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父親

「大丈夫、誰にも言わないから」


 それから掃除の時間、私と御門の会話が増えた。

 御門には間違いなく母が見えていた。一度も話したことのない生前の母さんの言葉はもちろん、見たこともない姿を完全に言い当てた。


「初めてこの力が役に立ったかも」


 御門は幼少の頃より人には見えない者が見えたという。

 人と違う言動を見せる彼女を周囲の子供は当然のようにイジメの標的にし、家族は彼女の見ている世界を信じず気味悪がり遠ざけた。彼女が自分だけの世界に閉じこもるのは必然だった。


「なんでだろう。高瀬さんには言っちゃった」


 私達は秘密の友達になった。

 秘密にしたのは御門からのお願いだった。過去の経験から、必要以上に自分の世界を広げたくないという彼女の思いを汲み、公然の場で私達は一切関わらなかった。最初は残念に思ったが、徐々に皆の知らない御門を知っているという謎の優越感と、秘密裏に交流を深めている関係性にどこかわくわくしている自分がいることに気付いた。それに、私自身もどこかで死んだ母親との交流という理由を周りに話すことに抵抗もあったのは否定できない。


「穂波のお母さんなら、私のことも認めてくれたんだろうな」

「当たり前でしょ。ほら、今だってきっとそう言ってるよ」


 生前の母に彼女を会わせたかった。生きた母なら彼女の陰を全て光で打ち消すだろう。

 そう思うと切なくなった。母は死んで、私達は生きている。いくら御門に姿が見えても、その絶対的な境界線は覆らない。


 ーー母さんに会いたい。


 あれから十年経っても、いまだに叶わぬ母への思いを願ってしまう自分がいた。







「ただいま」

「おかえり、お父さん」

「おー今日は唐揚げか。いつもありがとうな」

「早くお風呂入ってきなよ」

「ほんと、将来良い嫁さんになるよお前は」


 ーーそれを言うなら父さんも本当に良い父さんだよ。

 もちろん恥ずかしくて口には出さないが、二階に向かう父の背中を見送る。

 

 母が太陽なら父の忠典は月だ。

 静かに穏やかに、でもしっかりと進むべき道を照らす強い光。母に比べれば寡黙だが、何かに悩んだり疑問を持った時、いつもしっかりと明確なアドバイスをくれた。


“後悔しても自分で決めて進むのが人生だ”


 後悔するな、ではなく後悔も含めて人生という考え方が好きだった。

 母と同じぐらい、私は父も好きだった。


 母の死という悲劇。

 父は私の前で弱い言葉を一度たりとも吐かなかった。ただ唯一、葬式が終わって母のいない家に帰ってきた時、玄関で声も出さずに涙を流した姿が、日頃寡黙で動じない父の心も打ちのめしたのだと今でも強く記憶に残っている。


”いつまでもこんな姿見せちゃ、母さん悲しむよな”


 一年後にかけられた言葉。もっと早くに言葉にしてもおかしくはないものだ。でも父はそうしなかった。

 今思えば、私を思ってのことだったのだろう。

 無理に前を向かせるだけでは意味がない。私の心が時間と共にある程度回復し、前を向く準備ができた頃合いを見てきっとそう言ってくれたのだ。


 父は毎日遅くまで頑張ってくれている。毎日疲れてはいるが、見た目も母を失う前の健康な姿に戻った。私も家族としてできることをしたいし、しなければいけない。


 でもどこかで思ってしまう。

 母がいてくれれば、私も父ももっと元気でいられるだろうにと。

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