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日露戦争(1904〜1905)

1. 開戦の背景

• **露清戦争(1900–1902)**で清は敗北し、満州北部はロシアの勢力下に。

• ロシアはさらに南下し、遼東半島を租借し旅順を要塞化。

• 日本は台湾・フィリピン・東南アジア・ニューギニアを押さえたシーパワー帝国とし

て、「満州南部=極東の門戸」を失うことを恐れる。

• 英国もインドへの道を守るため、日本と共同でロシアを牽制する路線に。

• 1904年2月、日本がロシアに宣戦布告。

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2. 戦力比較

• 日本皇国軍

• 陸軍:約30万の常備兵+動員で150万(史実の1.5倍)。

• 海軍:戦艦8隻(史実より若干多い)、巡洋艦・補助艦は大幅に多く、東南アジアの補

給路を掌握。

• 台湾・フィリピンを拠点に制海権を確保可能。

• ロシア軍

• 陸軍:数は上回るがシベリア鉄道一本での補給に依存。

• 海軍:旅順の太平洋艦隊と、遠くバルト海から来るバルチック艦隊に分断。

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3. 戦局の展開

旅順港攻撃(1904年2月)

• 日本海軍が開戦と同時に旅順を奇襲。

• 英国式の最新戦術と巡洋艦群で封鎖を強化、史実以上に太平洋艦隊を封じ込める。

• 旅順の要塞砲台は英国製重砲の支援で速やかに沈黙、陸軍も加わり数ヶ月で攻略成功。

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鴨緑江渡河戦(1904年春)

• 日本陸軍は朝鮮から進撃し、鴨緑江を渡河。

• 清残軍と共にロシア守備隊と交戦、機関銃と砲兵力で圧倒。

• 満州南部へ橋頭堡を確立。

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遼陽会戦(1904年夏)

• 日本陸軍30万 vs ロシア軍25万。

• 日本は機動力でロシア側面を突き、補給線を遮断。

• ロシア軍は戦略的撤退を余儀なくされ、奉天が危機に晒される。

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奉天会戦(1905年春)

• 日本陸軍40万、補給は東南アジアの米や台湾からの物資で潤沢。

• ロシア軍は兵数で勝るも、輸送が追いつかず士気低下。

• 日本軍が決定的な包囲突破に成功、奉天陥落。

• 満州南部は完全に日本の支配下に。

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日本海海戦(1905年5月)

• バルチック艦隊が遠征してくるが、英海軍がスエズで監視・圧迫し補給不足に。

• 日本海軍(戦艦8、巡洋艦多数)は史実以上に強力で、対馬沖で迎撃。

• 一方的な大勝でロシア艦隊を壊滅。

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4. 終戦と講和(1905年夏)

• ロシア国内は革命の危機で戦争継続不能。

• 米国ではなく英国が主導して講和交渉。

条件

1. 満州南部(奉天・遼東)の租借権を日本に移譲

2. 南満州鉄道の管理権を日本に付与

3. ロシアは遼東・旅順から撤退

4. 清領北満州はロシアの勢力圏として残る(日本は大陸に深入りしない)

5. 賠償金はなし(英国の仲裁で妥協)

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5. 戦後の国際秩序

• 日本皇国:大陸に直接進出せず、遼東・鉄道・港湾の権益を握り、シーパワー路線を堅

持。

• 英国:日本との協力でユーラシア大陸のシーパワー体制を強化。

• ロシア:北満州と内陸に押し込まれ、極東での影響力を大幅に縮小。

• 清:北京周辺をかろうじて保つが、威信を喪失。

• 南明:日本と英国の庇護下で「海洋中国」として発展を継続。

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結論

この世界の日露戦争は、

• 陸軍の数的優位と海外補給網により史実以上の決定的勝利、

• だが「大陸国家化」を避け、直接領土化せず 港湾・鉄道・シーレーンを抑えるだけ に

留める、

• 日本はあくまで シーパワー帝国 としての姿を貫く。

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