1970年代の日独宇宙開発競争
1. ドイツ ― 「火星を目指す千年帝国」
• 1971年:「マルス・プログラム」公表。
• 1985年までに火星有人探査を行い、「ゲルマン民族のフロンティア」とする構想。
• 技術的裏付けよりもプロパガンダ色が強く、国民や占領地に「帝国は宇宙でも勝利して
いる」と誇示。
• 1973年:大型ロケット「ティーアIV」完成。
• 史実のサターンVに匹敵する出力を持つが、コストが膨大で民生や軍需に圧迫を与え
る。
• 1975年:無人火星探査機「オーディン1号」打ち上げ。
• 火星軌道投入に成功し、初の火星表面撮影を達成。
• 帝国宣伝相は「火星は近い未来に帝国の旗で覆われる」と豪語。
• 1978年:月面基地「ヴァルハラ1」建設開始。
• 月を火星探査の前進基地と位置づけるが、維持費が莫大。
• 施設建設に占領地からの労働力を動員し、ヨーロッパでは不満が増大。
ドイツは「月の次は火星」という分かりやすい威信路線を突き進むが、国家財政に深刻
な負担を残す。
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2. 日本 ― 「地球圏の実用化」
• 1972年:多国籍宇宙機構 「東亜宇宙共同体(OASC)」 設立。
• 日本・英国・南明・北清・インドシナ・豪州などが参加。
• 目的は通信衛星・気象観測・農業支援・医療研究など「宇宙の公共利用」。
• 1974年:第二世代ステーション「たかまがはら1」完成。
• 長期滞在可能で、農業実験・医療実験・無重量工学を開始。
• 1976年:月無人探査「かぐや」シリーズ開始。
• ドイツの月基地に対抗しつつも、「基地建設」ではなく「資源調査と観測」を重視。
• 1978年:宇宙往還機「ひのとり」試験飛行成功。
• 史実のスペースシャトルに先駆け、再利用型宇宙機の基盤を確立。
• 1979年:月周回有人飛行成功。
• 「月に立つ」こと自体にはこだわらず、地球圏のインフラ化を最優先する姿勢を改めて
示す。
日本は「着実・実用・多国籍協力」を推進し、地球圏インフラを固める。
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3. 国際的評価
• ドイツ:
• 威信の象徴として「先端を走る国家」と映る。
• しかし欧州諸民族には「地上は貧困なのに宇宙ばかり」という反感が増加。
• 日本:
• 衛星や気象観測は農業国・発展途上国から絶大な支持を得る。
• 「宇宙は生活を助けるもの」という日本のアプローチは国際的に好感度が高い。
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4. 対照的な姿勢
• ドイツ:火星を目指すが経済・政治を圧迫。
• 日本:地球圏インフラを整備し、将来的に月・火星への橋頭堡を築く。
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まとめ
1970年代は、
• ドイツが火星計画で派手に前進するが、負担が大きくなる。
• 日本は着実に地球圏インフラを拡充し、後の世紀の優位を確保。




