国号「日本皇国」の制定(1599〜1602年頃)
1. 背景
• 1590年代末、織田政権はすでに東北・四国・九州を平定し、台湾・フィリピン・インド
ネシアを掌握。
• 秀吉の死後、信忠が「天下の主」として権威を固める段階で、国内外に明確な国号を示
す必要が生まれる。
• 当時、中国(明)は日本を「倭」と蔑称し、欧州列強は「Japan」と呼
称。
• 信忠は、内政・外交両面で 統一された正式国号 を掲げ、帝国の正統性を示そうとし
た。
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2. 制定の過程
(1)朝廷との協議
• 信忠は京都の朝廷に働きかけ、「天皇を戴く国家」という性格を前面に押し出す国号を
制定。
• 天皇は「日本皇国」の元首であり、信忠は「皇国宰相(公儀)」として実務を執る形を
制度化。
(2)学者・神官の参与
• 公家や神道家、仏教僧も国号案に関与。
• 「大和国」「扶桑国」など古称も議論されたが、最終的に 「日本皇国」 に統一。
• これは「日の本(日本)+皇統(皇国)」を組み合わせた名称で、伝統と革新を両立す
るもの。
(3)公布の儀式
• 1599年、京都御所にて「日本皇国」制定の勅が下され、全国に布告。
• 安土城下や大坂でも祝賀が行われ、南蛮商人にも告知された。
• これをもって、織田政権は「皇国の公儀」として正統性を確立。
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3. 国号と略称の使い分け
• 正式名称:日本皇国
• 外交的表記:「Japan Imperial State」「Nihon Kōkoku」
• 略称:
• 日本(にほん/にっぽん/ひのもと) …
一般的呼称。
• 皇国(こうこく/すめらみことのくに) … 儀礼的・宗教的場面で使用。
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4. 制定の意義
(1)国内的意義
• 「戦国の天下人の私政」から「公的な帝国国家」へと昇華。
• 大名・豪商・武士・農民に対し、「我らは日本皇国の民」という共通意識を植え付け
る。
• 朝廷と公儀が連携することで、内政の安定を実現。
(2)外交的意義
• 欧州列強に対し、「Emperor of Japan(日本皇国の天皇)」として対等の帝国を主張。
• 明に対しても、「倭」ではなく「皇国」と称することで冊封秩序に挑戦。
• 英国との同盟関係においても、「皇国」の名は日本を独立した帝国として印象づける。
(3)宗教的意義
• 「皇国」という語は、天照大神以来の皇統を意識させ、神道的正統性を強調。
• 仏教・キリスト教・南蛮文化を受容しつつも、国家宗教の基盤を天皇中心に統合する象
徴となる。
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5. 世界史的影響
• 史実では「日本」という呼称は使われたが、明確な「国号」制度は整わなかった。
• この世界線では、1600年前後にすでに「皇国」という帝国的国号を持ち、欧州列強や中
国王朝に対抗。
• 日本は早くも「帝国」として世界秩序の一角を占めることになる。
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まとめると:
• 1599〜1602年、信忠は天皇と協議し、正式国号を 「日本皇国」 と制定。
• 「日本」「皇国」を略称とし、内外に「皇を戴く帝国国家」であることを宣言。
• これにより、織田政権は戦国大名政権から脱し、国際的に認知される アジアの帝国国
家 となった。




