露清戦争(1900〜1902)
1. 開戦の経緯
• 1900年夏:華北・満州で義和団が蜂起し、ロシア人入植地や鉄道施設を襲撃。
• 清朝廷はこれを「反ロシア民兵」として利用し、ロシアに宣戦布告。
• ロシアは「自国民と鉄道を守る」と主張し、シベリア軍管区から大軍を投入、戦争が正
式に勃発。
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2. 戦力状況
• 清軍
• 総兵力は数十万にのぼるが、旧式銃・火縄銃混在、火砲も前装式が主体。
• 指揮系統は地方軍閥的で統制が取れず。
• 近代式装備を持つのは一部の洋式部隊に限られる。
• ロシア軍
• シベリア鉄道により兵站が安定。
• 近代小銃・機関銃・野砲を装備。
• 欧州式参謀本部のもとで戦略的に統一行動を取れる。
開戦時点から兵器・組織・補給の差は歴然。
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3. 主な戦役
奉天会戦(1900年秋)
• 清軍は数十万の兵を動員し奉天(瀋陽)周辺で防衛戦を展開。
• 義和団も民兵として参戦するが、装備不足で正規戦にはならず。
• ロシア軍は鉄道輸送で集結した近代部隊を投入し、砲兵と機関銃で正面突破。
• 清軍は潰走し、奉天は占領される。
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黒竜江方面戦役(1901年)
• ロシアはアムール方面から黒竜江流域へ南下。
• 清軍は城塞防御に依拠するが、近代砲撃で破壊され短期間で陥落。
• 義和団はゲリラ戦を試みるが、ロシア軍の報復で大きな損害を受ける。
• この時期には「清の北方支配がほぼ崩壊」。
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遼東半島戦役(1901〜1902年)
• ロシアは南満州鉄道を確保しつつ遼東半島へ進出。
• 旅順を拠点化し、不凍港として要塞化を開始。
• 清軍は反撃を試みるが砲撃で撃退され、遼東は完全にロシア勢力圏に。
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4. 講和と条約(1902年)
• 清は敗北を認め、ロシアと講和。内容は:
1. 満州全域の事実上の租借化(南満州鉄道利権をロシアが掌握)
2. 遼東半島(旅順・大連)の租借権をロシアに付与
3. 賠償金の支払い(ロシアが清財政に深く介入)
史実では日露戦争直前の「満州進出」とほぼ同じ結果だが、この世界では 露清戦争とい
う形で公然と戦争が起きていた。
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5. 国際的影響
• 清
• 軍事的威信を喪失し、北方の実権を失う。
• 南明と比べてますます立場が弱くなり、国内でも求心力が崩れる。
• ロシア
• 満州・遼東を獲得し、極東における覇権国となる。
• ただし日本・英国との対立が不可避に。
• 日本皇国
• すでに樺太・カムチャッカを領有しているため、ロシアの満州進出は「正面衝突の脅
威」となる。
• 英国と利害が一致し、両国はロシアに対抗する軍事同盟強化を模索する。
ここから 1904年の日露戦争 が不可避となる。
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結論
露清戦争(1900〜1902年)は、
• 義和団の蜂起を契機に清とロシアが衝突
• 奉天・黒竜江・遼東でロシアが圧勝
• 清は満州・遼東を失い、ロシアが極東の覇権を握る
• 日本と英国が強い危機感を抱き、日露戦争へ直結
という流れになります。




