第一次世界大戦・終盤(1917後半〜1918) ―ロシア崩壊・アメリカ参戦・日本軍の疲弊と講和戦略 ―
【1917年前半〜夏】
◆ 1. ロシア革命と東部戦線崩壊
史実同様に
• 2月革命
• 臨時政府の弱体化
• ボリシェヴィキの台頭
が進む。
しかしこの世界では、ロシアはすでに朝鮮北部を併合・満洲に巨大権益を
持っており、
極東での軍事的利得が多いため、
ペトログラード政府は“東部戦線離脱”をより早期に求める。
→ ブレスト=リトフスク条約は史実より“さらに不利”な条件で成立(1917年
末)
東欧から撤退したドイツは、
西部戦線へ50個師団近くを注ぎ込むことに成功する。
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【1917年4月】
◆ 2. アメリカ参戦
ドイツ潜水艦による無制限潜航作戦が激化し、米国は協商側に参戦。
● 日本の立場変化
• 欧州派兵で英仏との連携は良い
• だが金剛爆沈で海軍戦力は低下
• 陸軍はソンム損耗から回復せず
→ 日本は米国から「消耗した中級列強」と見なされる
(史実ほどの“戦後発言力”は得られない)
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【1917年後半】
◆ 3. 日本陸軍は“象徴的な”戦力として残存
日本軍は戦線の二線防御と塹壕維持が中心。
攻勢への参加はほぼゼロ。
理由:
• ソンム損失で兵力不足
• 国民世論が「欧州に血を流す理由」を喪失
• 英国も“過剰な損耗”を日本に強制する必要性が薄れた
日本軍は下記の任務に変わる:
• 塹壕の維持・工事
• 鉄道・補給線の守備
• 英軍敗残兵の休息区域の管理
• 夜間哨戒や局地戦闘
→ 兵力は1.5個師団相当に縮小。
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【1918年春】
◆ 4. ドイツの“最後の一撃”:春季攻勢
ヒンデンブルク=ルーデンドルフ体制の下、
ドイツ軍は西部戦線にあらゆる兵力を注ぎ込む。
● ルーデンドルフ攻勢(3月〜7月)
• イギリス軍前線が大崩壊
• フランス軍も後退
• 米軍は訓練中で数が足りない
このとき日本軍が割り当てられたのは:
★ 日本軍の役割:
• ソンム後方の非常線防御
• 英軍撤退経路の保護
• 捕虜移送・補給作業
※ 前線への再投入は行われない(戦力不足・統制の問題)
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【1918夏〜秋】
◆ 5. 協商国の反撃(百日攻勢)
米軍が大量投入され、協商側が一気に優勢に。
ドイツは国内が崩壊寸前となり、
オーストリア=ハンガリーも瓦解。
日本陸軍は百日攻勢には参加せず、
後方で補給・工兵・占領警備を担当。
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◆ 6. 海軍側の終盤状況
金剛爆沈後、日本艦隊は英国艦隊に吸収される形で行動するが、
実戦参加は極めて限定的。
• Uボート掃討
• 連合軍輸送船団の護衛
• ポートランド/スカパフロー間の哨戒
★ 日本側の艦艇損失
• 駆逐艦2隻がUボート雷撃で沈没
• 輸送船数隻が損失
• 人員損耗は海軍で800〜1200名
※ 金剛の爆沈だけが極端に大きい損害。
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【1918年11月】
◆ 7. ドイツ降伏と休戦
• ドイツ国内で革命が勃発
• カイザー退位
• 共和国成立
• 11月11日休戦
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【1918年末】
◆ 8. 日本に帰還した陸軍は“沈痛な空気”
帰還師団はソンムでの損害に加え、
塹壕病・ガス兵器後遺症・精神疾患が多数。
日本国内の反応:
• 国会で「欧州で日本軍が血を売った」と批判
• 海軍は金剛の損失で“英式巡洋戦艦の危険性”を痛感
• 陸軍は“総力戦の時代”を認識し、火力中心の軍制改革へ
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第一次世界大戦終盤:要点総括
(1)日本の戦争貢献は“血の貢献”だが“戦果は乏しい”
• 金剛爆沈で海軍の象徴的損失
• ソンム会戦で一万級の損害
• 講和会議では「消耗した補助戦力」とみなされる
(2)日英同盟は最強に強化される
• 英国は「日本は金剛を沈め、二万人を戦死させた友邦」と評価
• 米国も日本を“協商国の一員”と認めざるを得ない
(3)ロシア干渉は起きず、朝鮮半島が日本の戦略線に
ロシア革命による極東不安があっても
日本は遠征余力を失っており、
シベリアではなく朝鮮半島の国境防衛に注力する。
(4)戦後の国力消耗は史実以上
• 陸軍は疲弊
• 海軍は主力巡洋戦艦を1隻失う
• 経済は輸入依存度増加
• 国内に英仏との関係強化派と「欧州戦争から距離を置くべき」派が分裂




