「おっはよう、大河!早く起きないと朝礼に遅刻しちゃうぞっ!」

 ばさぁ。と満面の笑顔で布団を引き剥がす。

 ここで目を醒ました大河は、見事に見ず知らずの美少女と顔合わせをする――はずだった。

「……へ?」

 再び、はずだった、である。

 驚愕し、動けずにいる翔を余所に、寝ていた人物がむくりと起きあがる。

 そして、傍らの翔に目を向ける。

「どちらさまですかねぇ?」

 トランクス一枚の、スレンダーな女性が、そこにいた。

 翔の知らない彼女は、ポリポリと頭を掻きながらベッドの上で胡座を構える。

 相手が珍入者であっても、その行為に悪意を感じなかったがゆえだろうか。それとも、今の翔が女の外観ゆえだろうか。

 女性の対応からは妙な余裕さえ感じ取れる。

「あ、あの……え、と、あれ?」

 混乱したのは、翔の方だった。

 まさか。まさか。そんなことがあっていいものか!?

 ぐるんぐるんと思考が翔の脳内を迷走している隙に、女性は少しずつ現状を吟味し、推察を進めていた。

「……ん?さっき俺の名前呼んでたよね?」

 掌で翔を指し示しながら、女性が尋ねる。

 俺の名前。

 その言葉で、はっきりした。してしまった。

「どおしてお前もなのよおおおぉぉぉぉ!!」

 翔が発したのは、まさに絶叫だった。

 思わず女性は耳を塞ぐ。が、おかげで意識もはっきりとして、状況の理解は急加速。

「この無駄な声量を持ってて、勝手に部屋の中にいて、お前っていう慣れた呼び方……お前、翔か!」

「なんで一発でわかっちゃうんだよ!?外見どころか性転換だぞ!?」

 相棒の推理の異常に、追加で悲鳴をあげる翔。

 対して大河は、うぃっひっひ、なんて声で笑う。

 が、彼……いや、こっちも彼女としよう。彼女の思考は止まらない。

「あ、お前さっき『も』っつってたよな」

「言った」

「つまり、俺も?」

「うん。お前も」

 言われ、大河は翔と目を合わせたまま、左手で胸を、右手で股間を触る。

 もぞもぞとそれが動き、数瞬の制止。その後。

「我が世の、春が来たあぁぁぁ!!」

 迷惑な叫び声もまったく同じに。誰かさんと同じようにガッツポーズ。


 かくして、実に得のない幕間劇が始まった。

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