織田政権と英国の協力・同盟交渉(1591〜1595年)
1. 前提状況
• 日本側:
• 日西戦争勝利によりフィリピンを獲得。
• 信忠は「天下の公儀」として国内を統一、海外領土を持つ国家となった。
• さらなる海外進出には「外洋航海術・大型帆船・火砲」が不可欠。
• 英国側:
• 1588年、無敵艦隊を撃破して海洋強国へと躍進。
• しかしアジアではまだ拠点を持たず、ポルトガル・スペインに遅れをとっていた。
• 日本を「反スペインの軍事同盟者」として強く意識。
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2. 初期の接触(1591〜92年)
• 日西戦争直後、マラッカ経由で活動していた英国商人(実際の東インド会社設立は1600
年だが、先行する私商人が存在)がマニラを訪問。
• 織田政権の使者(秀吉・堺商人)と接触し、試験的な取引が成立:
• 英国が提供:大砲数門・航海士
• 日本が提供:銀・木材・米
• 互いに「交易を超えた関係」を模索し始める。
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3. 正式交渉の開始(1593年)
• 信忠は、安土城に英国商館代表を招き、**「公儀の御前交渉」**を実施。
• 日本側代表:織田信忠、羽柴秀吉(南海覇公)、堺の豪商今井宗薫。
• 英国側代表:東方貿易を担う商人団の使節(エリザベス1世の書簡を携行させる設定も
可能)。
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4. 主な交渉課題
日本の要望
1. 外洋航海術の伝授(羅針盤・星図・操船術)。
2. 大型帆船建造技術の導入。
3. 最新火砲・火薬の供給。
4. フィリピン・ルソン交易の共同管理。
英国の要望
1. 日本銀の安定供給(中国・インド交易で不可欠)。
2. 日本製武具・刀剣・漆器の輸入。
3. マニラ・長崎における商館設置の許可。
4. 「反スペイン同盟」への参加。
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5. 合意内容(1594〜95年)
交渉の末、次のような取り決めが成立。
• 軍事・安全保障
• スペインが再度フィリピン奪回を試みた場合、英国艦隊と日本水軍が共同で防衛する。
• 形式的には「相互防衛協定」、実質は日英同盟の始まり。
• 経済・交易
• 英国商館を長崎・マニラに設置。
• 英国が航海士・造船技師を派遣、日本が銀・木材・米を供給。
• フィリピン産香辛料を日英共同でヨーロッパに輸出。
• 外交儀礼
• 日本はエリザベス1世を「西洋の女王」と公式に認め、国書を交換。
• 信忠は「日ノ本国王」として国際的に承認される第一歩を踏む。
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6. 国内への効果
• 信忠政権は「西洋の大国と並び立つ」ことを国内に宣伝。
• 宣教師は「英国は布教を求めない」との理由で制限され、スペイン・ポルトガル勢力は
排除されていく。
• 英国の造船技術導入により、1590年代後半には日本製の外洋型帆船が建造開始。
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7. 歴史的意義
る。
1. 日本はアジアで初めてヨーロッパ列強と対等な「外交・軍事同盟」を結んだ国とな
2. 英国はオランダより早く、日本を拠点にアジアへ進出することに成功。
3. 日本は「大陸国家」から「海洋国家」へと変貌し、海外拡張の準備を整える。
4. この日英協力は後世「第一次日英同盟」と称されるほどの転換点に。
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まとめると:
日西戦争後の1590年代前半に、織田政権と英国は「貿易協力 → 軍事防衛 → 国書交換」
という段階を経て、事実上の同盟関係に入ります。
これにより、日本の海軍力と外交的地位は飛躍的に強化され、**「アジアにおける新興帝
国」**として国際社会に登場するのです。




