第一次世界大戦・終戦(1918〜1919)
1. 戦局の最終段階(1918)
西部戦線
1918年春、ドイツは史実同様「ルーデンドルフ攻勢」を敢行。
しかし、この世界では 日本派遣軍の大規模投入 があり、連合国の兵力は史実以上に充
実。
攻勢はソンム河畔・アルゴンヌで頓挫し、逆に連合国の大反攻が始まる。
東部戦線
ロシア革命によりロシアは戦線離脱、日本軍は撤退を強いられる。
ただし撤退の過程でアナスタシアやポーランド兵を保護し、東欧・バルトに「亡命王党
派」「ポーランド独立派」の象徴を残す。
アジア戦線
日本が清を圧倒し、1917年の丁巳革命で清朝崩壊。
「中華民国」と「北清(満州)」に分裂し、アジアでの同盟国の拠点は消滅。
2. 同盟国の崩壊
ドイツ帝国
連合国軍の反攻と国内の疲弊で戦意が崩壊。
1918年11月、皇帝ヴィルヘルム2世退位・亡命。
ワイマール共和国成立。
オーストリア=ハンガリー帝国
多民族の反乱が爆発、チェコスロヴァキア・ユーゴスラヴィアなどが独立。
皇帝カール1世退位。
清朝
革命により中華民国成立、清は満州に逃れて「北清政権」として存続(日英の影響
下)。
3. 北米の異変
ドイツは戦争末期に独立派を煽動。
英連邦残留派と独立派の内戦が始まり、講和の時点でも 北米は未解決の内戦状態。
これが史実の「ロシア内戦」と同じく戦後の国際不安要因となる。
4. 講和会議(1919・ロンドン)
史実のヴェルサイユ会議ではなく、ロンドン講和会議 が開かれる。
理由:米国不在で日英が主導したため、英本国の首都で開催する方が象徴的だった。
ロンドン条約の主要内容
ドイツ
アルザス=ロレーヌをフランスに返還
ポーランド独立承認
植民地全面喪失、賠償金巨額
軍縮条項で陸軍10万制限
オーストリア=ハンガリー
帝国解体、諸民族国家の独立承認
清
丁巳革命の結果成立した中華民国の承認
北清政権(満州)は日英の庇護下で存続
北米
英連邦所属は維持とされたが、内戦が続き、国際的には不安定要因と認識
5. 戦後の国際秩序
国際連盟
米国不在で設立。中心は 日英仏露。
英国と日本の協調により、大西洋・インド洋・太平洋を跨ぐ国際秩序が誕生。
日本の地位向上
西部戦線で大兵力を派遣し、アジア戦線を主導したため、戦勝国としての地位は史実以
上。
「世界五大列強」(英・仏・露・日・伊)の一角として完全に認知される。
フランスの不満
自国で会議が開かれなかったことは屈辱で、戦後の政治不安・過激なナショナリズムの
温床となる。
米国の後退
独立達成どころか内戦で疲弊し、世界秩序から事実上外れる。
歴史的意義
史実の「米国の台頭」が存在しない世界
→ 日英が国際秩序の柱となる。
中国は三分裂状態(南明・中華民国・北清)、日本の影響力が極めて大きい。
フランスは被害国、イタリアは戦勝国の一員だが影響は限定的。
• 4. ロシア革命の余波と北米内戦が、戦後の火種として残る。




