南明の成立(1644年前後)
1. 北京の陥落と明の滅亡
• 1644年春、李自成率いる農民反乱軍(大順軍)が北京を攻略。
• 崇禎帝は自害し、明朝の首都は陥落。
• 同年、山海関から清軍が進出、李自成軍を撃破し北京に入城。
• 以後、華北は清の支配下に入る。
この時点で「大明の滅亡」と見なされるが、江南・広東・福建にはまだ皇族と明朝残余
勢力が健在。
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2. 南明政権の樹立
• 南京:崇禎帝の親族・福王朱由崧が擁立され、南京で即位。
• 広州:唐王朱聿键が自立し、南明勢力の一翼を担う。
• 福建・泉州:海商勢力や鄭成功の父・鄭芝龍らが「抗清」を掲げて蜂起。
史実では分裂と抗争でまとまらなかったが、この世界線では 日本皇国の介入 が分裂を防
ぐ。
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3. 日本皇国の介入
(1)軍事
• 日本海軍が福建・広東沿岸を掌握し、清軍の南下を阻止。
• 九州・台湾から派遣された織田家直轄の武士団と南蛮傭兵が南京・広州に駐留。
• 鄭成功勢力も日本皇国と結びつき、南明の海防を強化。
(2)経済
• 皇国の佐渡銀・石見銀が南明に供給され、財政を下支え。
• 南明は港湾(広州・厦門・泉州)を日本商人に開放、関税収入を分配。
(3)外交
• 日本皇国は「南明を大明の正統」と公式に承認。
• 形式的には「対等の皇帝どうし」とし、冊封体制の外での新しい外交儀礼を確立。
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4. 英国の関与
• 英国はインド・マレー方面から広州に進出し、日本皇国と協調して南明を支援。
• 火器・帆船・航海技術を供給し、清の北上を妨害。
• 広州・マカオ近辺には「日英共同商館」が置かれ、南明の国際貿易を掌握。
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5. 南明の「国家像」
• 名目:大明正統の継承国家(皇帝を南京で即位させる)。
• 実態:日本皇国・英国の庇護下で存続する「半独立国家」。
• 役割:
• 中華文明の正統性を保持(「清は夷狄、日本は友邦」)。
• 日英にとっては清を牽制する防波堤。
• 国際貿易の拠点(広州・福建)を提供するパートナー。
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6. 世界史的意義
1. 清の中国統一は阻止
• 北中国=清、南中国=南明という二重王朝状態に。
2. 冊封体制の崩壊
• 南明は清にも服さず、日本皇国を宗主とも認めず。
• 「対等の皇帝外交」が成立。
3. 国際秩序の転換
• 東アジアの秩序は「中華中心」から「日英中心」へ移行。
• 南明は形式上の正統性を保ちつつ、実際には新しい国際秩序に組み込まれる。
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まとめると:
• 1644年の北京陥落後、南京・広州・福建で南明が成立。
• 日本皇国が軍事・経済で介入し、英国も参入して庇護。
• 南明は「名目は正統の明朝、実態は日英依存の半独立国」として存続。
• 中国は「北=清」「南=南明」という分裂状態で固定され、東アジア秩序は大きく変
わった。




