眠れぬ真夏の夢
趣味丸出しの妄想小説。
こんな世界も有るんじゃない?
最近は寝苦しい夜が続く。それはなにも、真夏の夜だからと言う訳では無いと思う。何度も何度も繰り返し見る夢。一本の刀を携えた女性が何かを斬る夢。化物とでも言うべき異形の者、彼女はそれと戦っている。いつも勝ち、最後は決まってコチラを向く。そして、俺に向かってなのか、誰かに向かってなのか、絶対何か言っている。結局の所、彼女が誰に何を言いたいのか分からないまま夢から覚めてしまう。寝惚けた頭をフル回転させ学校へ行く準備をして登校。
平和な日々。物足りない様な、満足な様な複雑な内心で授業を受けて帰宅する。家族も居れば、友人も居て普通に生活が出来ている高校二年生の夏。一年の頃は部活もしていたけど、人間関係の縺れから退部。今はやりたい事もなく人生を無駄に浪費している。じきに睡魔が襲ってくると、自室のベットに身を任せ心地の良い微睡みの中へ落ちていく。あぁ、そしてまたあの夢を見た。
夏休みを目の前にして期待や興奮の抑えきれない想いを胸にしまい、夏休み前最後の登校日が始まった。いつもの暑い坂も今後約一ヶ月登らなくて済むのなら気も少しは楽になる。
「クッ・・・ココまで追い込まれるなんてっ!!」
いつも夢に出てくる彼女だった。赤い視界から見えた彼女。体を小さく丸め、息絶え絶えに休んでいた。
「えっ・・・えっ!?」
左目を押さえて登校途中の坂で踞る僕。道行く人や生徒は、僕の身を心配してくれる。別に熱中症や脱水症状じゃなく、一瞬幻覚が見えただけなのだから救急車はいらない。むしろ、喚ばれると困る。こんな朝から幻覚で混乱してしゃがんだだけの急患を相手にするほど医者も暇ではないだろう。早速立ち上がり周りの人に礼を言い早々に立ち去ることにした。
どの学校も校長の話が長いのは変わらないと思う。全く嫌になる様な長いだけの雑話。大半の生徒は話なんか聞きもしない。それが最近の若者らしさの象徴と言っても過言じゃないだろう。
「クソ、持ちこたえてくれ想刀」
またも赤い視界から彼女の姿が脳裏を過る。赤い視界からは生き物が激しく呼吸をする様な視点のブレが生じる。それが何なのかは分からないが、一瞬にして現実世界に引き戻されてしまった。
ってか、ヤバイって。なんで夢と幻覚がゴッチャになってんだ!?あの子は俺の夢に出てくるだけの架空の少女なのに何で起きてる今もあの子が見えるんだよ。第一、幻覚なのか?それとも妄想・・・?
一人で自問自答を続けていると既に帰りのSHRは始まっており、無意識の内に体育館から教室まで帰ってきており自分の席に腰掛けていた。こう言うときはホントに人の習慣化している行動に驚かされる。
無事に夏休みを迎える事が出来た僕は暇を持て余し、それでも帰宅すると言う選択肢を避けて帰宅路の一角にある森山で一足先に夏休みを迎え、昆虫採集に熱中する小さな子供達が走り回るのを見ながら公園のベンチに一人座っていた。木々が生い茂り日陰となり、風が涼しい公園の一角に設置されたベンチを独り占めし自販機で買った缶ジュースを飲みながら青い空を見上げる。そう言う行動は自然と体に染み付いていて、普通の人がやるよりは厨二臭さもなく然り気無い。
「あぁ〜そろそろ日が暮れ始めるな・・・」
学校帰りの数時間を公園のベンチから微動だにせず、周りから見れば不審者なのか、病人なのか。それでも誰にも声を掛けられないまま数時間はそこにいた。ケータイを開くと17:49を示していた、メールは0で着信も無し。
「俺って嫌われてるのかな?」
そんな悲しい台詞を一人でボヤキ、ベンチから立ち上がろうとすると背後の木々が異様な物音を立て葉を散らしていく。その物音は彼を奥へ奥へと導くように進んでいく。その異様な物音が進む先は深い森のみだった。厳密にはその森の奥には大分昔に使われなくなった巨大なダムの排水溝があるのを知っている。小さい頃にそこへ行って迷子になって両親や先生にとても怒られた苦い思い出があった。それでも興味だけが彼を突き動かし森の中へと足を一歩踏み出していた・・・
何かに導かれる様に、と言うより確実に導かれながら、その廃棄された排水溝の中まで来ていた。汚い水が溜まり、緑色の苔が茂った薄気味悪い排水溝の中へ一歩踏み出した。作業員用の段差に上がり、汚水に足を浸けない様にゆっくりと奥へ進むと何かが汚水を走り回り、更に奥へ進む音が鳴り響いた。
「誰か居るのか!?」
声を張り上げ、ホール内に声を反響させながらケータイの灯りだけを頼りに音を追い奥へ進む。が、何者かに視界をジャックされ目の前が暗くなり、赤い世界が脳内に広がる。自分が踞り頭を抑えているのが脳裏を過り、今にも襲わんとする異形の数々。その視界を奪われた不快感は、視界の回復と共に改善されるも恐怖に足が震え出し、地面へ腰を着ける。赤い視界に最後に写ったのは刀を持った彼女だった。位置取り的には僕の目の前。僕と異形の目の前に立ちはだかる様に立っていた。今は見えないけど・・・
数瞬遅れて水が飛びはね、何かの足音が響く。バシャバシャと水が跳ねる音だけが響く暗い世界・・・
排水溝を抜け出そうと決死の想いで立ち上がり、出口を向こうとした瞬間。何かが空間を切り裂き、何も無かった場所から刀が飛び出してきた。それは夢に何度も出てきた少女が携えていた日本刀にソックリだった。名は確か、『想刀』だっただろうか?その刀を飛び付くように手中に納めると、見える世界が一変していく・・・
刀が現れたのと同じ様に異形の者達も空間を、透明なビニール袋でも破るかの様にスゥーッと破り現れ、一気に飛び掛かってくる。それを無意識の内に返り討ちにし切り返してしまう僕。夢で何度も見た彼女の太刀筋を真似る様に刀を振るう。数体の異形の者達は赤い血を撒き散らし、汚水を赤く染めながら死に至っていく。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・何だよ、コイツら」
「名なんて無いわ、ソイツ等にはね。」
何度も夢に見た彼女だった。片腕を押さえ、汚水に片膝を着きながら僕の方を睨む。
「君は一体何者なんだ?僕の夢に何度も現れては何かを言おうとしてたよね?」
「君は選ばれたのよ、英雄に・・・その刀は人々の希望。その刀があればアイツ等と対等に戦える。その想刀・縁さえ在れば・・・」
「アンタ、消え掛かってるぞ!?」
「えぇ・・・アイツ等との戦いに負ければ今の私の様に消えて行く。忘れないで、今貴方が背負った物は人の希望。そして誰にも渡さないで」
「アンタ、名前は?」
「鈴木美也。」
「分かったよ、鈴木美也。戦うしか無いんだろ?」
「そう・・・」
そこまで言い残すと、白い光の粒になり散ってしまった。
「なんなんだよ、畜生・・・意味が分からねぇ〜よ・・・」
受け取った刀を一度に汚水に叩き付け、涙を流す。怖かった、死ぬかと思った、助けられなかった、頭の中が混乱していた・・・
少しだけ落ち着くと、投げた刀を拾い上げ近くに有った鞘へと納刀し出口へ向かう。そこでまた有り得ない物を目の当たりにした。
厚い雲に覆われ赤く燃え上がるような空、廃墟の様にボロボロな建物、我が物顔で堂々と歩き人を襲う異形。僕の戦いはまだ始まってもいなかったのだった。この壊れた世界を見つめ、託された想刀を今一度握り締め、草や木々が生い茂る獣道を下っていった・・・
〜END〜
完全オリジナル小説。
たぶん続編も作ります。