第一次世界大戦・中華戦線
1. 戦争勃発と清軍の攻勢(1914)
清は独墺と同調して参戦。目標は 「満州奪還」「南明の打倒」。
初期に清軍は30〜40万を動員し、数で優位を確保。
満州戦線:吉林・黒龍江方面から日本駐留軍に攻勢。
山東戦線:独租借地青島を拠点に清独連合軍が日本を牽制。
揚子江戦線:清軍が南京に迫り、南明を圧迫。
日本は各戦線で分散応戦となり、戦況は一時的に膠着。
2. 日本軍の反攻と転換点(1915〜1916)
日本は **近代化兵器(機関銃・野砲・鉄道輸送)**を活用。
満州戦線:奉天会戦にて清軍を撃破、日本軍は長春・奉天を確保。
山東戦線:日本陸海軍が青島を包囲、数か月の戦闘の末、独清守備隊は降伏。
揚子江戦線:南明軍と日本遠征軍が連携、南京を守り切る。
同時に英印軍が雲南から雲貴高原に侵入、清西南部の補給線を分断。
1916年末までに清軍は敗退を重ね、北支・揚子江流域の制空権・制海権を完全に失う。
3. 降伏勧告と清の拒否(1917初頭)
日本は満州を押さえ、揚子江流域でも優勢。
連合国は清に降伏を勧告。条件は「領土保全+退位による政体移行」。
しかし清朝は「徹底抗戦」を選択、北京朝廷は皇統護持を強調。
これにより清国内の反発が爆発的に高まる。
4. 丁巳革命の勃発(1917)
広州で 孫文を中心とする革命派が挙兵。
「清は外国の手先」「民国こそ国民の代表」と宣伝。
革命は瞬く間に長江流域に拡大し、武昌・漢口が呼応。
北方では袁世凱が独自に軍閥を率い、清廷を見限り 革命派に合流。
北京は孤立、紫禁城に籠る皇帝と少数の守旧派のみとなる。
5. 清滅亡と残党の逃亡(1917後半)
北京は革命軍・日本軍の圧力で陥落。
皇帝は退位を余儀なくされ、清王朝は正式に滅亡。
しかし皇族・旧軍閥の一部は日本軍に庇護を求めて満州へ脱出。
日本はこれを受け入れ、**「北清政権」(清残党の亡命王朝)**を満州に設立。
6. 中国の三分化
南明(南京):日英の保護を受ける「改革的王朝」。
中華民国(広州・北京):孫文と袁世凱の妥協で共和国樹立。独墺と接近。
北清(満州):日本の庇護下に存続する清皇族亡命政権。
中華戦線の意義
日本は大戦の中で「清を滅ぼした国」として東アジア覇権を確立。
しかしその結果、中国は三分され、統一は遠のく。
南明=同盟国、日本の友邦
中華民国=独墺と接近する新興国家
北清=日本の傀儡
この「三重構造」が後のアジア国際政治を複雑化させ、第二次大戦の火種になる。




