1960年代の日独宇宙開発競争
1. ドイツ ― 「月を制覇する民族の夢」
• 1961年:ドイツ国家航空宇宙省が「ルナ・ライヒ計画」を発表。
• 目標:1970年までに「アーリア人を月面に立たせる」。
• プロパガンダ要素が極めて強く、国内外に「宇宙はゲルマンの領域」と誇示。
• 1964年:無人月探査機「ヴォータン」シリーズを月周回軌道へ投入。
• 1966年:有人月周回飛行に成功。大々的に宣伝される。
• 1969年:ついに「月面着陸」達成。
• 史実でアメリカがやったことを、この世界ではドイツが成し遂げる。
• 月面には巨大なハーケンクロイツの旗が立てられ、映像が全世界に配信される。
• ただし、計画全体に莫大な費用がかかり、内政や占領地経営に負担を残す。
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2. 日本 ― 「宇宙を海の延長として活用」
• 1960年:「天翔」計画発表。
• 目的:宇宙通信、測地、気象、医学、材料実験。
• 国際協力(特に英国、南明、北清)を重視。
• 1963年:初の宇宙実験衛星「やまと」打ち上げ。
• 1965年:有人宇宙滞在を2週間に延長。
• 1967年:世界初の「小型宇宙ステーション」「すめらぎ」 を建設。
• 史実のソ連・サリュート計画に先駆ける成果。
• 1969年:「すめらぎ2号」運用開始。通信・観測・医学研究を同時に行い、科学者・医
師・技術者が交代で滞在。
日本は「宇宙を制覇」ではなく「宇宙を利用」する姿勢を鮮明にした。
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3. 国際反応
• ドイツ圏:
• 月面着陸を「千年帝国の宇宙的勝利」と喧伝。
• 占領下のヨーロッパ諸民族には「帝国の栄光」を強要するが、同時に「地上では苦しい
のに宇宙ばかり」という不満も噴出。
• 日本圏:
• 宇宙ステーションによる国際協力は、南明やインドシナから「実用技術の恩恵」として
歓迎。
• 英国も「日英連携による宇宙通信網」で覇権を補強。
• 第三勢力:
• 中華民国はドイツの支援を受けてミサイル開発に注力するが、独自宇宙開発は困難。
• 中東諸国では「日本の気象衛星は農業に役立つ」と受容。
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4. 対照的な姿
• ドイツ:
• 日本:
• 「月に勝った」→ 威信を世界に示したが、技術が軍事・政治宣伝に偏る。
• 「宇宙を生活に役立てる」→ 国際協力の象徴として勢力圏内外から支持を得る。
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まとめ
1960年代は、
• ドイツが「月」を取る
• 日本が「宇宙ステーションと実用利用」を押さえる
という構図になり、両者の宇宙観の違いが決定的になる。




