1600年代 日本皇国の東南アジア進出
1. 出発点:日西戦争後(1589〜1590年代)
• スペインとの戦争でフィリピンを奪取、日本皇国は「外征可能な海軍力と海外領土」を
得る。
• マニラは皇国の「南洋総督府」とされ、以後の東南アジア進出の前線基地となる。
• 台湾も併合され、華南交易の拠点化。
ここで「東南アジア進出の基盤」が確立。
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2. 1600年代前半:朱印船貿易の国家化
• 史実の朱印船貿易が 皇国の統制下 でさらに拡大。
• 日本商人+武士団が台湾・ルソン・トンキン・カンボジアなどに商館を設置。
• 欧州勢力は後退し、日本と英国が優位を築く。
• 南洋交易品:胡椒・丁字・肉桂・砂糖・真珠。
• 日本からは鉄器・漆器・絹織物・火縄銃が流入。
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3. 1600年代中盤:軍事的進出
• 日本皇国は「商館防衛+現地王朝支援」の名目で軍事介入を始める。
• フィリピン:スペイン残党や反乱勢力を武士団が鎮圧。
• ベトナム:阮氏や鄭氏に調停介入、トンキン・安南に影響力を拡大。
• カンボジア:王位継承争いに介入し「皇国保護国」となる。
• モルッカ諸島:香料貿易の利権を確保し、オランダの進出を阻止。
ここで 「現地王国を取り込み、属国化する」 という皇国流の支配が形になる。
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4. 1600年代後半:定住と農業開発
• 飢饉に悩む東北・九州の農民を「開拓民」として移住させ、南洋に日本村を形成。
• 台湾中部・フィリピン平野部に日本式水田を整備、稲作二期作を導入。
• 南洋総督府を中心に、台湾総督府(台南)が設置され、直轄支配が進む。
• 東北の有力大名(伊達・最上・津軽)が現地統治を担う「総督制」が整備。
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5. 1600年代末:清との摩擦
• 清が華北・華中を制圧し勢力を広げるが、華南沿岸では南明が存続。
• 日本は南明を支援し、台湾・福建沿岸を拠点に清と対峙。
• 戦闘は局地的(海戦・沿岸小競り合い)にとどまるが、南明を守ることで皇国は「中国
問題」に間接的に関わる。
日本の進出は 清への直接支配ではなく「南明を盾にする形」 で安定化。
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6. 欧州との関係
• 英国:同盟強化、交易で相互利益を確保。北米進出にも日本人傭兵が協力。
• オランダ:一時交易するが、英蘭対立の中で追放される。
• フランス:アジア進出は弱まり、日本圏に入り込めず。
• スペイン:比を失い衰退、メキシコへ後退。
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まとめ:1600年代の日本皇国の東南アジア進出
1. 1589年の日西戦争でフィリピン・台湾を獲得 → 進出の拠点確立。
2. 朱印船貿易の国家化 → 商館網と軍事駐留の拡大。
3. 現地王国への介入・保護国化 → ベトナム・カンボジア・モルッカを勢力圏に。
4. 農業開発と移住 → 東北農民を送り込み、日本村を形成。
5. 清との摩擦は南明を盾に回避 → 中国本土は直接支配せず。
6. 英との同盟強化、欧州勢力を排除 → 太平洋~南洋で優位確立。




