大東亜会議(1952年・大阪)
背景
• 1940年代後半から50年代初頭にかけて、日本は米国占領と講和交渉の主導的役割を果た
し、英連邦との同盟を継続。
• 東南アジアは日本の札封国や協力国(タイ・ラオ
ス・南明)として政治的に安定。
• 英連邦の存在に触発され、日本も「アジア世界の連帯」を制度化する必要性を認識。
• 1951年にホノルル講和条約が結ばれたことを受け、翌1952年に「戦後体制の確立」を
目指して大阪に各国代表が集結。
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参加国
• 日本皇国(議長国)
• 札封国:インドシナ、インドネシア、フィリピン(住民投票で残留)、ニューギニア王
国など
• 協力国:南明、北清、タイ、ラオス、ハワイ王国、ロシア連邦、カリフォルニア共和国
• 傀儡国:北清(形式的に独立国扱い)
※英連邦からは正式参加はなかったが、オブザーバーとして英国・カナダ代表が出席。
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議題と決定事項
1. 東亜連邦の成立
• 日本を盟主とする多国間組織。
• 加盟国は内政の独立を尊重されるが、外交・軍事・経済は「東亜連邦協議会」の調整下
に置かれる。
• 首都は大阪に置かれる。
2. 軍事協力
• 各国は軍事同盟を結び、対枢軸防衛を明文化。
• 日本海軍を基幹とする「東亜連邦海軍」が名目上成立。
3. 経済協力
• 東南アジアの米・ゴム・香辛料などを共同輸出。
• 日本の工業力と結合して「東亜経済圏」を形成。
4. 文化交流・王室婚姻政策
• 各国王室と日本皇族・大名家の婚姻を通じ、象徴的な連帯を強調。
• 教育・学術分野でも「大東亜大学連盟」設立。
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意義
• 英連邦との並立構造
→ 世界は「英連邦」と「東亜連邦」という二大ブロックに再編。
• 枢軸国(ドイツ・中華民国)に対する防波堤
→ 太平洋〜東南アジアにかけての集団安全保障体制が形成された。
• 米国不在の空白を埋める役割
→ 米国は分割占領下にあり発言力がなく、日本がアジアのリーダーとして国際秩序を牽
引。
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要約すると、大東亜会議は 「日本を中心とする戦後アジア秩序の制度化」 であり、英連
邦と並ぶ国際ブロックとして東亜連邦が誕生した、という位置づけになります。




