**1946年のドイツによる英本土侵攻作戦(第二次ゼーレーヴェ作戦)**
◆ 1946年 英本土侵攻作戦(第二次ゼーレーヴェ作戦) 詳述
■ 1. 発動の背景(1945〜1946)
● ソ連崩壊 → ヨーロッパ戦線の終結
1945年8〜11月、ドイツが同盟国ソ連を突然攻撃(“逆バルバロッサ”)。
欧州側からソ連軍はほぼ全戦力を撤収しており、しかも極東戦線で疲弊して
いたため抵抗は弱く、
• モスクワ陥落(1945年10月)
• レニングラード・スヴェルドロフスク陥落(1945年12月)
• 1946年2月 ソ連国家機能崩壊
となり、ドイツは欧州最大の陸軍を完全解放する。
● 英国は孤立状態
あなたの世界線では、
• 米国 → 中国大陸戦線にのめり込み 大西洋戦線は消極的
• カナダ → 防衛優先で欧州派兵が縮小
• 英国 → バトル・オブ・ブリテン継続+Uボート封鎖+資源欠乏
という状態が続き、すでに食糧・燃料・工業生産はいずれも1940年比で半減
していた。
英国は1945年末には事実上、
「疲弊した要塞島」
のような状態になっている。
● ドイツの戦略判断
ヒトラーはソ連崩壊によりヨーロッパの背後が完全に安全となったと判断
し、
「次は英国を屈服させ、大西洋へ進出する」
と決断。
段階となる。
これは大西洋での米国との将来戦(1952年の米本土原爆攻撃へ繋がる)の前
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■ 2. ドイツ軍の戦力(Z計画艦隊 + 陸空軍)
● Z計画の成果(1946年時点)
この世界線ではZ計画は史実よりはるかに順調で、
• H級戦艦:3隻就役(H-39設計)
16インチ砲8門、排水量62,000t級
• グラーフ・ツェッペリン級空母:2隻就役
• 改装アドミラル・ヒッパー級:4隻
• Uボート:改良型 XXI 型を中心に300隻以上
という、「実現した世界最強の欧州艦隊」が構成される。
● 空軍
• Me262A/B 戦闘攻撃機 約900機
• He277・Ju388 など長距離爆撃機 約300機
• He111/Do217 の対艦・機雷任務機 約600機
ジェット戦闘機の量産に成功しており、英国にとって大きな驚異。
● 陸軍
ソ連崩壊で解放された欧州陸軍は総数 約350万名。
これらのうち 上陸侵攻軍として40〜50万名 が割り当てられる。
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■ 3. 英国側の状況(1946年)
● 空軍
• スピットファイア Mk.XIV/Mk.XXI:数は多いが燃料不足
• 対空砲は健在だがレーダー網は補修が追いつかない
• 夜間迎撃能力はほぼ残存
● 海軍
• 大型艦の多くが損傷・老朽化
• 护航空母・駆逐艦は不足
• 大西洋封鎖で燃料が逼迫
• 防衛戦は主に小型艦+沿岸砲台に依存
● 経済・社会
• 配給は戦時中で最悪のレベル
• 戦力の消耗と戦費の膨張で「3ヶ月の抵抗が限界」と分析されていた
まさに侵攻の好機である。
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■ 4. 作戦名「 Unternehmen Wotan(ヴォータン作戦)」
ドイツ軍は英本土侵攻作戦を ヴォータン作戦 として立案。
● 作戦の基本骨子
① 空軍による制空権奪取
ジェット戦闘機による大規模制空戦・レーダー網破壊・港湾空襲。
② Uボートによる英国海軍の分断
英海軍を港から出られなくする。
③ 連続上陸(第1〜4波)
• ケント沿岸
• サセックス
• さらに後方から空挺師団投入
• 港湾はフォークストン・ドーバーを重点目標
④ 補給と装甲部隊の投入
装甲師団を橋頭堡へ投入してロンドンを包囲。
⑤ 政府機能の崩壊 → 無条件降伏
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■ 5. 作戦の経過(1946年4〜6月)
◆ 第1段階:制空権争奪(4月10日〜5月上旬)
● 1日あたり1500機規模の空襲
史実1940年の2~3倍の規模。
しかも Me262 の高速に英国は対応しきれない。
• レーダーサイト約40%破壊
• ドーバー海峡沿岸の要塞10箇所破壊
• RAF戦闘機の喪失が急増
英国は夜間迎撃主体となり、昼間制空権を完全に失う。
◆ 第2段階:海軍封殺(5月)
UボートXXI型+Do217空母攻撃機により、
• 英空母2隻沈没
• 巡洋艦4隻沈没
• 輸送船団壊滅的打撃
また、ドイツ戦艦が北海に展開して英国艦隊を港内に封じ込める。
◆ 第3段階:第1波上陸(5月28日)
● 上陸地点
• フォークストン
• ドーバー
• ディール
輸送船約800隻・護衛艦200隻
6個歩兵師団+1個空挺師団が投入される。
● 英軍の抵抗
• 砲台は空襲で破壊されており、効果薄
• 上陸阻止は困難
• 近衛師団がロンドン東方で応戦するが後退
第1波だけでドイツ軍は約10万名が上陸成功。
◆ 第4段階:第2波・第3波(6月初旬〜中旬)
• 装甲師団(ティーガーII・パンターII)がドーバーに揚陸
• ロンドン包囲網完成
• 英軍は河川線(メドウェイ川)で遅滞戦闘
ロンドン市内は焦土化し、市民多数が疎開を始める。
◆ 第5段階:ロンドン陥落(6月26日)
• 空挺師団が議会・官庁街を制圧
• 国王政府はカナダへ脱出
• ドイツ軍は化学兵器使用をちらつかせ、英国軍に降伏要求
● 英国地上軍が崩壊
兵士の士気が極度に低下しており、ロンドン陥落後は組織的抵抗は不能。
英軍統合参謀本部は7月3日に停戦を指示。
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■ 6. 結果
● 英国本土の陥落(1946年7月)
英国は正式に降伏、亡命政府はカナダへ。
ヨーロッパはドイツの完全支配下に入る。
● 大西洋が“ドイツの海”に
• アイスランド・アゾレスへドイツ軍進駐
• ケベック独立派へ支援開始
(→ この後1950年のケベック独立宣言につながる)
● 米国との決戦の前夜
英国というクッション国家が消滅したため、
米独の直接対決は不可避
となり、1952年の
**「ドイツによる米本土核攻撃」**へつながる歴史線が明確になる。
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まとめ(ポイント)
• ソ連崩壊でドイツは全欧州軍を自由にできた
• 英国は米国の支援が薄く、疲弊しきっていた
• Z計画艦隊+ジェット戦闘機で制空権・制海権を確保
• 1946年春、史実と違って大規模上陸が可能に
• ロンドン陥落 → 英本土降伏
• ドイツの大西洋支配が確立
• 次は米国との最終決戦へ




