日本とユダヤ人の関係 ― 前史(~1947年)
1. 17~18世紀:限定的な接触
• 日本皇国は英国との同盟を軸に東南アジアに進出、スペイン・ポルトガル・オランダ・
フランスを排除。
• この過程で、アジアに活動していたセファルディ系ユダヤ商人や医師と断片的な接触が
生じる。
• 彼らは布教を伴わないため、他の欧州商人よりも受け入れやすく、散発的ながら交流が
続く。
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2. 19世紀:ロシアからの流入
• ロシア帝国内での迫害を逃れて、一部ユダヤ人が極東へ移住。
• 主な定着先は 満州(後の北清領域のハルビンなど) や日本本土の港町(長崎・横浜・
神戸)。
• 台湾やマニラ・マラッカといった日本の南方拠点にも少数が定住し、商業ネットワーク
に参加。
• この段階で日本勢力圏におけるユダヤ人人口は数万人規模。
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3. 第一次大戦前後(1910~20年代)
• ロシア革命とその後の混乱を逃れて、シベリア・満州経由で新たなユダヤ人が流入。
• ハルビン・大連・上海などにユダヤ人街が発展。知識人・医師・銀行家などが多い。
• 日本政府は「宗教布教を行わず、交易・金融に強い少数民族」として比較的寛容に受け
入れる。
• この頃までに日本皇国領域全体のユダヤ人人口はおよそ10万人程度と見積もられる。
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4. 1930年代:ナチス台頭と日本の立場
• 欧州ではドイツ(敵国)でナチスが台頭、反ユダヤ政策を推進。
• 日本はドイツとは同盟関係になく、むしろ対立する陣営にあるため、ユダヤ人迫害を批
判する立場を比較的取りやすかった。
• 英国・国際ユダヤ資本との結びつきもあって、日本勢力圏は「欧州からの避難地」とし
て注目され始める。
• この時期までに、日本本土・満州・台湾・東南アジアの各都市には 中華街のようなユ
ダヤ人街 が形成されていた。
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まとめ(前史の段階)
• ユダヤ人は日本皇国の勢力圏で「散住」あるいは「港町の共同体」として生きていた。
• 規模は小さいながらも、金融・医療・貿易で存在感を示し、社会に溶け込みつつあっ
た。
• ドイツ=敵国という前提により、日本は国際的に「ユダヤ人の保護者」的イメージを強
めていく土台ができていた。




