■ この世界の「朝鮮出兵」(1917〜1921)
【総論】
この世界の「朝鮮出兵」は
“シベリア出兵の朝鮮半島版” であり
“対ソ干渉” + “日米協調” + “日本の弱体化”
という3つの要素が絡んだ、短期間の混乱的軍事介入である。
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【I. 朝鮮出兵の背景(1917〜1918)】
◆ 1. ロシア革命と朝鮮北部の崩壊
1917年のロシア革命後、
ロシアが勢力圏としていた 北部朝鮮(平壌以北) は急速に無政府化。
• 駐留ロシア官憲は撤退
• 白軍・赤軍の残党が入り乱れて衝突
• 沿海州・ウラジオストクからの兵力が流入
• 朝鮮人勢力(民族派・社会主義派)が武装蜂起
結果として 北朝鮮〜沿海州が一帯の内戦地帯化。
◆ 2. 釜山周辺のロシア飛地(史実の旅順・大連のような地位)も危険化
ロシア帝国時代に得ていた
釜山港周辺の租借地・軍港飛地 が攻撃対象となり、
日本・欧米船舶も被害が出始める。
◆ 3. 日本は欧州派兵で弱体化している
• ソンムなどで陸軍は大損耗
• 金剛沈没を含む大西洋派遣で海軍も損失
• 国内経済疲弊
→ 満洲や朝鮮に大兵力を送る余裕は本来ない。
しかし、
◆ 4. 米国がシベリアに派兵、日本にも行動を求める
ウィルソン政権は「対ソ干渉」を強め、
日本にこう要求する。
「朝鮮半島の治安確保と、ロシア残存勢力の掃討を支援してほしい」
日本は日米対立を避けるため受諾せざるを得ない。
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【II. 朝鮮出兵(1918〜1919)】
◆ 1. 出兵規模
日本の兵力は史実シベリア出兵よりさらに小規模。
• 陸軍:3〜4万人(欧州派兵のため限界)
• 海軍:軽巡・駆逐隊中心(主力艦は喪失・損耗)
• 目的:治安維持・避難民保護・ロシア飛地管理
当初の主目的は“占領”ではなく
治安回復と対ソ干渉軍の補助。
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【III. 占領地域と統治(1918〜1920)】
◆ 1. 日本の占領地は南部のみ
• 釜山
• 馬山
• 蔚山
• 慶州
• 大邱周辺(鉄道確保のため)
北は完全に赤軍が掌握し、日本は“線”でしか支配できない。
◆ 2. 日本は深く介入できない
• 兵力不足
• 欧州戦線からの帰還が遅延
• 本土の反戦気分の高まり
• 経済破綻の兆候
• 朝鮮民族派の抵抗
これは「史実の三・一運動」以上に激しい暴動とゲリラ戦となる。
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【IV. 朝鮮出兵の泥沼化(1919〜1921)】
◆ 1. 南部では民族派ゲリラとの戦闘
• 竹槍・火縄銃の民間蜂起ではなく
• ロシア革命の影響を受けた 社会主義系ゲリラ が多数
• 米国・英国の世論も日本を批判し始める
(「侵略」「帝国主義」イメージが強まる)
◆ 2. 北部は赤軍が行政を確立
1920年時点では赤軍が
• 平壌
• 咸興
• 羅津
• 清津
• 豊満
を完全掌握し、“北朝鮮ソビエト軍政府”が事実上成立。
日本軍は北へ一歩も進めない。
◆ 3. 日本は占領を維持するメリットがない
• 経済的利益なし
• 内政不安
• 欧米の批判(特に米国)




