1950年代の日独宇宙開発競争
1. 背景
• ドイツ:
• 東方生存圏を背景にした資源と労働力を確保し、軍事と科学に巨額投資を継続。
• 宇宙開発は「ドイツ民族の技術的優越」と「国家威信」の象徴として位置づけられる。
• 兵器開発で培ったV型ロケット技術を発展させ、弾道ミサイルと宇宙ロケットの両面を
推進。
• 日本:
• 英国との協調関係の下で、海軍・航空技術を基盤に宇宙開発を始動。
• 軍事よりも「測地・通信・気象観測」「長期滞在技術」の応用に重点。
• 国民的には「海に続く新たなフロンティア」として宇宙開発が受容される。
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2. ドイツの動き(派手な先行)
• 1952年:最初の人工衛星打ち上げに成功。名目は「気象観測」だが、軍事偵察衛星でも
あった。
• 1955年:有人宇宙船計画「ヴァルハラ計画」開始。
• 1957年:世界初の有人宇宙飛行成功。搭乗員は「アーリアの英雄」として大々的に宣
伝。
• 1958年:軍事ロケット技術を転用し、初の月探査機を打ち上げ成功。
ドイツは「世界初」「世界初」を連発し、技術宣伝合戦で圧倒的に優勢。
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3. 日本の動き(漸進的開発)
• 1953年:気象観測ロケット「隼」計画が始動。
• 1956年:日本初の人工衛星「たかまがはら1号」打ち上げ成功。
• 1958年:ドイツに遅れる形で有人宇宙飛行成功。ただし、目的は軍事ではなく長時間滞
在実験。
• 1959年:英国と共同で「きんいろ計画」開始。宇宙通信衛星と観測衛星を軌道に配置
し、民間利用を意識。
日本は「実用性」「国際協力」で存在感を高めるが、派手さではドイツに劣る。
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4. 世論と国際反応
• ドイツ:宇宙開発は国家威信の象徴。新聞・映画・集会で「宇宙はアーリアの支配下に
ある」と喧伝。
• 日本:一般国民にとっては「科学の進歩」「産業発展」の象徴。南明や北清など同盟諸
国にも技術協力を行い、ソフトパワーとして機能。
• 英国:ドイツの先行に強い危機感を覚え、日本との共同開発を拡大。
• 枢軸圏(独伊中):ドイツの成果を利用して対抗意識を強化。特に中華民国は弾道ミサ
イル開発を急ぐ。
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5. 1950年代末の状況
• ドイツは「派手な威信レース」で優位。有人飛行・月探査で先行。
• 日本は「着実な基盤づくり」で遅れてはいるが、通信・観測・長期滞在という実用路線
で強みを見せ始める。
• この「思想の差」が後の ドイツの火星計画の無理筋化、日本の漸進的勝利 に繋がる。
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要約
た。
• 1950年代:ドイツが圧倒的に先行し、宣伝合戦では日本は見劣り。
• しかし日本は地味ながらも「実用路線」を固め、後に長期的成果を独占する基盤を築いた。




