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光と影の国  作者: 以春
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6.小さな反対者

 西の国のお城は、高く白い城壁に囲まれた敷地の中にいくつかの建物をもっている。正面の門から入ると巨大な建物が庭の向こうに佇んでいる。これが本館と呼ばれる、いわゆる王の住まいだ。本館には謁見の間や来客室、大宴会場など外からの客をもてなす部屋が数々あるほか、王の自室もある。それ以外にも王族の者が使えるようそれぞれに部屋が用意されており、白の騎士の選考会の朝に庭を眺めていたアーシュの部屋もここにある。

 そして横に広い本館の裏手には、いくつかの館が建っている。本館に比べれば小さな造りだが、それでもひとつずつが貴族の別荘などよりもはるかに大きい。その館のひとつひとつはそれぞれの王族に割り当てられており、第一王子、アーシュ、第二王子が一館ずつ管理し、現在空いている館のひとつは政務官や財務官の仕事場として使用されている。

 今アーシュたち一行が向かっているのは、一番本館から離れたとことに建つ城壁に近い館だった。それぞれの館は建物同士が完全に離れているので、庭を歩いて移動することになる。

 イオンは庭に造られた馬でも余裕で通れる広めの道を歩きながら、この道は行き来したことがあるなと思っていた。西の国に着き、荷物を下ろす暇さえなく引っ張り込まれたのはこの先にある館の地下だ。そして選考会を目前にした夜、連れ出され向かったのは今背後にある本館のアーシュの部屋だ。

 (この先にあるのはアーシュのお家ってことになるのかな?)

 今まで住んでいた環境とはあまりに違うため、イオンにはどうもぴんとこない。小さな部屋をみんなで分け合うように過ごしていたイオンに対し、アーシュは大きな館を自分のものとしているのだ。

 「ここが第二館、私の館よ。って、ディックとリンクスには今更だけど」

 アーシュの指し示す先には濃い茶色の壁が重厚感を醸し出す立派な館が見えた。お姫様のお城というには可愛らしさが少々足りないような気がするほど歴史的で、知的な雰囲気をまとう館は資料館や博物館を連想させる。

 「すげぇな……。オレの家、いくつ入るかな……」

 「第一館と第三館はもっと大きいわよ。まぁ、大きさとか私にはどうでもいいけど。あっても使わないし」

 「そういうところには欲がないですよね、姫様は」

 リンクスの言うとおり、アーシュには王族にありがちな欲というものが薄い。豪華なドレスも着たがらないし、煌びやかな宝石をいくつも所有するようなこともない。美味しいものは好きだが、珍しくて高価な食材をわざわざ食べようとはしない。気ままな振る舞いで周りを巻き込むことはあるが、人を跪〈ひざまず〉かせ支配したいとは思っていない。

 王族として恥ずかしくない恰好はするし、自分のために用意されるものは抗うことなく受け入れるので、自然と高貴な姿と生活にはなるが、それらはアーシュが望んで手に入れたというよりは周りがそうあってほしいと望んでアーシュにしているという方が正しい。それこそが贅沢だといわれてしまえば、それまでだが。

 館の前では一人のメイドが一行を出迎えてくれた。すらりとした立ち姿の、あのリンクスと親しげに話していたメイドだ。

 「レイラ。わざわざ出てきてくれなくてもよかったのに」

 「何をおっしゃいますの。こうして白の騎士様が揃うのも初ですもの、ご挨拶かねがね」

 「これから嫌でもお世話になるわよ」

 レイラと呼ばれたメイドはにっこりと笑うと、皆に深々と頭を下げた。

 「レイラはこの館の中でも一番偉いのよ」

 「メイド長ってことか?」

 「うぅぅん……。メイド長は別にいるの。お城の全部のメイドを仕切ってるすごい人で、ちょっと歳はいってるけどまだまだ現役。その人よりは下の階級になるけど、この館ではメイドだけじゃなくて執事も束ねてるから、あえて呼ぶなら………メイド館長?」

 「その響き、なんか違うような……」

 「そこの執事様はどうなんだよ。セドリックもレイラさんの部下になるのか?」

 アーシュの側近で一番偉いのはセドリックだと思っていたジェイクは、当然とも思える疑問を投げかけた。

 「ディックは枠にはまってないから。誰の言うことも聞きゃしないわよ」

 あはは、と笑うアーシュに呆れた眼差しが注がれる。

 (あんたの執事だろうがよ)

 アーシュに促されて入った館の中は、外観同様、装飾の少ない洗練された内装だった。少しクラシカルな雰囲気の漂う調度品が静かに佇み、絨毯〈じゅうたん〉やカーテンの色も深みのある色で統一されているため落ち着きのある空間となっている。

 イオンは入って、らしくないなと思った。アーシュは昔から活発で、綺麗で鮮やかな色のものが好きだった。当時暮らしていた小屋は質素で、鮮やかな家具なんてなかったが、花は濃い黄色のものが好きだったし、小鳥は森の中でも目立つような青い羽のものが好きだった。一度北の村に行ったとき、いつもお世話になっている人から真っ赤なリボンをもらったことがあった。家に帰ってアーシュに渡すと、それはそれは喜んで毎日のように頭につけていた。

 (あのリボン、確か僕が間違えて火にくべちゃったんだよな。あのときは一日中泣いてたっけ)

 昔のことを思い出すと、今目の前にいるアーシュがまったくの別人に思えてくる。変わってしまったことを実感するとやはり寂しい。自分だって昔のままではない。それはアーシュだって同じことだと頭ではわかっている。

 「なんか、思ってたのとちょっと違うな……」

 「なに?もっと豪奢なお屋敷でも想像してた?そういうのが好きならダナテラのところにでも行ったらいいわ」

 「ダナテラって?」

 「そういえば、ジェイクはさっきいなかったわね。ダナテラは第二王子のお妃様よ。あそこの家はもともと富豪でね、お金の使い方には本当に慣れてるっていうか、私じゃ思いもつかないようなものにお金をかけるのが大好きなの」

 私も見習いたいものだわ、とアーシュは思ってもいないことを言って笑う。

 「確かに金ぴかのライオン脚のテーブルとか趣味を疑いますけど、姫様だって思いもよらないところにお金使ってるじゃないですか」

 「そうね。それは否定しないわ」

 リンクスの指摘に素直に頷く。思いもよらないところがどこなのか聞く間もなく、アーシュはジェイクたちを部屋に案内し始めた。

 「みんなの部屋は私と同じ階よ。ちゃんと一人ずつあるから」

 「贅沢だな」

 「私のところは使用人の数も少ないから部屋があまってるのよ。あ、ジェイクはリンクスの隣の部屋ね」

 そう言って立ち止まると、すぐ横のドアを開けて中を見せる。どうやらここがジェイクの部屋らしい。十分すぎるくらい広く、調度品もひととおり揃っており不自由はなさそうだ。

 「すげぇな。ここ、一人で使っていいのか?」

 「なに?寂しいならリンクスと相部屋にしてあげてもいいわよ」

 「誰が寂しいって?」

 「俺もこいつはお断りですよ」

 「意見が合ってよかったわ」

 アーシュは楽しそうに笑ってからかうと、その後も自ら館の中を案内して回った。その後をついて回りながら、イオンは疑問をつのらせていった。次々と案内されるのでなんとなく流れてしまったが、イオンの部屋は紹介されていないのだ。ジェイクのように部屋の中を見せるどころか、大体の場所さえ公表されていない。忘れているだけならいいのだが、イオンにはそう思えなかった。

 ちょうどお昼時だということで、案内がてら食事をとることになった。皆は窓の外に庭の見える明るい部屋に通され、長いテーブルを囲んで席についた。席についたのは白の騎士とアーシュだけなので、テーブルの半分はあまってしまっている。そもそもテーブルが大きすぎる。外交上の食事会くらいはできそうな立派なものなのだ。

 「セドリックさんたちは食べないんですか?」

 「使用人が同じテーブルにつくことなどありません」

 「私はべつに構わないんだけどね、そういうとこきっちりしてるのよ。執事やメイドは別にある食堂でみんな食事をとるの。だからここで食事ができるのは私と白の騎士だけよ。それだって本当は例外なの。普通はね、白の騎士だって王族と同じテーブルで食事をすることなんてないんだけど、それじゃ私、いつも一人でご飯食べなきゃいけないじゃない?だから特別に許してもらったの。私は一人で食べるより、みんなで食べるのが好きだから」

 「そうですね。昔はよく食堂に忍び込んでは素知らぬ顔で座っていて、一緒に食事をとろうとしていましたからね」

 「だけどいつもディックに見つかって、つまみ出されちゃうんだけどね」

 「あんた、何してるんですか。本当、知れば知るほど姫様っぽくないよなぁ」

 ジェイクの感想は最もだといえる。光の姫だと崇〈あが〉めている大衆が知ったら信仰心も薄らぐのではないだろうか。

 ほどなくして数人のメイド達が現れ、それぞれの目の前に料理の皿を置いて行った。昼食なので軽めの食事だが、ひとつひとつ丁寧に盛り付けられていることがわかる。無駄な豪華さがない分美味しそうに見えている気がした。

 あどけなさの残る、背の低いメイドがジェイクのテーブルに料理を運んできた。

 「あ、ありがとう」

 ジェイク特有の調子のいい笑顔を向けられたメイドは、愛想良く返すどころか思い切り嫌そうな顔になり、あからさまに乱暴に皿を置いた。付け合せのミニトマトが軽くジャンプして元の位置に戻る。

 「あ、あら………?」

 予想外の対応を受け、ジェイクだけでなくその場の全員がぎょっとなる。セドリックだけは表情にひとかけらも出なかったが、気にはしているようでメイドの方を見ている。

 「どうかしたの?……ティキ?」

 「お前、なんか変なことしたんじゃないだろうな」

 「なっ、なんもしてねぇよ」

 小さなメイド、ティキは黙ってつかつかとアーシュの傍までくると、きゅっと向きを変えてジェイクに人差し指を突き出した。

 「アシュリア様。わたしはあの人を白の騎士にするのに反対です」

 「…………は?」

 きっぱりと言い切ったティキに皆が返す言葉を失う。

 「お前、やっぱりなんかしたんじゃ……」

 「だから、してないって!」

 なぜそんなことを言われなければならないのか、ジェイクには全くわからない。記憶を辿ってみてもティキと会うのはこれが初めてのはずだ。言われのないことを真っ向から言われ、思わず声を大きくして立ち上がる。

 「ティキ…。今回の白の騎士はもう王様にも会わせているし、今更変えたりしないわよ」

 「わかってます。仕方ないって、わかってますけど………」

 呻くように小さく言った後、ティキは再び力を込めてびしっとジェイクを指で指し示した。

 「でも、この男はアシュリア様に絶対いい影響を与えません。いえ、この館の女の人全員にとって毒です。きっとろくなことしないし、そのうち女がらみで迷惑をかけてくるに決まってます。今からそのご覚悟をされるか、今一度白の騎士をご検討されることを、強く強く申し上げます」

 「ちょっ、ちょっと待て!なんでそんなこと、お前に言われなきゃならないんだよ。失礼な奴だな。お前とは会ったこともないはずだぞ」

 「えぇ、こうしてお会いするのは初めてですね。わたし、あなたの顔を一度見てみたいと思ってました。本当、想像していたとおり、顔がいいだけでものすごくバカそう」

 「なんだとぉぉ」

 (どうしよう。図星すぎて何も言えないわ……)

 割って入ろうとしたアーシュだったが、うまくタイミングがつかめず見守るばかりになってしまっている。他のみんなもぽかんとするばかりで、なにが起こっているのかもつかめない様子だ。

 「あなたみたいな人が白の騎士だなんて、冗談も大概にしろって話ですよ。何しに来たんですか。女をたぶらかすなら町娘だけにしておいてください」

 「あぁ、なに?オレが色男だから妬いてるわけ?……ん?でも、お前とは会った記憶はないしな……」

 「本当、バっカじゃないの!年上女にちょっと遊んでもらったくらいでモテてるとか勘違いしてるだけのくせして、調子に乗るのもいい加減にしろっての」

 「だから、さっきからいったいなんなんだよ。随分オレのこと知ってるみたいな言い方してるけど、オレは年上しか相手にしたことないし、お前みたいなちんちくりんなんか好きになったことないし」

 「当たり前です。あなたになんか、これっぽっちも好かれたくありません」

 ちんちくりんの部分は流すのね、と妙なところが気になったアーシュの目の前で、お互い一歩も譲らず言い合いが続いている。初対面なのは確かなようだが、ティキの方は随分前からジェイクを知っていて、かなりの嫌悪を抱いているようだ。

 部屋の中が燃え上がっているのではと錯覚するほどの熱いぶつかり合いが続き、お互いに息があがってきている。ヒステリックになったティキはこの場がどういう場なのかも忘れてしまっている様子だし、言われのないことなら流せばいいジェイクも真っ向から馬鹿正直に相手になってしまっている。放っていたらどちらかが倒れるまで続きそうだ。

 「二人とも、もういい加減に……」

 仕方なく間に入ろうとしたアーシュの言葉を遮るように、静かな、しかし突き刺すような鋭さを持った声がドアの方からした。

 「いったい何をしているのです?」

 「!」

 ティキの動きが一瞬で止まった。機械仕掛けの人形のようなぎこちない動きで首を回し、ドアの前に立つ人物を確認すると一気に顔色を変えて固まる。

 「何を、しているのです?」

 同じくドアの方を見たアーシュは、そこに立つレイラを見てあちゃぁと額を押さえた。レイラはにこやかな笑顔でこちらを見ている。それはそれは完璧なまでの美しい笑顔で。

 「あ………あの……これは………その……」

 さきほどまでの勢いは幻だったのかと疑うほどのか細い声で、ティキは何かを必死に訴えようとしているがまるで言葉にならない。

 「楽しいお食事の席で大きな声を出すメイドなど、この館にはいないはずですが」

 「あ……あ………ごめん…なさい……」

 ティキは泣きそうな、というか、もうほとんど泣いている。申し訳なさ半分、恐怖半分でべそをかきながら震えてしまっているティキを見て、興奮しすぎて顔を赤くしていたジェイクも頭が冷えたようだ。口を挟むこともなく黙って見ている。

 「申し訳ありません、アシュリア様。私がキッチンに料理の指示を出しにいっている間にこのようなことになっているとは」

 「いいのよ。理由はよく知らないけど、ジェイクも悪いみたいだし」

 「ティキ。こちらへいらっしゃい」

 びくっとティキの肩が跳ね上がる。さっきまで真っ赤だった顔は可哀相なほどに真っ青だ。

 「あのね、レイラ。私は構わないのよ。もう落ち着いたみたいだし、これくらい元気があるのがティキなんだし、さっきも言ったけどジェイクのせいでもあるんだから」

 珍しく空気を読んでいるのか、ジェイクは何を言われても反論してこない。

 「姫様に気を使わせるなんて……。ティキ、いいからいらっしゃい」

 (あぁぁ……。逆効果だったかしら)

 ティキは諦めたのか、小さく頷くとレイラの元へ歩いていった。自分のつま先しか見えないのではというくらい項垂〈うなだ〉れて、背中には悲壮感があふれている。

 レイラはもう一度皆に謝罪すると、ティキを連れて出て行った。

 「ちょっと、ディック」

 すかさずアーシュはセドリックの袖を引く。

 「なんでしょう。メイドは私の管轄外ですが」

 「バカなこと言ってないで見に行きなさいよ。レイラの恐さはあんたも知ってるでしょ。ティキだって理由もなくあんなことするような子じゃないんだから、なにか特別なことがあったのよ。ディックならレイラを止められるでしょ。とにかく行ってあげて」

 「そこまでおっしゃるのなら」

 セドリックはしぶしぶといった様子で別の執事に食事の席を任せると部屋から出て行った。微妙な静けさと気まずい空気だけが残る。窓の外ののどかな景色とのギャップが半端ない。

 「この後楽しくお食事なんて、とても無理そうね」

 「まったくですよ。このバカのせいで」

 「バカって言うな。……オレだって、なにがなんだか……」

 「本当に知らないの?」

 ジェイクは真剣に考えているがいっこうに理由がつかめないようだ。

 「あのメイドさんは、いつもああいう感じなんですか?」

 丁寧に言葉を選んでイオンが発言した。皆の前では白の騎士と姫君だ。ジェイクのように不作法も構わず軽口はたたけない。

 「まぁ、ちょっと幼いところはあるかもしれないわね。感情の起伏が激しいところもあるし。でも、とっても元気でよく働くいい子なのよ」

 「俺も嫌いじゃないですけど、姫様が懸念していることはわからなくもないですよ。ティキはここに来た時から何か抱えてるものがある気がするし、もともとの性質に潔癖な部分と感情的な部分を持ってる子ですから」

 「だから許してやってっていうのは甘いのかもしれないけどね」

 「オレ、これからあいつとこの館でやっていかなきゃいけないんだろ?」

 「私があなたを白の騎士から外すか、ティキをメイド職から解雇するかしない限りはそうなるわね。ま、お互いさまなんだし、これから仲良くなっていってよ」

 「そんな無茶苦茶な……」

 ジェイクは力なく言って椅子に座った。微妙な空気になってしまったが、もったいないので食べ始める。

 おそらく非常においしかったと思うが、誰もおいしいという言葉を口に出すことはなかった。


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