第一次中東戦争(1948–1950年)
背景
• 第二次世界大戦後、オスマン帝国領の分割をめぐって混乱。
• 日本と英国はスエズ運河とペルシャ湾の石油利権を確保しようとする。
• 一方、ドイツは親独政権のイラクを通じて中東に勢力を浸透させ、民族主義運動を支
援。
経過
• 1948年、イラク軍と親独派部族がクウェート・サウジ北東部に侵攻。
• 日本・英国は即応して海軍と空軍を展開。
• サウジ・イランに派遣された日本陸軍部隊が大規模反攻、イラク軍を撃退。
結果
• 日本・英国が中東石油の支配権を確立。
• イラクは敗北するが親独政権は生き残り、「次の戦争」への火種となる。
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第二次中東戦争(1960年)
背景
• エジプトがナセル政権下で民族主義を強化、ドイツの支援を受けて軍備を増強。
• 「スエズ運河の国有化」を掲げ、日英に挑戦。
経過
• 1960年、エジプト軍がスエズを封鎖。
• 英国艦隊が地中海側から、日本艦隊が紅海側から挟撃し、空母航空隊が制空権を確保。
• 親英派サウジ・イラン軍がシナイに侵攻し、エジプト軍を撃破。
結果
• スエズは再び日英の管理下に。
• エジプトは敗北するが、民族主義運動はさらに高揚。
• 「アラブ民族解放」の名目でドイツが影響力を拡大する。
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第三次中東戦争(1973年)
背景
• 1960年代後半、ドイツはエジプト・シリア・イラクを結集して「反日英同盟」を構築。
• 日英はサウジ・イラン・トルコを支援。
• 中東は完全に冷戦代理戦争の舞台となる。
経過
• 1973年、エジプト・シリアが奇襲、シナイ半島・メソポタミアに侵攻。
• 初期は親独陣営が優勢、油田も一時的に制圧され石油市場が大混乱。
• 日本海軍空母群が紅海・ペルシャ湾で制海権を確保、都市空襲でエジプト・シリアの補
給網を遮断。
• イラン・サウジ・トルコ軍が反攻し、バグダッド・シナイを奪還。
結果
• 親独陣営は壊滅的敗北。
• 日本が中東石油の支配を一層強化し、「日英石油帝国」が形成される。
• ただし民族主義運動は地下化し、ゲリラ戦・テロ活動へと転化。
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第四次中東戦争(1980–1986年)
背景
• 1970年代の日英勝利で石油利権は安定したかに見えたが、イランで革命が勃発。
• 親日的な王政が倒れ、親独的なイスラム共和国が樹立。
• イランはイラクと同盟を結び「湾岸から日英を駆逐する」ことを宣言。
経過
1. 緒戦(1980–81年)
• イラン・イラク軍がクウェートとサウジ油田地帯を奇襲し占領。
• 世界石油市場が崩壊、日英経済も大打撃。
2. 日英反攻(1982–84年)
• 日本海軍空母群がペルシャ湾で制海権を確立。
• バンダルアッバースなどイラン沿岸都市が空襲を受ける。
3. 大規模地上戦(1984–85年)
• 日本陸軍派遣軍がサウジ・トルコ軍とともに南イラク・クウェートを奪還。
• イラン国内は内戦状態に。
4. 停戦(1986年)
• 長期戦でイラン経済が崩壊。革命政権は存続するが国力は衰退。
結果
• クウェート・サウジ油田は日英側に復帰。
• イラン革命政権は存続し、冷戦下の親独「イスラムの代理人」となる。
• 中東は民族主義から宗教過激主義の時代へと突入。
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通史的まとめ
• 第一次(1948–50年):イラクを中心とした民族主義の挑戦。日英が勝利。
• 第二次(1960年):エジプトのスエズ挑戦。日英勝利、民族主義は高揚。
• 第三次(1973年):親独陣営の総力戦。日英が石油支配を強化。
• 第四次(1980–86年):イラン革命を軸に宗教過激主義が勃発。日英が辛勝するも問題
は長期化。




