ワーテルローの戦い
1. 戦いの背景
• 1815年、ナポレオンがエルバ島を脱出し「百日天下」を開始。
• 欧州列強は再び「第七次対仏同盟」を結成。
• 英国ウェリントン公+プロイセン軍に加え、日本皇国が大規模遠征軍
(約2〜3万)を派遣。
• 英国からの要請に応じ、「英日同盟を世界に示す最後の決戦」と位置づけられる。
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2. 日本遠征軍の編成
• 指揮官:皇国政院より任命された「皇国遠征軍総督」、伊達家や細川家の将が候補。
• 兵力:歩兵約2万、騎兵3千、大砲数十門。
• 特徴:
• 槍隊(長槍・薙刀装備の白兵部隊):密集陣形で騎兵を撃退可能。
• 火器部隊:鉄砲・火縄銃改良銃・一部は火打ち式銃を採用。
• 騎馬武士隊:弓術はほぼ廃れ、銃や槍を併用する突撃部隊。
• 装備は西洋式と和式が混合し、欧州兵から見て「異形の軍団」。
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3. 戦闘序盤(1815年6月18日午前)
• ナポレオン軍は史実同様、右翼から攻撃開始。
• 日本軍はウェリントンの右翼に配置され、フランス騎兵の突撃を受ける。
• 槍隊の密集陣形がフランス騎兵を押し返し、ヨーロッパ将校たちは驚愕。
• 日本軍の火器部隊も規律正しく射撃し、騎兵突撃の勢いを削ぐ。
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4. 中盤(午後)
• フランス軍は右翼突破に失敗し、中央へ圧力を集中。
• 日本軍は逆に反撃を開始。
• 槍隊と銃隊が交互に前進する「段階的進撃」で前線を押し上げる。
• 武士騎兵隊が突撃し、一時的にフランス軍の右翼を崩す。
• 英国軍は守勢を維持しつつ、日本軍の反撃で戦線の安定を得る。
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5. 終盤(夕刻)
• 史実では「プロイセン軍の到着」が勝敗を決したが、この世界線では 日本軍が戦線を
保持したことで、プロイセン到着前に連合軍が崩壊せずに済む。
• 日本軍の槍突撃が決定打となり、フランス軍の攻勢は挫折。
• プロイセン軍が到着した時点では、すでにフランス軍の士気は著しく低下していた。
• 最終的に連合軍総攻撃 → ナポレオン敗北。
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6. 結果と評価
• ナポレオンは史実同様に捕らえられセントヘレナ島へ。
• 日本軍の奮戦はヨーロッパ中に轟き、「サムライがワーテルローを救った」と称され
る。
• 英国は日本との同盟を「世界の安定を支えた絆」として強調。
• 日本皇国はこの戦いをもって、「欧州に兵を送ることのできる帝国」 と認識される。
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7. 世界史的帰結
• ウィーン体制において、英国は日本のアジアでの権益を黙認・支持。
• 欧州列強は日本を「欧州の政治には深入りしないが、世界秩序を支える一角」と評価。
• 日本国内では「武士の勇名が欧州に轟いた」として士気高揚。南洋進出の正統性が強化
される。
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結論
この世界のワーテルローは:
• 英国・プロイセンに加え、日本軍が決定的に関与。
• 日本槍隊・銃隊の防御と突撃がフランス軍を食い止め、プロイセン到着まで戦線を保
持。
• 結果、英国勝利はより確実なものとなり、日本皇国は世界大国として認知された。




