表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/146

日本皇国と明(1600年前後)

1. 背景

• 日本皇国(信忠政権)は、1590年代に 台湾・フィリピンを直轄化、琉球を保護国化。

• 明にとって琉球は冊封体制下の王国であり、台湾も「沿海の支配圏」と見なされてい

た。

• よって、日本の進出は明の伝統的な秩序=冊封体制への重大な挑戦。

---

2. 明の反応

(1)外交的抗議

求。

• 明朝廷は南京から日本に使者を送り、「琉球を返還せよ」「台湾は中華領である」と要

• 信忠政権は「皇国は皇を戴く独立の帝国であり、冊封体制には属さない」と宣言。

• ここで初めて 「倭国」ではなく「皇国」を名乗る外交衝突 が起きる。

(2)軍事的摩擦

• 1602〜1605年頃、福建・台湾沖で小規模な海戦が発生。

• 明水軍は日本の新式帆船(英式技術導入)に劣り、敗北。

• 明は本格的な遠征を試みる余力がなく、日本の台湾支配を事実上容認せざるを得なかっ

た。

---

3. 日本皇国の対応

(1)正統性の主張

• 信忠は「皇国は天皇を戴く唯一の帝国であり、冊封を受ける必要なし」と断固主張。

• 朝廷を通じた国書交換を制度化し、外交儀礼の独自性を打ち出す。

(2)交易の武器化

• 日本は銀(石見・佐渡)を大量に保有しており、これが明の経済に不可欠。

• 信忠は「銀貿易を制限するぞ」と圧力をかけ、明に妥協を迫る。

• 結果、1605年頃には福建・広東での密貿易が拡大、日本は公然と「皇国貿易」を展開。

---

4. 明の弱体化と転換

• 明は内政腐敗・宦官政治の弊害・銀流入不足で財政が急速に悪化。

• 北方では後金(清の前身)が台頭し、遼東で軍事的圧迫を強める。

• 日本皇国との対立を続ける余力はなく、むしろ 「反清の同盟者」として日本に頼る空

気 が生まれる。

---

5. 日明関係の特徴(この世界線)

1. 摩擦期(1600〜1605年)

• 琉球・台湾をめぐり外交衝突、小規模海戦も発生。

• 明は「冊封秩序」を守ろうとするが、日本の軍事・経済力に押される。

2. 交易圧力期(1605〜1615年)

• 日本が銀貿易を握り、明は経済的に依存。

• 表向きは国交断絶だが、裏では福建・広東で「皇国貿易」が隆盛。

3. 従属化の兆し(1615年以降)

• 後金(清)の脅威が高まる中、明は「日本皇国との協力」を模索。

• 信忠政権はこれを外交的に利用し、港湾権益や交易特権を拡大。

---

6. 世界史的意義

• 史実では日明は「倭寇・朝鮮出兵」で関係が悪化し、やがて鎖国路線に転じた。

• この世界線では逆に、日本が帝国として日明関係を主導する立場に。

• 明は「衰退する中華」、日本は「上昇する皇国」として対照的な存在となる。

• ここから「日清関係(清との対決)」へと移行する伏線ができる。

---

まとめると:

• 国号「日本皇国」制定直後、日明関係は「摩擦と対立」から始まる。

• しかし明の弱体化と清の台頭により、関係は逆転、日本が優位に。

• 1600年代前半には、明はむしろ「日本皇国に頼る」姿勢を見せ始める。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ