トルキスタン自治政府の成立と混乱(2048〜2052)
2048年:トルキスタン自治政府発足
• 4月:ジュネーブ合意を受け、タシュケントにて「トルキスタン暫定自治政府」成立。
• 議席配分:部族代表(50%)、G-CIS・中華民国推薦(25%)、イスラム国家群推薦
(25%)。
• 大統領職は部族連合の中から選出されたが、親G-CIS派と独立派の間で早くも分裂。
• 6月:治安維持のため「イスラム監視団」1万人が配備される。だが一部は地元勢力と結
託して中立性を疑問視される。
• 秋:天然ガスの優先輸出ルート確立。パイプラインを通じてG-CISと中華民国に安価に
供給開始。
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2049年:内部分裂と武装衝突
• 2月:親G-CIS派と独立派がタシュケント議会で対立、暴力沙汰に発展。
• 5月:西部フェルガナ盆地で「トルキスタン独立戦線(TIF)」を名乗る勢力が蜂起、自
治政府軍と衝突。
• 8月:イスラム監視団の一部がTIFに武器を横流ししていたことが発覚、国際的に非難さ
れる。
• 12月:連合国、日本主導で「中央アジア復興基金」設立。インフラ建設が始まるが、治
安悪化で進捗は遅い。
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2050年:停戦違反の頻発
• 春:中華民国軍が「補給路確保」を理由に自治政府領域に越境、局地戦が発生。
• 夏:G-CIS軍もパイプライン周辺に兵力を増派、イスラム監視団が抗議。
• 秋:トルキスタン自治政府内で暗殺事件多発。親独派、親イスラム派、親連合国派の抗
争が激化。
• 冬:「暫定自治は実質的に失敗」と国際社会で報じられるが、代替案は出せず。
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2051年:経済混乱とテロ拡大
• 2月:天然ガス収入の分配を巡って自治政府内部で汚職事件。市民の不満が爆発し抗議
デモが頻発。
• 5月:イスラム過激派がタシュケント市内で連続爆弾テロを実行、死者数百名。
• 9月:連合国は治安維持強化を求めるが、現地政府は統制不能状態。
• 12月:イスラム国家群が追加支援を表明するも、資金の多くは過激派の軍資金に流れ
る。
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2052年:泥沼化の兆し
• 春:トルキスタン暫定政府が「国民議会」選挙を実施するが、主要部族がボイコット、
投票率30%未満。
• 夏:フェルガナ盆地、カザフ草原、ウイグル接境部で同時多発的に武装衝突。自治政府
は完全に治安維持不能。
• 秋:連合国が「第二次和平会議」の開催を提案、場所はイスタンブール。しかしG-CIS
は「内政問題」として参加拒否。
• 年末:事実上、トルキスタンは「自治政府の管理地域」「部族支配地域」「過激派支配
地域」「G-CIS/中華民国が実効支配する補給路」の四分割状態となる。
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状況のまとめ(2052)
• トルキスタン自治政府:名目上は存在するが権限はほぼタシュケント周辺に限定。
• イスラム過激派:地方の山岳部・農村を拠点に勢力拡大。
• G-CIS・中華民国:補給路とエネルギー供給を死守するため越境行為を繰り返し、国際
的に批判される。
• 連合国:和平仲介を続けるが成果は乏しく、むしろ「アフガニスタン化」が進む。
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この流れだと、2050年代後半には「和平プロセスそのものの形骸化」と「国際会議の乱
発」が続き、史実のパレスチナ問題に酷似した長期的膠着が固定化されます。




