第一次世界大戦・開戦(1914年)
1. サラエボ事件(6月28日)
オーストリア=ハンガリー皇太子 フランツ・フェルディナント夫妻が暗殺。
背後にセルビア民族主義団体とロシアの影響を疑ったオーストリアは強硬姿勢に。
事件は欧州全体の大戦への導火線となる。
2. 欧州での戦端(7月〜8月)
7月23日:オーストリアがセルビアに最後通牒。
7月28日:セルビア拒否、オーストリアが宣戦布告。
7月30日:ロシアがセルビア支援のため総動員を開始。
8月1日:ドイツがロシアに宣戦布告。
8月3日:ドイツがフランスに宣戦布告、シュリーフェン計画に基づきベルギーへ侵攻。
8月4日:英国がベルギー中立侵害を理由にドイツに宣戦布告。
英国の同盟国である 日本もただちに参戦を決定。
3. 日本の即応
日英同盟の義務として参戦を布告。
日本はまず 極東におけるドイツ租借地・青島(膠州湾) を攻略目標に定める。
加えて、清が独墺に呼応して参戦したため、戦争は即座に東アジア全域に拡大。
これにより、欧州での宣戦布告と同時に アジア戦線も勃発。
4. アジア戦線の勃発(8月〜9月)
清は「失地回復」を掲げ、日本に宣戦布告。
清軍は満州国境と山東半島に兵を集結。
日本は 満州駐留軍・台湾軍・フィリピン駐留軍を総動員、即座に反撃を開始。
南明(南京政権)は日本の要請を受け参戦、揚子江流域で清軍と交戦。
英国はインド軍を派遣、ビルマ〜雲南ルートで清国南部を牽制。
5. 海上戦争
英国本国艦隊と日本海軍が連携し、独墺清の艦隊を撃破。
日本海軍は東シナ海・南シナ海の制海権を確保。
英仏海軍は大西洋とインド洋を封鎖、独墺植民地は孤立化。
6. 国際的衝撃
米国は依然として英国領 → 中立国として存在せず。
世界世論は「欧州とアジアが同時に燃え上がった」と驚愕。
英日両国は「世界秩序を守る正義の戦争」と宣伝し、連合国陣営の求心力を高めた。
開戦の特徴(史実との差異)
英国は即時参戦(日英同盟により迷いなし)。
日本は欧州派兵よりも先に、アジア戦線で清と全面対決。
大戦は開戦の瞬間から 欧州+アジアの二大戦場 で始まる。
• 4. 清の参戦が史実との最大の相違点であり、戦争がより「真の世界大戦」になる。




