母親
「今日も母さんいてくれてる?」
「もちろんよ」
今日も御門の言葉に私はほっとする。
「本当に良いお母さんね」
「当たり前だよ、なんたって私の母さんなんだから」
御門はふふっと薄く笑った。もしかしたら私以外の人間には無表情に映るかもしれない程に微細な頬の緩みだが、これが間違いなく彼女の最大級の笑顔だった。
潮崎御門。
えらく仰々しい名前だなというのが名前を見た時の第一印象で、失礼ながら完全に名前負けだなと思ったのが彼女の顔を見ての第一印象だった。
ほっそりとした体躯とすとんと落ちた黒い長髪に薄い丸眼鏡。教室の隅で誰とも話さず文庫本を読む文系少女。決して見た目が悪いわけではないが、失礼ついでに言わせてもらえば彼女は完全に典型的な陰キャ女子だった。
そんな彼女と対極とまではいかずともそれなりに友達もいて高校生活を謳歌している私に御門との接点はまるでなかったし、卒業するまでこの子と関わる事はないだろうと思っていた。
「いつも傍にいてくれて良いお母さんだね」
たまたまトイレ掃除が一緒になった時、彼女の方から話しかけられたことも驚きだったが、何より彼女が口にした言葉があまりにも衝撃的だった。私はその時何も言えず、ただ呆然と彼女を見る事しかできなかった。
「まるで太陽みたいだね」
能面のような御門の顔に、私はその時初めて彼女の笑顔を見た。
*
“穂波、何でも笑い飛ばせるような人間にならなきゃダメよ”
言葉通り、母は常に明るく元気な人だった。ショートカットに明るい茶髪は体育会系のスポーツ少女のようで、見た目からも陽光がほとばしるような女性だった。
中身も自分の中にある幸福を自分だけのものにせず、ごっそり何の遠慮もなく他人にその幸せを全て分け与えてしまえる、平等に光を当てる太陽のような人だった。
そんな母は十年前に不運な交通事故でこの世を去った。
何故母がという想いはもちろんあったが、連日の過労による疲れと判断能力の欠如、咽び泣きながら土下座した加害者のドライバーを恨み切ることはできなかった。それが余計に辛かった。
我が家から圧倒的な光が失われた。私も父もしばらく深い悲しみに打ちひしがれた。
「いつまでもこんな姿見せちゃ、母さん悲しむよな」
一年を過ぎた頃、父の言葉でようやく私は立ち直り始めた。
そうだ。私が太陽になればいい。それが簡単じゃないことは分かっている。私では母さんの代わりにはなれない。ただ私は母さんの娘だ。私にだって光を生み出すことはできるはずだ。
ーー母さん、見ててね。
悲しみを打ち破り、私達親子は前を向いて生き始めた。
心の中で姿なき母が見守ってくれていると信じて。




