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侵食

「穂波、どうかした?」

「ん? ううん、別に」

「駄目だよ、もっと笑顔でいなきゃ」


 そう言って母が私の顔を覗き込んだ。


 ーー違う。お母さんはもう……。


 瞬きをした瞬間、母の顔は御門に戻った。


「穂波、ねぇ穂波」


 顔は戻った。だが声は母のままだった。御門の顔から出る母の声。やがてその声は御門の声に戻っていく。

 

 御門を通して母を感じていた日々が心地良かった。だが今、御門が母そのものと入れ替わる様な幻覚が起き始めていた。そしてその頻度は日ごとに増していった。

  

 母はもういない。死んだのだから。

 とっくの昔に受け入れたはずの過去。だがいまだに叶わぬ祈りで抗っている現実。これはその二つの事実が拮抗した結果見せている幻想なのかと自分を疑った。 


 でも御門には死んだ母の姿が見え、声が聞こえている。母は死んだが消えたわけではない。それは今でもこの世界に母が存在しているという証明じゃないのか。 

 

 皆が見えていないだけ。私が見えていないだけ。

 皆が聞こえていないだけ。私が聞こえていないだけ。

 

「御門、母さんはいるよね?」

「うん、いるよ。ほら」


 御門の姿が母と入れ替わる。

 

 そうだ、いるんだ。母さんはずっと。

 彼女が正しいんだ。少数派だからという理由だけで彼女を虚言や嘘つきだと切り捨てる根拠がどこにある。少なくとも私にはない。彼女が知らないはずの生前の母の言葉を語っているという事だけではない。日増しに直に見聞きする姿や声が物語っている。


「帰ろ、穂波」


 私達の家に。そう言って、母は私の手を引いた。

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